7月1日 立原えりか(88)
いたな~、童話作家で。書店員してたし、一応児童書系の版元にいたこともあるから、この人の名も覚えている。Wikipediaみると著作も多い。
7月9日 和泉雅子(77)
日活のお嬢さん女優。吉永小百合、松原智恵子とともに「日活三人娘」呼ばれていた。アマプラで『二人の銀座』を観ることができたが、おきゃんで活発なお嬢さん役が可愛らしかった。その後、北極点を目指す冒険家になってしまうとは、これもサプライズだった。
訃報二つー和泉雅子とコニー・フランシス - トムジィの日常雑記
7月14日 渋谷陽一(74)
ロック誌に寄稿するロックファンから、雑誌『ロッキング・オン』を立ち上げ、ロック批評をジャーナリズムとして成立させ、その後はNHKの『ヤングジョッキー』などで映像メディアにも進出。さらに音楽イベントなどを成功させた。ある意味、同世代、ロックカルチャーというサブカルで最も成功した人物だった。
7月15日 紀田順一郎(90)
メディア評論家、翻訳家、書誌学者。書店の棚作りという部分で、この人の書誌学に関する本はけっこう参考にしたような気がする。
7月16日 コニー・フランシス(87)
オールディーズの歌姫。彼女の訃報で、思わずベスト盤CDを買ってしまった。
彼女が痛ましい性被害者でもあったとは、後になって知った。
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7月22日 チャック・マンジョーネ(85)
いたな、トラッペッター。もともとジャズ畑だったらしいが、自分らが知っているのはフュージョン、ポップスよりで吹きまくる人みたいなイメージだった。
7月22日 上条恒彦(85)
六文銭と共演した『出発の歌』で世界歌謡祭でグランプリ。フォークファンだったから六文銭とリーダーの小室仁は当然知っていたけど、この人がリードヴォーカルだったので、「誰」みたいな感覚だった。舞台では『ラ・マンチャの男』などを長く演じた。どうでもいい話だが、当時六文銭に在籍していた女性ヴォーカル四角佳子は、吉田拓郎と結婚していた。あの「結婚しようよ」で軽井沢で結婚したのは四角佳子だったっけ。
7月22日 オジー・オズボーン(76)
長くヘビメタを牽引した希代のヴォーカリスト。この人のライブを一度だけ武道館で観ている。何度も書いたが、あの大音量の中で自分は寝てしまったらしい。
7月23日 矢野誠一(80)
芸能評論家、落語に造詣が深い人。この人のことは雑誌『話の特集』での寄稿などで知ったような気がする。麻布高校出身で、同学年あるいは1、2歳違いでフランキー堺、小沢昭一などがいたと、何かで読んだことがある。
7月23日 皆川おさむ(62)
「黒ネコのタンゴ」をヒットさせたのは6歳の時だったか。自分よりだいぶ下の人だった。
7月24日 ハルク・ホーガン(71)
作られたスターというイメージの強いレスラー。アントニオ猪木を失神させたときは、リング上で右往左往してどうしたらいいのかアタフタしている印象があった。あれは多分事故だったんだろうな。晩年はトランプ支持者で、集会であのTシャツを破るパフォーマンスをしてたのが印象に残っている。
8月7日 ジム・ラヴェル(97)
宇宙飛行士。アポロ13号で奇跡の帰還を果たしたときの船長。映画ではトム・ハンクスが演じていた。
8月10日 釜本邦茂(81)
日本サッカー界の冬の時代に活躍したレジェンド。1968年メキシコオリンピックの得点王。のちに政治家に転身した。
8月17日 テレンス・スタンプ(87)
イギリスの名優、なんとなく怪優というイメージ。『コレクター』、『世にも怪奇な物語」(「悪魔の首飾り」)、『テオレマ』などが印象的。
8月19日 河本三郎(74)
9月2日 吉行和子(90)
女優、吉行淳之介の妹。母親吉行あぐりが経営していた山の手美容室を設計したのは村山知義だったか。107歳で2015年に亡くなった母アグリとは頻繁に海外旅行をするなどしながら老々介護を続けていたらしい。
9月5日 デービー・ジョンソン(82)
巨人初の外国人プレイヤー。現役大リーガーとして鳴り物入りで入団、監督就任1年目の長嶋茂雄の助っ人として期待されたが活躍できず、「ジョン損」、「ダメジョンソン」と酷評された。二年目はそこそこ活躍した。二塁手の守備は堅実で、割と好きなタイプの選手だった。帰国後も大リーグでそこそこ活躍し、監督としてもキャリアを積んだ。
9月6日 石川知裕(52)
民主党、新党大地の政治家。小沢一郎の秘書として政治資金規正法違反で逮捕され有罪が確定した。今、同じ罪で自民党系の政治家秘書が立件されてもおそらく不起訴になるのではないかと思ったりもする。
9月11日 菅原孝(81)
兄弟デュオ「ビリー・バンバン」のメンバーで兄。「白いブランコ」、「さよならをするために」など懐かしい。
9月16日 ロバート・レッドフォード(89)
理知的な二枚目俳優。演技、役柄に共感できる大好きな俳優だった。『明日に向かって撃て』、『追憶』などのちょっとはにかんだような仕草がたまらなく魅力的だった。アカデミー賞は『普通の人々』で監督賞を受賞しているが、男優賞を受賞していないのは残念。二枚目過ぎて賞から嫌われたのかもしれないが、この人はけっして大根ではない。年齢がいってからもけっこう重厚な演技力をみせていた。もうこういう二枚目俳優は出てこないかもしれない。
9月23日 クラウディア・カルディナーレ(87)
きれいな、きれいな女優さんでした。最初に観たのは『ピンクの豹』、『赤いテント』あたりだったか。のちに『8 1/2:』に出た彼女を観て、主人公が彼女を天使としてとらえたのが、フェリーニがそういう役柄にしたのが納得できた。美と可愛らしさの両方を身に着けた女神みたいだった。
9月26日 上田薫(96)
スーパー・リアリズムの走りの人。生卵がスプーンから落ちる瞬間を描いた絵《なま卵A》を最初に観たときはけっこうインパクトがあった。あれは群馬県立近代美術館だったか。
10月11日 ダイアン・キートン(79)
『ゴッドファーザー』、『ゴッドファーザーⅡ』、『アニー・ホール』などで印象的な。美人女優というよりも個性派女優という感じか。なぜか『インテリア』の女流詩人役をよく覚えている。ちょっと神経質なインテリ女性を好演していた。この人は長くウッディ・アレンのパートナーだったが、その後はウォーレン・ベイティ、アル・パチーノらと浮名を流した。なんか淋しいね。
10月17日 村山富市(101)
自社さ連立政権で81代総理大臣を務めた。好人物としての評価はあるが、政治家としての力量には欠けていたように思う。担がれるままに総理大臣となったが、消費税率の引き上げ、阪神・淡路大震災、サリン事件などの対応にも苦慮し、1年半ほどで退陣した。自民党との連立政権の間にも社会党の党勢は衰退し、彼によって日本の革新勢力は完全に弱体化していった。人の良さみたいな部分での評価とは別に、政治家として冷徹な歴史的評価を受けるべきかもしれない。
10月25日 ビョルン・アンドレセン(70)
ヴィスコンティの『ベニスに死す』の美少年。ほとんどその一作で映画史に名を遺したといえるかもしれない。同性愛者だったヴィスコテンィと彼の間にどんな権力勾配的倒錯があったか。まあググるとなんとなくそれっぽい話も出てくる。晩年、『ミッドサマー』で醜悪な老人として出演したときには、美貌の若いときの彼とのギャップに驚いた記憶がある。なんか子どもに教えてもらったんだったか。「あれてビョルン・アンドレセンっていうんだけど、知ってる」みたいな。
10月26日 ジャック・ディジョネット(83)
マイルスの『ビッチェズ・ブリュー』、『オン・ザ・コーナー』などにも参加しているけど、この人のことを覚えたのはキース・ジャレット、ゲイリー・ピーコックのスタンダーズ・トリオだったか。ピーコックは2020年に85歳で没している。ジャレットは80歳で存命のようだが、2度の脳卒中で重い後遺症があり、再起は難しいとのこと。これもまた淋しいことだ。
11月6日 ジェームズ・ワトソン(97)
DNAの二重らせん構造の発見者。この人の著作『二重らせん』はなぜか読んだ記憶がある。
11月8日 仲代達矢(92)
『用心棒』、『椿三十郎』、『影武者』などなど。大河ドラマ『新・平家物語』も記憶に残っている。名優だな。舞台をベースにテレビや映画で活躍した演技派というと、この人の他にも平幹二朗、山崎務、緒形拳とかいたな。存命なのは山崎務くらいだろうか。
11月14日 嵐山光三郎(83)
タレント、エッセイストとして活躍したが、もともとは平凡社の編集者。『太陽』、『別冊太陽』の編集長を務めた。特にムック化した『別冊太陽』のヒットはこの人によるところが大きいのかもしれない。1965年に平凡社入社、当時『国民百科事典』の売れ行きが好調で、出版業界が賑わっていた頃。当時の平凡社には谷川健一や林達夫がいたという。そういう時代だったのだ。
11月18日 世志凡太(91)
コメディアン、ソングライター、音楽プロデューサー。うん、たしかにいた、そういう人がいた。フランス語の「セシボン」からとった芸名はすぐにわかった。パートナーだった大衆演劇のスターだった浅香光代は2020年に92歳で亡くなっているとか。
11月24日 ジョージ・アルトマン(92)
ロッテ・オリオンズの外国人選手で日本では8年プレーした。長身で細身ながら堅実なプレーをしていた印象がある。
12月3日 スティーヴ・クロッパー(84)
セッション・ミュージシャン、ブッカー・T&ザ・MG'sやブルース・ブラザーズ・バンドなどで活躍した。派手さはないが堅実なプレーが印象に残っている。ブッカー・T&ザ・MG'sはインス曲でビルボードのヒットチャートの10位に入るヒットをとばしている。「Green Onions」、「Time Is Tight」なんかをよく覚えている。特に「Time Is Tight」は林義夫のパック・イン・ミュージックのオープニング曲で使われていたような記憶がある。
12月4日 山内テツ(79)
この人がフリーにベーシストとして加入したのはけっこう驚きだった。そしてエマーソン・レイク・アンド・パーマーとのジョイント・コンサートで後楽園球場に出演したのもなんとなく覚えている。日本ではなんとなくELPの前座扱いされているような印象もあったけど。
当時的には日本人プレイヤーが海外のグループで活躍するというのは異例だった。ジャズではソニー・ロリンズのバンドに増尾好秋が加入していたけど、それに続くような画期的なことのように思えた。
12月8日 原田眞人(76)
映画ファンから映画評論家へ、そして映画監督に転身した人。映画ファンからすると夢のような人生を送った人だったと思う。
12月14日 ロブ・ライナー(78)
『スタンド・バイ・ミー』、『ミザリー』といったスティーヴン・キング原作作品を手掛けているが、この人というとやっぱり『恋人たちの予感』かもしれない。小粋なラブコメ的だけど、ニューヨークの四季を美しく描いていた。けっこう好きな映画だった。
12月17日 内館牧子(77)
シナリオライター。元横綱審議委員会委員。なにかコワイおばさん的風貌の人だったことを覚えている。よく横綱審議委員として朝青龍の素行などを問題にしていたが、この人がなぜ横綱審議委員をしているのか、その理由はわからなかった。なにか子どもの頃からの相撲フリークで、床山を志願したり、相撲記者の採用に応募していたのだとか。シナリオライターとして成功し、満を持して横綱審議委員になったと、まあそういうことだったのか。
12月21日 杉田和博(84)
第二次、第三次安倍内閣で内閣官房副長官、内閣人事局長を歴任した警察官僚・内務官僚。彼が人事権を掌握することで、日本の行政組織が劣化腐敗化したのは間違いないと思う。
12月23日 尾崎将司(78)
プロゴルファー、ジャンボ尾崎か。この人のスポーツ刈で襟足だけ妙に長く伸ばしたヘアスタイルは、ヤンキー層に妙に流行っていて、そういう子どもをけっこうあちこち見た記憶がある。ゴルフはほとんど興味がないけど。
12月28日 ブリジット・バルドー(91)
小悪魔的な魅力の美人女優。マリリン・モンローと並ぶセックスシンボル。『ニュー・シネマ・パラダイス』の中で、彼女が全裸で登場する場面で、一番前に座っていた少年たちが一斉にマスターベーションを始めるというシーンは、ちょっと微笑ましかった。セクシー女優、グラビアアイドル、そういうものの総称として受容されていたのだろう。晩年は動物愛護活動をしていたが、政治的には極右で差別的言動も多かったときく。
12月30日 不破哲三(95)
共産党の書記長、委員長を歴任。東大理学部卒業で学問の道についていたらノーベル賞もとれるという話もあったほどの秀才。1970年に共産党の書記局長に就任し、「共産党のプリンス」とも呼ばれた。兄、上田耕一郎とともに、一時期は構造改革派に属していたが、たしか宮本健一から批判され自己批判したような記憶があるが定かではない。しかしミヤケンが逝き、上耕が逝き、そして不破が逝った。20世紀の前衛、革新政治運動は遥か遠きものになった。
