『内部被曝の真実』

内部被曝の真実 (幻冬舎新書)

内部被曝の真実 (幻冬舎新書)

  • 作者:児玉龍彦
  • 発売日: 2011/09/08
  • メディア: 新書
国会での参考人としての意見陳述で話題になった児玉龍彦氏の著作である。著作といっても、その国会での発言をまとめたものに、CSのニュースショーに出演したときの質疑を収録、さらに医学専門誌に寄稿した放射線関連の小文を付記した165頁足らずの小冊子である。
しかし内容的には非常に濃い。国会での発言はテキスト化したものが幾つかのヴァージョンとしてアップされている。私自身も実際にそれをコピーして、Youtubeの動画を見ながら、再テキスト化してみたが活字にしても十分過ぎる内容だと思ってもいた。
児玉龍彦東大アイソトープ総合センター長、衆議院厚生労働委員会での熱弁 - トムジィの日常雑記
これだけの衝撃的な内容である、出版化を考えてもおかしくはない。旬なテーマだけに、出来るだけ早期に出版することが必要だ。そこにいきなり本書である。やるな幻冬舎というところか。相当に優秀な編集者がいるんだろうなと思う。あの国会発言になにを付加して本というパッケージにするかだ。
国会発言の次に、それに対する質疑応答という形で、CSのニューショーに出演したときの児玉氏の発言をうまいことまとめあげた。さらに「医学のあゆみ」というおそらく学会誌に近い専門誌に寄稿した放射線に関する小文を見つけてきた。それぞれを第一部、二部という形で章立てし、三部と四部にはそれぞれの要旨という形で児玉氏の解説をコラム形式でのせた。
最後に「私はなぜ国会に行ったか」という小文が入る。これもおそらく児玉氏にインタビューしたものをテキスト化したものだとは思う。ようは本書で新たに著者児玉氏が書き起こしたのは、各部の解説要旨のみである。一丁上がりとばかりに、あんちょこな作り方である。タイムリーが命で中身のないお手軽本によくある手法ではあるが、本書は内容的にもまったく違う。逆にこのタイミングでよくぞまとめあげたと賞賛したい。原発災害に翻弄されるフクシマの現実、その中で示された専門家による除染対応、対策のための指針である。ネットの動画だけで知る人ぞ知るといったレベルだけで語るような内容ではないのである。
本書は出版予告の段階でもアマゾンのベスト100位にチャートインした。私もそれで本書の出版を知った。発売後もずっと100位以内にある。売れているのである。発売当初はアマゾンでも一時的に品切れの表示になっていた。駄目元で近所の書店に行ってみると数冊ではあるが面陳されていた。幻冬舎これは相当刷ったんだろうなと思った。埼玉の片田舎の書店にも配本があったのだから、たぶん初刷5万部以上だろう。現在も各書店の売上げ上位にあるようなので、確実に10万部以上はいっていそうな勢いだと思う。
編集力ということなんだろうな。いいコンテンツ(題材)がある。出版化の意義は高い。それをいかにタイムリーにパッケージ化するか。そういうことなのだろう。幻冬舎の新書編集部にはある意味脱帽である。余談ではあるが、児玉氏は高校の同級生であるという金子勝氏との共著が数冊ある。記憶では岩波新書でもあったと思ったので調べると『逆システム学』というのが出ていたが品切だという。本屋に勤めている知人とかにいろいろ聞いてみると、なんでも11月に復刊するという話だ。こういうのはタイムリーな対応じゃないな。なにも新刊を出せというのじゃない、ただの重版なのにね。
さて本書についてだ。国会での意見陳述を動画で見ているときにも感じたことだが、肝臓病の専門医である、放射線医学の権威でもある方が、特定のイデオロギーやある種の政治や経済原理などに左右されることなく、その専門的な知見から、今回の原発災害と放射線汚染は相当にやばい、ただちに除染を含めた対応をしないと、その影響は将来に渡ってはかりしれないものだということについて国会で熱弁をふるわれたこと、それが総てなのである。それがマスコミによって報道されることなく、それこそネットの中でのみ口コミ的に伝わっているだけという状況。
本来であれば児玉氏の警鐘はもっと大々的に報道され、国民的な議論になっていなければいけないはずだった。それをマスコミは黙殺し続けている。国会での発言がネットで話題になっているときに、一度だけ朝日と読売にメールで質問を送ったことがある。なぜ児玉氏の国会発言を新聞は一切とりあげないのかということを。しかしなんにも返事はこなかったな。きちんと実名で住所氏名を明記していたのだけどね。まあこれは余談の部分だ。
国会での意見陳述の冒頭に児玉氏は、原発事故で「広島原爆20個以上の放射性物質が撒き散らされた」という衝撃的な内容を発言された。これを政府も東電も、あるいはマスコミもすべてスルー、無視している。これは事実なのか?たぶん専門家を中心にこれは既定の事実なのだろう。しかし「ただちに健康に影響はない」「微量の放射性物質が放出されただけ」と繰り返し虚偽発表をしてきただけに、それを覆すような事実はとりあえずスルーする、否定も肯定もしないというのが、今日までの政府、東電、原発死守側のスタンスなんだろう。もう一度、児玉氏のこの部分を引用する。

まず3月15日の午前9時ごろ、東海村で5マイクロシーベルトという線量を経験しまして、それを文科省に第10条通報ということで直ちに通報いたしました。
その後東京で0.5マイクロシーベルトを超える線量を検出しました。これは一過性に下がりまして、そのあと3月21日に東京で雨が降り0.2マイクロシーベルト等の線量が降下し、これが今日までの高い線量の原因になっていると思っております。
このときに枝野官房長官が、さしあたり健康にあまり問題がないということをおっしゃいましたが、私はじっさいにこのときにこれは大変なことになると思いました。なぜなら現行の放射線の障害防止法というのは、高い線量の放射線が少しあるものを前提にしています。このときは、総量はあまり問題ではなくて、個々の濃度が問題になります。
ところが今回の福島原発の事故というのは、100キロ圏で5マイクロシーベルト、200キロ圏で0.5マイクロシーベルト、さらにそれを越えて、足柄から静岡のお茶にまで汚染が及んでいることは、今日、すべてのみなさんがご存じの通りであります。
われわれが放射線障害をみるときには総量を見ます。それでは東京電力と政府は、いったい今回の福島原発事故の総量がどれぐらいあるかは、はっきりとした報告はまったくされておりません。そこで私どもはアイソトープセンターの知識をもとに計算してみますと、まず熱量からの計算では広島原爆の29.6個分に相当するものが漏出しております。ウラン換算では20個分のものが漏出しています。
さらにおそるべきことにはこれまでの知見で、原爆による放射能の残存量と、原発から放出された放射線の残存量は1年経って、原爆が1000分の1程度に低下するのに対して、原発からの放射線汚染物は10分の1程度にしかならない。
つまり今回の福島原発の問題はチェルノブイリと同様、原爆数十個分に相当する量と、原爆汚染よりもずっと多量の残存物を放出したということが、まず考える前提になります。

フクシマで起きていること、原発問題を議論するときに、あるいは放射能汚染とその除染を考えるときに、その前提となるのは事故の現実とその影響をきちんと把握すうることである。それを過小評価することがそのまま原発維持推進派の主張につながったりする。
福島原発から放出された放射性物質の総量が、広島原爆の29.6個分に相当するという主張を黙殺するのはいったいどういう了見なのだろう。科学的根拠がない、東大の放射線医学の権威が参考人として国会で陳述した内容がデマだというのか。あるいは事実ではあるが、それを広く報道すると国民をパニックに陥れる恐れがある、あるいは様々な風評被害につながるということなのだろう。
ある意味、私が児玉氏の主張に一番敏感に反応したのは、この国会での発言の冒頭部分だったと思っている。フクシマの問題、今回の原発被害は、実は広島原爆以上の最悪の影響を及ぼす可能性がある大事故であるということを改めて認識させられたことだったからだ。
もちろん原爆は爆発による直接的な被害によって数万人の人々を殺傷し、さらに多くの人々を被曝させた。しかし将来的な影響についていえば、フクシマは広島以上に広範囲な健康障害を引き起こす可能性があるということ。
たぶんこの部分で国民的なコンセンサス、共通認識がなければ今後の除染、復興はたぶんうまくいかないだろうと思う。
国会での発言の最後に児玉氏は四つの提言をした。
第一に国策として、食品、土壌、水の測定を最新鋭のイメージン機器を使って行う。
第二に緊急に子どもの被曝を減少させるための新しい法律を制定する。現在の「障害防止法」(放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律)では原発災害による放射能汚染に対応できない実態があるからだ。
第三に国策として、汚染土壌を除染するために民間の技術を結集させる。
第四に除染には莫大な国費が必要なる。長期的な視野にたった準備計画が必要である。そうでないと単なる利権がらみ公共事業に陥る可能性がある。
児玉氏の国会での発言は7月のことであるが、彼の提言が活かされる形での政策は現時点ではまったく実施されていない。いやそれ以前に議論さえされていないのが日本の政治状況なのではないだろうか。
その他、本書で注目した部分をいくつか引用する。

放射線障害でがんが起こるメカニズムをもう一度説明しておきましょう。
放射線を一度にたくさん当てると、細胞が死にます。よくがんの治療に使われる放射線はこれです。大量の放射線がDNAをズタズタにするから、細胞は死んでしまうわけです。
これに対して低線量の放射線は、DNAに変異を与えるということがこれまでに知られてきています。DNAは2本のときは比較的安定しています。細胞分裂のときには、これが1本ずつに別れ、それぞれが2本に分裂し、合計4本になります。この1本になったときに、放射線の感受性が高くなります。私が放射線の第?種取扱主任者になってから、妊婦や妊娠可能な女性を守ることを一生懸命やってきたのは、このときの被曝を一番心配していたからです。今、南相馬でも、私が主にやっているのは、幼稚園と保育園の緊急避的除染です。
大人に放射線を当てたときも、髪の毛が抜けてくるとか、骨髄の機能が低下して貧血になるとか、腸管の上皮細胞が傷ついて下痢になるとか、細胞分裂の盛んなところに最初に影響が出ます。
低い線量が当たってからがんになるまでには非常に時間がかかります。実証されている一番有名な例が、さきほどもお話ししたトロトラストによる肝臓がんです。私はもともと肝臓外来の医者で、医者になったときに最初に教えられた病気です。
なぜ時間がかかるかというと、遺伝子には、DNAが傷つかないように、p53遺伝子のような、治すための遺伝子がたくさんあります。だから、普通の遺伝子が1個ややられても、その機能で修復されます。ところが、最初にp53遺伝子などがやられると、治す機能が壊れてしまいます。
普通の人の場合、遺伝子が1個壊されただけでは簡単にがんにならない。第一段階の変異が入って、第二段階の変異が入る。60年、70年、80年と、多段階の変異を経るにつれて、だんが増えてきます。
それが、最初にDNAを守る遺伝子に変異が起きていると、10〜30年経って、第二段階の変異が起こると、すぐにがんになってしまうわけです。
第二部疑問と批判に答える P55-56

閾値論もホルミシス論もおかしい
放射線障害については、よく「100ミリシーベルト閾値論」ということが言われます。簡単に言ってしまうと、年間被曝量100ミリシーベルトまでは、生体は放射線に反応しない。放射線の影響はないという説です。もう一つ、ホルミシス論というのもあって、ある線量以下だと、細胞は反応するのだけれど、いい影響しか出ないという説です。私はどちらもおかしいと思います。
細胞に低線量の放射線が当たると、p38のようなシグナル分子が活性化します。ホルミシス論はそれを論拠にしています。
私の専門は動脈硬化で、コレステロールにより血管の内皮細胞が活性化されるメカニズムについて論文を書いて「ネイチャー」の表紙になって、それで東大の教授にしてもらいました。コレステロールみたいなありきたりなものでも内皮細胞を活性化して、プラークという腫瘍みたいなもを作ってしまうことを調べたのが、私の一番の仕事です。
それと同じように、膀胱の上皮についても、p38が活性化されると、最初は細胞が増えたりもする。細胞が増えると、細胞が元気になった、ホルミシス効果じゃないかという研究者がいるのですが、増殖が長期に続けば腫瘍です。
そのような増殖性病変が15年も続くと、それまではとは違った悪い変化が出てくるということを、福島先生たちは指摘されたわけです。
一つの未来を予測するとき、われわれはメカニズムで予測しなくてはいけない。福島先生たちが、20年にわたってウクライナベラルーシのお医者さんたちと協力して500例もの症例を集めたのは、未来を予測するためのデータを私たちに示そうとされたからです。
そういうことを言うと、「児玉先生、リンケージ(連関)ですよ」と言われます。尿中のあれが高い、それで症状が出た。途中もこうかもしれない。それは連関がるだけで因果関係ではない。まだ直接的な証明ではない、と言われるのです。
医学的にはそのような議論はいくらでも続きます。しかしそれはちょっと違う。現実に、幼稚園から学校から畑から田んぼから、至るところにセシウムが大量に散ってしまっているわけです。でもまだ一過性の飛散で、土でも多くは表面のところにとどまっている。だったら、絶望的とか何とか言う前に、思い切ってセシウムを減らしていく。それが、今われわれに求められていることではないでしょうか。
証明できるかどうか議論していて、果たして膀胱の増殖性変化とかp38の活性化が減りますか。尿中のセシウムが6ベクレルに上がっていくのを防ぐことができますか。今できることをやるというのが、私たち医学者に課せられた使命です。それをみなさんいお願いしなくちゃいけない。私はそのことを言いに国会に言ったわけです。
第二部 疑問と批判に答える P65-66

このへん解説はたいへんわかりやすい。原発擁護派のなかに低線量の放射線の影響を過小に評価し、あまつさえそれがかえって体にいいかのように喧伝する人たちがいる。例えばブロガーとして人気の高い池田信夫氏なんかがそうだが、児玉氏の本を読んだあとで改めてこういう意見を呼んでみると、そのトンデモぶりというか、いかにも科学的であるかのような装いのもとであまりにも非科学的言説をもっともらしく述べていることがよくわかるというか。
池田信夫 blog : 微量の放射線は人体に無害である
池田信夫 blog : 微量放射線は健康にいい?

放射線によって癌が発生するのは遺伝子(DNA)が傷つけられるためだが、微量の放射線は普通の環境にもある。特に紫外線が遺伝子を傷つける力は強いため、生物は遺伝子を補修する機能をもっている。したがって、いま生存している個体は放射線による遺伝子の破壊には強いと考えられる。むしろ微量の放射線は細胞を活性化させて健康になるというホルミシス仮説もある。」
「低線量被曝の健康被害については十分なエビデンスは示されていない」
「微量の放射線が細胞を刺激して活性化させ、代謝を促進するものと考えられている。ラジウム温泉が健康によいのも、このためと推定される。」

ようは短時間に限定的に被曝する低線量のそれと長期間に渡って内部被曝する放射線の影響を同質のもののように論じる詭弁なんだろうな。例えば私が福島を短時間訪れて1μSv被曝したとする。もちろん外部被曝できわめて短時間である。その影響はたぶんさほどたいしたものではないかもしれない。しかし体内にもしその放射線物質をとりこみ、長期にわたって低線量の被曝が続いたら。そもそも現在のフクシマの状況を、子どもや女性を被曝からどう守るかを議論しなければいけないときに、ラジウム温泉を持ち出すというのもなかなかの理性だとは思うが。
最後に児玉氏は以下のように語ってしめくくる。

人が汚したものを人がきれいにできないわけがない
福島原発の除染については、すべてはこれからである。われわれは、祖国の土壌という、先祖から預かり子どもに伝えるかけがえのない財産を汚染してしまった。
しかし、人が汚したものなら、人がきれにできないわけがない。
そのために全力を尽くすのがわれわれ科学者の責任である。
こう思って話し出したら胸がつまってしまった。もっと理性的にならねばならないと思いつつ、自分の中で、怒りと理性がぶつかって、抑えきれなくなった。
あまりにも感情的になり、申し訳なく思っている。

私は児玉龍彦氏を憂国とかそんなものではなく、純粋にこの国とこの国に生活する人々のことを真剣に思いやれる愛国者だと思っている。そして尊敬の念を抱ける数少ない日本人だと思う。