ブックエースと人時生産性

 去年のことだが、新文化に載っていた茨城県の書店チェーン、ブックエースの記事がずっと気になっている。一面に掲載されていた記事だが、作業の集約、マニュアル化により人件費を含め、コストを圧縮して効果をあげているという。幾つか気になった部分を抜き出してみる。

ブックエース 人時生産性向上で成果

                  (『新文化』2019年11日7日号)

 茨城県を拠点に26店舗を運営するブックエースが、効率的な作業オペレーションで年間約2800万円の人件費を減少させている。2015年、社内にプロジェクトチームを設置。「品出し」「問合せ」「レジで待機する手持ち」に費やすスタッフの時間を短縮し、読者サービスを高める時間に変えている。目標にした「1店・1日あたり6人時」(1時間に必要な人員)と、パート・アルバイト(PA)の「人件費率5.5%」をクリアしたブックエースは、他の書店にノウハウ提供も始め、7法人・14店舗をサポート。いまも視察する書店が後を絶たない。

  他の書店にノウハウ提供、人時生産性プログラムとして有料でサポートしているというのがすごいところだ。それでは人時生産性という、自分などにはあまり聞きなれない言葉について調べてみる。

人時生産性

従業員1人の時間当たりの生産性を意味しており、【粗利高÷総労働時間】という計算式によって導き出すことができる。つまり1人の従業員が1時間にどれだけの粗利を稼いだかを表す指標となる。この数値についても当然高ければ高いほど良く、生産性・効率の高い企業(事業所・店舗)であると言える。

労働生産性

労働者が1人当たり、または1時間当たりでどのぐらい「成果」を生んだかを示す指標 

 ブックエースは具体的にどんな取り組みをしているかを記事から引用していく。

 同社の調査によると、店頭作業別時間の構成比は「レジ」40%、「品出し」37%、「問合せ」8%、「手待ち」5%、ほかに「定期・客注管理」「レジ点検」「清掃」「返品」「発注」「(返品のための)抜取り」などがある。これら作業について、マニュアルをつくり、スタッフ全員が一律のオペレーションでできるようにした。

  こうした作業の細かい分析のもとでたとえば品出しや陳列はスタッフ全員で行っているという。さらにその品出しについても漫然と行うのではなく、什器の利用も含めてきわめて動機付けが明確化されている。

 品出しや付録付け作業などはすべて、女性でも取扱いやすい片面3段の「ブックトラック」を使用して行う。作業ごとにその台数を振り分け、狭いスペースで作業できるからだ。「本日発売」の棚としてそのまま使うこともできる。使用しない場合、1日につき80回程度の屈伸運動を強いられるため、ブックトラックの効用は身体的にも大きい。 

  もともと図書館での書籍の棚入れなどに使われていたブックトラックは、今でこそ書店での利用率も高くなっている。しかし昔は、バックヤードで入荷した商品を仕分けた後は、代車に乗せて店内に移動させ、まさしく屈伸運動を行いながら本のかたまりを持ち上げて平台まで移動。それから棚入れするを繰り返していた。

 自分が最初に勤めた書店(およそ30数年前)では、バックヤードから本を両手で抱えて何度も往復して棚の前の平台に置くことを繰り返していたものだ。そうやっても午前中のうちに品出しを終了させることを上司から義務づけられていた。

 空調がない書店だったので、夏などは品出しのたびにシャツを着替えたりすることもあった。本屋は肉体労働を日々実感していたのをよく覚えている。

 だからこそブックトラックによる品出しはきわめて効率的だとこれも実感的にわかる。しかしそれを女性でも取扱いやすい、使用しない場合に1日につき80回程度の屈伸運動が強いられるという意義付け、数量化しているところが本当に感心する。

 さらに書店の作業には様々な職人技があるのだが、これについてもマニュアル化を試みている。

 中綴じの雑誌は本を立てると自然にページが開く。そこに輪ゴム2つを手にして、中指をはさむと手際よく作業が進む。一般のPAより3倍のスピードでこなす女性スタッフを動画撮影して動きを分析し、達人の技をマニュアル化した。この映像はスタッフたちの心を揺さぶった

 職人技を動画撮影して分析する。これは言われてしまえば、そのとおりなのだが、なかなか思いつかない。そこまで大それたことではないような作業の中にも、効率的な動きがあり、普遍性があるのだと思う。それはけっして属人化されてすませることではないのである。動画にして分析する。思いついてもなかなかできないことだが、これもまた仕事を可視化することにもつながる。

 他にもレジで待機する手待ち時間にも、1日11項目にもなる作業が提示されていて、「入荷連絡」(朝夜各30分)、「備品補充」(1日5分)、「カバー折り」(高さ2センチメートルまで)、「レジ清掃」(1台1分)などと細分化されている。

 書店業は基本的には労働集約型であり、一定程度の人員が必要だ。そうなれば当然、投下労働は集中した方が効率があがる。なので、開店前に全員で開梱、品出しはある意味理がかなっているのだ。そして細かい単純作業の連続ではあるのだが、その中にも実は工夫があり、人によって業量、速さ、熟練に差が出てくるのである。それをどうマニュアル化し、普遍化していくか。ブックエースの取組には沢山のヒントがあるように思う。

 とはいえ、ブックエースの取組についていえば、実はこれコンビニなのではとっくに実現されていることかもしれない。手待ち時間に品出しや陳列直し、補充、発注は当たり前、それをほとんどワンオペの中に組み込んでいるのである。

 人時生産性はそれが先鋭化されていけば、当然労働集中、労働疎外につながっていくのは間違いない。しかし、自分たちがやってきた書店の業務、それも多分自己満足的な部分もあっても、仕事として自身をもっていた部分を見事に可視化させ、マニュアル化につなげようとする試みは、ちょっとだけ感動ものとも思う。それがずっと気になっている理由かもしれない。

http://www.daiwa-book.jp/dcms_media/other/daiwa52.pdf