『福島 原発と人びと』

福島 原発と人びと (岩波新書)

福島 原発と人びと (岩波新書)

ここのところ読んだ本シリーズ。これも8月後半から9月あたりに読んだ。振り返ると、ここ数ヶ月はほとんど原発関連のモノばかり読んでいる。
著者広河隆一氏はフォトジャーナリスト代表格で報道写真誌『DAYS JAPAN』の編集長をしている。彼もまた震災直後に福島の現地入りし取材を開始している。前回紹介した豊田直巳氏と行動を共にした。いやおそらく広河氏がリーダーとなって取材活動を行ったのだろう。
本書でも最初の章「地震、そして事故発生」においてそのときのことが詳しく書かれている。事故から3日目、無人双葉町役場や双葉厚生会病院で周辺で所持していた線量計の針が振り切れてしまったとき、豊田氏が思わず「怖い」と声をあげたあと、彼ら取材グループは取材を中止し危険を伝えるための行動にでる。

測定器が振り切れた事実を外部に知らせようとしたが、電話はほとんどつながらなかった。振り切れたということは、その先どれくらいの数値まで上がっているのか想像もつかないということだった。私たちは取材を中止し、被曝の危険を人びとと行政に伝えることにした。
私たちは見つけた限りの人びとに、現在の放射線量が異常に高く滞在は危険だと伝えた。そして288号線を郡山方面に戻りながら、対向車線を走ってくる車を片っ端から止めて、事情を告げた。中には外国人労働者を運ぶ車もあった。その人びとに計測値を示すと、ほとんどの車がUターンして、来た方向に戻って行った。
私と森住氏の車は、子ども連れの家族を乗せた車を止めた。事情を説明すると、彼らは双葉町ではなく、右折して山道を川内村に向かうという。そこには避難所があり、子どもたちも多くいるらしい。私たちは彼らのあとについて、そこから30分ほどの川内村に入った。P18
そこで私たちは事故対策本部長である猪狩貢副村長に会い、見てきたことを説明した。彼は放射線の数値を紙片に書きとった。避難所には原発そばの富岡町の人びとが避難してきていた。P18

ここにはジャーナリストの立場と市民としてのモラルのゆらぎがある。広河氏は放射線量の高い状況にあって報道である前に一市民として行動することを決めたのだ。このへんの行動には意見が分かれるかもしれない。あくまでジャーナリストとして客観的な取材を行い、なんとかしてその事実、高濃度の放射線に汚染された原発周辺地域の実態を出来るだけ早く多くの人びとに知らしめる道もあったのではないか。そんな気もしないでもない。いっぽうで政府、東電による「念のための非難」「ただちに健康に影響がない」という虚偽が繰り返し喧伝されている状況だったからだ。
自らの被曝も省みずに取材を敢行したことについていえば、その勇気、職業倫理を積極的に評価したい。でもそこで知りえた事実をもっと知らしめるべきだったのではないかと思う。例えば海外メディアに売るというようなことを彼らは行ったのだろうか。地震原発事故事故から二日後の汚染された地域からのフォトレポート、ある意味ピューリッツァ急の特ダネだったろうにと思うのだ。
そして海外メディアを通じて、大量の放射線が撒き散らされている実態が報道されれば、少なくともあの政府、東電による情報操作、隠蔽は、外部からのより強い非難にさらされていたのではないかと、そんなことを考えてしまう。あくまでタラレバの話になってしまうが。
本書そうした事故発生まもなくのそうしたレポートから、さらに様々な視点から福島原発事故の実態に迫っている。そして長くチェルノブイリに取材し、またチェルノブイリ子ども基金の活動など、様々な支援活動を続けている著者だけに、チェルノブイリとの関連からも福島の状況、そして今後予想される被曝の影響等についても言及している。章立ては以下のようになっている。

第1章 地震、そして事故発生
第2章 原発作業員は何を見たか
第3章 避難した人びと
第4章 事故の隠蔽とメディア
第5章 広がる放射能被害
第6章 子どもと学校
第7章 チェルノブイリから何を学ぶか
第8章 これからのこと

個人的には短い章ではあるが、4章での政府東電による事故の隠蔽とそれに追随したマスメディアの動きが的確にまとめられていると感じた。また6章の子どもと学校では、福島での学校現場のやりきれない状況も報告している。

ある高校で父兄に校庭の使用に関して説明会があって、その時に一人の親が、「本当に大丈夫ですか」って質問したんです。すると別の父兄がその質問を遮って立ち上がって、「そんなに心配だったら、学校をやめるべきだし、ここにいるからには、学校の方針を受け入れて、そんな質問すべきではない」と言ったの。そしたら、「わー」って拍手が起きたんですって。怖いですよね。私にその話をしてくれた友達は「恐ろしくてぞーっとした」って言っていました。ここに子供を来させている限りは文句を言うなっていう空気があるんです  P136

福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして事故直後に「安全」講演会を続けた山下俊一長崎大教授の言葉を引用して、

「私は、みなさんの基準を作る人間ではありません。みなさんへ基準を提示したのは国です。私は日本国民の一人として国の指針に従う義務があります。科学者としては、100ミリシーベルト以下では発がんリスクは証明できない。だから、不安を持って将来を悲観するよりも、今、安心して、安全だと思って活動しなさいとずっと言い続けました。
ですから、今でも、100ミリシーベルトの積算線量で、リスクがあるとは思っていません。これ(年間20ミリシーベルト)は日本の国が決めたことです。私たちは日本国民です」 P128

原発を通じて、繰り返される安全宣伝によって、ソフトにソフトに原発ファシズムが進行している状況がなんとも浮き彫りにされてくるような話ばかりである。
本書はフクシマの現実を知るためにまず読んでおきたい1冊だと私は思っている。