八重洲ブックセンター、トーハン傘下へ

https://www.bunkanews.jp/admin/news/prev.php?id=16830
 取次が書店の取引を奪い合う帳合戦争を超えて、有力書店を傘下に収めることが続いている。リブロを日販が子会社にしたあたりから顕著になってきたのだが、ここ数年でも特にトーハンブックファーストを傘下に収め、そして今度は八重洲ブックセンターを実質的に子会社化した。元々の経営母体である鹿島建設も資本を残しているが、49%と絶妙な保有株式であり、社長にも元トーハン社長の山崎氏がつくのである。あの八重洲トーハン傘下かと少し遠い目になる。
 ある意味、八重洲ブックセンターの誕生は衝撃的だった。都内で超大型書店は新宿紀伊国屋を除けば、三省堂神保町に続いての登場だったか。しかも八重洲口の一等地に、他業種の鹿島建設の資本による巨大書店の誕生である。書店に勤めた頃はよく出向いて棚作りとか参考になることはないかと、まさしく棚を見て回った。
 出版社の営業になってからもここがまず一番に攻略すべき書店だった。とにかく置けば売れるというか、80年代はそういう時代だった。一番最初に引き継ぎで前任者と出向いた時に、担当階のフロア長の逆鱗に触れて怒鳴られたのを覚えている。確か別の出版社の営業の話しているところで、後ろから挨拶で声をかけたのを割り込んできたみたいにとられたんだと思う。けっこう癖のある人で有名だったとは後で知ることになった。
 まあこっちも商売なので、そのときはそれこそ死ぬ思いで毎週月曜日の開店と同時に店舗に行き、昼頃まで各フロアの担当者にあの手この手で商品を売り込んだ。半年かそこらで平積みの点数が50点くらいになったと記憶している。稼働点数が100点あるかないかの弱小版元だったから、ある意味それはけっこう凄いことで、他社からもけっこう注目されていたと思う。当然そうなると、毎月の売り上げも倍増、三倍増となったし、例のフロア長ともけっこう仲良くなったりもした。まあそれ以上に担当の女の子たちに随分と営業もしたし、食事や酒席とかも設けたりとかもした。とにかく上から攻めるのではなく、一番下で品出しからレジ打ちまで苦労している担当者を攻める。それは自分も同じように書店員をしていたからという意識も働いていたかもしれない。
 まあ担当者にしても、フロア長にしても、自分の担当ジャンルの売り上げが上がるという成果があるので、そういう意味では出版社の利害が一致したという理想的なケースだったのかもしれない。そしてこの書店から他社の営業との付き合いやら、取次の番線担当との付き合いとか仕事が様々に広がっていったのだと思う。
 そういう思いでもあり、八重洲ブックセンターは自分の版元営業の出発点がみたいなちょっとした思い入れもあったりもする。なので今回のニュース、ある種の感慨みたいなものがあったりもする。