自民原発推進派始動と加納時男について

朝日の5月5日朝刊4面に気になる記事が載っていた。自民党内で「原発維持」に向けた原発推進派の動きが活発化してきたこと。さらに原発震災以降、一時は雲隠れしていたとまで言われていた、元東電の副社長、財界候補として自民党参議院議員を2期勤めた、いわば原発推進の旗振りを長く務めてきた加納時男氏のインタビューが、同じ自民党内にあって反原発を主張している河野太郎氏のインタビューと並列して掲載されている。
自民党の動き、同じ党内の異なる意見の並列してまとめた記事でたいへん興味深く読んだ。そして加納氏の原発肯定論のぶっ飛んだトンデモぶりには、なんともあきれ果てるばかりというのが率直な感想だった。面白い記事なので、ネットでもそこそこ話題になっているとググってみると、多くの人が俎上にのせている。ほぼ私と同じような感想を抱いた人が多いのだなとも思った。
きまぐれな日々 東電顧問・加納時男のトンデモ原発擁護/河野太郎への注文
http://wp.mfyk.net/suishin/
ただ奇妙に感じることが、この記事が朝日の公式サイトであるasahi.comにないのである。というわけで朝日の公式サイトのリンクを貼ることができない。さらには相当にネタというか、チャチャをいれるにふさわしいはずの加納氏の言について、面白おかしく茶化してくれるはずの、2chnのような掲示板にもこれに関する板が見つからないのである。
こういう事象を見ると、おおよそ自由だといわれるインターネットが様々な情報操作の巣窟になっているのではと、なんとも下種のかんぐりみたいなことを思わないでもない。
なかなかに面白い記事で全文掲載しているサイトも幾つかある。私もそれに習ってみる。
http://prayforjp.exblog.jp/13516039/

2011年5月5日 朝日新聞 朝刊4面
自民 原発推進派はや始動
原子力守る」政策会議発足
東京電力福島第一原発の事故に収束のメドが立たない中、国策として原発を推進してきた自民党内で早くも「原発維持」に向けた動きが始まった。原発推進派の議員が集まり、新しい政策会議を発足。「反原発」の世論に対抗する狙いだ。
この会議は「エネルギー政策合同会議」。自民党内の経済産業部会、電源立地及び原子力等調査会、石油等資源・エネルギー調査会の三つを合体させた。電力需要対策とエネルギー戦略の再構築の検討を目的に掲げるが、党幹部は「原発を守るためにつくった」と明かす。
幹部には原発推進派が名を連ねる。委員長は元経済産業相甘利明氏。旧通産省(現経産省)出身の細田博之官房長官が委員長代理、
西村康稔衆院議員が副委員長に就いた。先月12日の会合では、幹部陣の隣に東電の元副社長で現在は東電顧問の加納時男・元参院議員が「参与」として座った。
甘利氏は「安易に東電国有化に言及する閣僚がいる」と指摘する資料を配布。会議後に河野太郎衆院議員が「原発推進派が並ぶ人事はおかしい」と抗議したが、認められなかった。
自民党中曽根康弘元首相らを中心に「国策・原子力」の旗を振ってきた。1955年、研究と開発を進める原子力基本法を制定。74年に「電源三法」を制定し、立地自治体に手厚く補助金を出してきた。電力業界は資金と選挙で自民党を支援。電力各社でつくる電気事業連合会電事連)は80年代前半から11年間で約65億円を党機関紙の広告費として自民党に支払った。
谷垣禎一総裁は震災後の3月17日の記者会見で「現状では、原発を推進していくことは難しい状況」と述べたが、1週間後には「安定的な電力供給ができないと製造業など維持できるのかという問題もある」と軌道修正した。党内では「推進派から反発されたため」と受け止められた。
会議は大型連休後、中長期のエネルギー戦略の議論を始める。甘利氏は「我々は市民活動かではない。膨大なコストや不安定を覆い隠し
自然エネルギーで何とかなる』と言うのは無責任だ。現実問題として原子力を無くすわけにはいかない」と言っている。
(渡辺哲哉、土佐茂生)

自民党のこの手の動きを目にすると、民主党も同じ穴のムジナなのだろうけど、それでもやはり自民党に政権を戻すことにはノーといいたくなる。 民主党政権の失策で棚ぼた的に支持率を回復しているが、この政党はなにも変わっていない。政権交代で自分たちにつきつけられた国民の声を真摯に受け止めたという姿勢もなく、結局この党の本質は政官財の癒着により権益を得ること、たぶんそれだけなんじゃないだろうとさえ思えてくる。
甘利氏の言う「膨大なコストや不安定性を覆い隠し『自然エネルギーで何とかなる』と言うのは無責任だ。」という主張は、そのまま原子力発電についても言えることなのである。というか今まさに目の前で起きている福島の現実に対しての「膨大なコスト」と「不安定性」に対してまったく目を背けていないだろうか。
原発を守るために」とか「現実問題として原子力を無くすわけにいかない」というのは、ようは原発を中心とした利権構造を「守る」、「無くす」ことはできないという宣言なのである。
現に原子力発電所は存在する。それが供給する電力によって市民生活が、経済活動が、産業が維持されている。それを廃止せよというのは現実的ではないという主張はきわめてもっともらしく聞こえる。しかし、そのことにより原発のもつ負の部分が捨象されていないかどうか。原発に変わるものに対する可能性への想像力が欠落していないだろうか。いやそれ以前に原発なしで現実的な対応ができないかどうかについての議論がすべて霧散している。
実際、あの恫喝にも等しい計画停電は、休止していた火力発電等の稼動により、少なくとも現時点では問題なく電力供給がなされていると聞いている。実際、現時点で電力供給の深刻な危機状況にはないはずである(もちろん夏には別の現実が生じる)。
現在稼動する原子力発電所という存在を、現に存在するというだけで盲目的に受け入れていかなくてはならないのか。それにノーという声をあげることが、無責任なイデオロギーに毒された非現実的な態度なのかどうか。今、現に放射能を撒き散らし、いつ壊滅的な状況に陥ってもおかしくない危機的なあの福島の原発の姿、あれもまた突きつけられた現実ではないのだろうか。
学生時代に読んだ政治学丸山真男の小エッセイに「『現実』主義の陥穽」がある。講和論と再軍備が世論を二分化していた時期に書かれたものだ。その中で丸山はいわゆる「現実主義」なるものを分析し、それを振り回す側に対して辛らつな批判を行った。何度か引用してきたけれど、現在の原子力発電所を巡る「現実主義」の論に対して有効であると思うので少し引用してみる。

第一には、現実の所与性ということです。
現実には本来一面において与えられたものであると同時に、多面で日々造られて行くものなのですが、普通「現実」というときはもっぱら前の契機だけが全面に出て現実のプラスッティックな面は無視されます。いいかえれば現実とはこの国では端的に既成事実と等置されます。現実的たれということは、既成事実に屈服せよということにほかなりません。現実が所与性と過去性においてだけ捉えられるとき、それは容易に諦観に転化します。「現実だから仕方がない」というふうに、現実はいつも、「仕方のない」過去なのです。私はかってこうした思考様式がいかに広く戦前戦時の指導者層に喰入り、それがいよいよ日本の「現実」をのっぴきならない泥沼に追い込んだかを分析したことがありますが、他方においてファシズムに対する抵抗力を内側から崩して行ったのはまさにこうした「現実」観ではなかったでしょうか。

さらに続く、

さて、日本人の「現実」観を構成する第二の特徴は現実の一次元性とでもいいましょうか。いうまでもなく社会的現実はきわめて錯雑し矛盾したさまざまの動向によって立体的に構成されていますが、そうした現実の多元的構造はいわゆる「現実を直視せよ」とか「現実的基盤に立て」とかいって叱咤する場合にはたいてい簡単に無視されて、現実の一つの側面だけが強調されるのです。
『現代政治の思想と行動』(未来社刊)P172〜173

〔新装版〕 現代政治の思想と行動

〔新装版〕 現代政治の思想と行動

自民党原発推進派が、同様に民主党原発維持推進派、電力総連の影響化にある議員たち、さらには通産省原発利権から研究資金を受けている御用学者たち、彼らがいう原発の現実主義とは、もれなく丸山が提示した図式に当てはまらないだろうか。現にある規制事実としての原発を受けとめること、原発以外の選択肢という現実の流れを非現実なものとして捨象する思考などなど。

原子力の選択肢を放棄するな
東電顧問・元参院議員 加納時男氏
◇1935年生まれ。元東京電力副社長。98年参院選比例区日本経団連が支援する「財界候補」として当選、2010年まで2期務めた。現在は東電顧問。
地元が要望 雇用に貢献
──福島の現状をどう感じていますか。
「東電出身、元国会議員として二重の責任を感じている。インターネット上で『お前は絞首刑だ』『A級戦犯だ』と書かれてつらいが、原子力を選択したことは間違っていなかった。地元の強い要望で原発ができ、地域の雇用や所得が上がったのも事実だ」
──原発推進のため国会議員になったのですか。
「そうではない。当時財界と自民党との間に溝があり、経団連は財界の声を反映させたかった。特定の業界のために仕事をしてきたわけではない」
──電力会社役員から個人献金を受け、自民党原子力政策に甘くなったことは。
「お金をもらったから規制を緩くしたとか、そんなことはない」
──河野太郎氏は「核燃料サイクル」政策は破綻していると主張しています。
「反原発の集会に出ている人の意見だ。自民党の意見になったことはない。反原発の政党で活躍すればいい。社民党に推薦しますよ。福島瑞穂党首は私の大学の後輩だから」
──今後も原発を新設すべきでしょうか。
「太陽光や風力というお言葉はとってもロマンがある。しかし、新増設なしでエネルギーの安定的確保ができるのか。二酸化炭素排出抑制の対策ができるのか。天然ガスや石油を海外から購入する際も、原発があることで有利に交渉できる。原子力の選択肢を放棄すべきではない。福島第一原発第5、6号機も捨てずに生かす選択肢はある」
低線量放射線、体にいい
──東電の責任をどう考えますか。
「東電をつぶせと言う意見があるが、株主の資産が減ってしまう。金融市場や株式市場に大混乱をもたらすような乱暴な議論があるのは残念だ。原子力損害賠償法には『損害が異常に巨大な天災地変によって生じたときはこの限りではない』という免責条項もある。今回の災害があたらないとすると、一体何があたるのか。全部免責しろとは言わないが、具体的な負担を考えて欲しい」
「低線量放射線は『むしろ健康にいい』と主張する研究者もいる。説得力があると思う。私の同僚も低線量の放射線治療で病気が治った。過剰反応になっているのでは。むしろ低線量は体にいい、ということすら世の中では言えない。これだけでも申し上げたくて取材に応じた」

私は知らなかったが、ある時期この加納なる御仁は、テレビとかにも盛んに出演して、原発の安全性の論を訴えた方なのだそうな。しかし、このインタビューのトンデモぶりには怒りとかいう以前に呆れ、驚きみたいな印象である。穿った見方をすれば、この人は反原発に転向したうえで、あえて斜に構えて原発推進派の無知蒙昧を一般市民に伝えるため、露悪的にこんな話をしたのではないかと思える。
原発は地元が要望した、雇用に貢献したというが、本当にそうか。原発の危険性には触れずに絶対安全神話を吹聴し、とにかく金になる、道路を作る、雇用を生むと、いいことずくめでやってきたんじゃないのか。
おまけに同じ自民党にいる反原発派の河野太郎に対しては、<反原発>=イデオロギー主義みたいなレッテルを貼り、社民党に行けばいいとまで揶揄する。さらにとどめが低線量放射線は「むしろ健康にいい」とまで言う始末である。今、現に福島原発から高濃度の放射能物質が撒き散らされ、汚染が問題化している現実の中でのこの発言である。
なぜ福島原発の周囲20キロ内の住民は強制的に避難しなくてはならないのか。壊れた原発から出る放射線が危険だからではないか。それを低量ならどうのというはまったく別な話だ。ちなみその「低量なら健康にいい」という説も科学的根拠に乏しい仮説らしい。
http://news.livedoor.com/article/detail/5535919/:TITLE
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%B9%E5%8A%B9%E6%9E%9C:TITLE
まあ感情的に反論すれば、だったら加納氏は自らの親族、関係者を引き連れて福島県、それも出来るだけ福島原発の半径20キロに近接した地域に速やかに移住されればいいと思う。そして健康的な生活をなされればいい。とくにお孫さんとか、出来るだけお若い方をお連れになればいい。
加納氏はすでに参院議員を辞め、3.11以降はそれこそ雲隠れしていたようだし、ホームページや主催する団体も活動も閉鎖したとも聞く。半分引退したような人間なのだろう。なのに今回の自民党の「エネルギー政策合同会議」には参与としてきっちり参加しているのだという。明らかなマイナスイメージ撒き散らしではないかと私なんかは思う。
もっとうまくやれよ自民党、とも思う。そしてこういう輩が影響力を行使できる立場にいる政党、自民党に政権を戻してはあかんのではないかと思う。どんなに管が無能でも、民主党の統治能力に問題があり、内部的には小沢一派もいてみたいな、グデグデであってもだ。
自民党が政権に返り咲けば、福島原発の事故は想定外な巨大な天災地変によるものであり、本来的には原発は絶対に安心だから、今後も新増設を繰り返していきましょう。福島の災害については、国が増税してでも補償していきましょう、みたいなことになるのじゃないか。
とはいえ昔から懐の深い自民党には一方で反原発の闘士のごとき方もいるのである。昔からリベラルな三木さんや宇都宮徳馬さんとかもいらっしゃった、とにかく器の大きな政党ですから。ということで登場するのが我らが、河野太郎氏なのである。

安全神話」もとから「おとぎ話」
衆院議員 河野太郎
◇1963年生まれ。当選5回。法務副大臣衆院外務委員長を務め、現在は自民党影の内閣」の行政刷新・公務員制度改革担当相。
核廃棄物 捨て場所ない
──自民党で数少ない「脱原発」論者です。
「最大の疑問点は使用済み核燃料など高レベル放射性廃棄物、いわゆる『核のゴミ』を捨てる場所が日本にはないのに、原発を増やそうとしたことだ」
──3・11で原発安全神話が崩れました。
「もともと、おとぎ話の世界だ。土木学会原子力土木委員会津波評価部会のメンバーの多くは、電力会社で占められていた。お手盛り津波対策をつくりながら、今さら『想定外でした』というのは通らない」
──「神話」はどう作られたのでしょうか。
「中心は自民党経済産業省、電力会社だ。自民党は電力会社から金をもらい、立地自治体かに補助金を出しやすい制度を整えてきた。経産省は電力会社に出させて公益法人を作り天下っている。東芝や日立などメーカーに加え、建設業界など産業界も原発建設を後押しした。電力会社は大学に研究費を出し、都合の良いことしかいわない御用学者を作り出す。多額の広告代をもらうマスコミは批判が緩み、巨悪と添い寝してきた。政・官・産・学・メディアの五角形が『安全神話』をつくった」
利権で行政をゆがめた
──自民党内で東電と原発を守る動きがあります。
甘利明氏の会議がそうだ。推進派がズラリと並び、引退した加納時男氏まで座る。次の選挙でそういう議員を落とすしかない。国民の目が必要だ。3月11日で隠してきたうみが全部出た。自民党がやるべきことは謝罪だ。利権で原子力行政をゆがめたのだから。政府には原子力政策を促進した中曽根康弘元首相に近い与謝野馨氏がいる。与謝野氏の発言は、明らかに東電を守ろうとしている」
──世論調査では半数が「原発現状維持」です。
「正しい情報が伝わっていないからだ。時間をかけて原子力を止めていけば国民の暮らしへの影響は少ない。原子力は環境にやさしくない。海外では再生可能エネルギーが伸びているが、日本では加納氏らが『原子力の邪魔』とつぶしてきた。経産省が出そうとしない情報をきちっと出せば、世論は変わる」
──東電の賠償問題をどう考えますか。
「賠償金はいずれ電力料金に上乗せされる。国民が負担するのなら東電の存続を前提にしてはダメだ。逆立ちしても鼻血が出ないぐらいまで賠償金を払わせるべきだ」

すべてにわたって正しい御説である。そのとおりなのである。短いインタビュー記事で、かくも適切に原発の危険性、問題点、原発利権の問題などをきっちり指摘している。で、素直な感想を言うと、「河野さん、自民党辞めたら」。
別に加納氏がいうように社民党に入ればいいというのではない。河野氏は小さな政府により、規制を排して、出来るだけ市場経済に依拠してという新自由主義の側に立つ人だということらしい。みんなの党あたりに行かれればと思う。
自民党がやるべきことは謝罪だ」とおっしゃられるのであれば、まず第一にあなたがそうすべきだと思う。あなたのいる自民党は長期に渡って原発政策を推進してきた。その連続性の中にあなたもいるのである。野党になったからといっても、その連続性が断ち切れた訳でもないのだから。原発推進派が主流の自民党にあって、河野氏の居場所はあるのかどうか、ややもすると疑問にも思ってしまうのである。