オジー・オズボーン逝去

 オジー・オズボーンが亡くなったという。

 これはちょっとびっくりした。たしか二週間くらい前にブラック・サバスによる大掛かりなチャリティー・イベント「Back to the Beginning」が行われて話題になっていた。ブラック・サバス以外にもガンズ・アンド・ローゼズメタリカも出演し、オジー・オズボーンも椅子に座りながらも何曲かパフォーマンスをみせた。SNSなどにも動画がアップされ、「オジー、元気でなにより」みたいな感想を抱いていたから。

Back to the Beginning - Wikipedia

 聞けばパーキンソン病だったともいうし、このイベントでのパフォーマンスが本当に最後、ろうそくの炎の最後の輝きだったのかもしれない。

 とはいえ実はオジー・オズボーンブラック・サバスもきちんと聴いたことはなかったかもしれない。ブラック・サバスの「パラノイド」などはもちろん知っている。流行っていたし。なんとなくメタル・ロックの走りとかそういうイメージくらいだったか。あとはオジー・オズボーンの奇行というか、鳩の首やコウモリを噛み切っただのというエピソードを聞いたことくらいか。もっともこれはイメージ作りとファン・サービスでやったらしく、さすがにコウモリは病原菌による感染リスクで入院騒ぎになったとも。

オジー・オズボーン - Wikipedia

 オジー・オズボーンは一度だけ武道館のライブを見に行っている。80年代だか90年代のどこかだ。Wikipediaの来日単独ライブの記録をみると80年代、90年代には武道館で以下のようなライブを行っている。

1986年6月2日 東京 日本武道館

1989年3月2日 東京 日本武道館

1991年10月30日・31日 東京 日本武道館

1996年3月8日・16日 東京 日本武道館

1998年3月5日 東京 日本武道館

 いったいいつ頃のライブなのかまったく覚えていない。友人に誘われて行ったのだが、多分出版社に勤めていた頃なので1991年か1996年あたりではないかと思う。とにかく大音量の音のなかで、小太りの長髪で化粧したオッサンが歌いまくっていたのだけはなんとなく覚えている。でもこの手のメタル・ロックは曲がみんな同じような感じがして、途中で寝てしまったみたいだ。あとで「よく寝てたね、あの大音量の中でよくもまた」と友人に笑われたことも記憶している。

 その後は飯田橋の沖縄小料理屋で泡盛を飲んだはずだ。当時、武道館でライブというとそのあとは必ずその店に行っていたから。そして飲んでいる間もずっと耳鳴りがして、軽い難聴状態だった。当時、ロックのライブに行くと大音響のせいか必ず帰りは難聴状態になった。翌日には戻るから一過性のものだったのだが。

 最近は武道館でのライブなどほとんど行かない。記憶を手繰ってもここ10年くらいだと、クラプトン、ジョン・メイヤーホール&オーツ、テデスキ・トラックス・バンドくらいだろうか。でもそれらのライブの後に耳鳴り、一時的難聴になったという記憶がないので、ひょっとすると音量を絞るようになったか、あるいは音響技術が進化したとかそういうことがあったのかもしれない。

 なにはともあれ、個人的にはオジー・オズボーンはとにかく騒がしいオッサンという印象しかない。

 4年くらい前に、ジジイの嗜みとしてヘビメタも少しは聴いてみようかと思い立った。そこでAC/DCメタリカガンズ・アンド・ローゼズアイアン・メイデンなんかを1枚ずつポチって聴いた。けっこうヘビメタもいいねなどと思いつつ、しばしマイブーム化したが、まあすぐに飽きてしまった。その中でオジー・オズボーンはこの1枚ヲポチった。

 これはなんていうか名盤だとは思った。そしていまだに時々聴いてもいる。そしてこのアルバムはある種コマーシャリズム的というか、売れ線狙いみたいにも思えたが、オジー・オズボーンはけっこうメロディアスなソングライティングするなと思ったりもした。このアルバムには「Mama, I'm Coming Home」や表題曲「No More Tears」などのキラーチューンが入っている。自分がそうだからかもしれないが、オジー・オズボーンの入門盤としてはけっこういいかもしれない。とにかく外れ曲が少ない。

 

 

 このアルバムを聴いて、あらためてオジー・オズボーンって、けっこういいじゃないかと思った。4年前だから2021年、65歳にもなって今さらオジー・オズボーンもないだろうとは思うが、まあそういうものだ。

 記事報道によればパーキンソン病を患わっていたというが、死因は明らかにされていない。1969年にブラック・サバスでデビューし、そのキャリアは56年にもなる。76歳、ロックの王道を駆け抜けた人生だったということか。

 オジー・オズボーンのご冥福を祈る。