ギュスターブ・モロー展を観る

 パナソニック留美術館で開催中の「ギュスターブ・モロー展ーサロメと宿命の女たちー」を観た。

 この美術館は初めて。ジョルジュ・ルオーの作品を収集していることで知られている。これまでにもルオー単体の回顧展やルオーとマティスなど興味をひく企画展を行なっており、いつか行ってみたいと思っていた。

 そして今回のモロー展だが、モローとルオーは師弟関係にあり、そのへんから企画されたのかもしれない。よく引きこもりの画家と言われるモローは、晩年になってから国立美術学校で教師をしていた。そのときにルオーやマティスが講義を受けていたのはつとに有名である。

 今回の目玉はというと、モローの代表作である「出現」がパリ、ギュスターブ・モロー美術館からやってくる。「出現」はルーブルに水彩画が収蔵されているが、油彩画の方は今回やってきた、ある意味本家ともいえる作品だ。

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「出現」

 イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネの首を、王に舞いを披露した褒美として貰い受けるという新約聖書の物語からインスパイアされた作品。モローはその物語から踊るサロメの前にヨハネの首の幻影が現れるという衝撃的な光景を描き出した。その首はサロメにだけ見える幻であり、それはサロメの後ろにいる人物たちの視線からもわかる。

 この作品は当時大きな話題を呼び、オスカー・ワイルドはこの絵に刺激されて戯曲「サロメ」を書いた。その後、芝居や映画で何度となく演じられる魔性の女サロメは、この作品から始まったというのだ。

 正直、今回の回顧展はこの一作だけといってもいいかもしれない。これ以外にも多数の作品が展示されているのだが、「出現」のインパクトがすべてにおいて勝るような気がする。しばし作品の前で釘付けになってしまった。それはサロメの「運命の女」というワイルド的解釈によるものではない。ただただ画面構成からくる衝撃である。構図宙に浮かぶヨハネの首とそれを左下から指差すサロメ、ほぼ黄金比ともいうべきバランスをとっている。さらには後年、書き加えられた細密描写の線描などもオリエンタリズムを彷彿とさせる。

 とにかく稀代の画力のなせる緊張感溢れる画面構成という感じだ。この一作を観るために多くの者が集うのではないかと思う。

 実際、雨の日曜日の午後、しかも3時過ぎというのに入場制限がかかるほどの混雑だった。この美術館はかなりパナソニックのビルの中にあり、かなり狭い。その中にモロー美術館から貸し出された作品が展示されているのだが、せっかく大々的な回顧展なので内外の作品をもう少し集めてもよかったかなと思わないでもない。

 例えば西洋美術館には「牢獄のサロメ」「ピエタ」といった小品ながら素晴らしい作品がある。いずれも「出現」との関連で展示されることでより理解が深まる作品だと思う。そのへんがちょっとだけ残念だったかと思う。

 しかしモローの代表作、そのオリジナルを観ることができたのはある種の行幸といえるかと思う。この作品は本当に素晴らしかった。