東京富士美術館 (1月13日)

 例によってカミさんがどこかへ行きたい、美術館に行きたいという。美術館を口にすればけっこうな確率で自分が動き出すということを熟知している。寒いのであまり外出したくないのだが、とりあえず家から一番近い美術館へということで東京富士美術館に行くことにする。ここは最寄りの高速道路を使えば30分と少しで行ける。しかも西洋絵画の所蔵についていえば、国内では長期休館中の上野西洋美術館の次くらいのコレクションがある。まあその他でいえばアーティゾンやポーラに匹敵するくらいだろうか。

古代エジプト

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 9月から開催されていた古代エジプト展。一人立ちした子どもも観に行ってけっこう良かったといっていたのだが、なんとなくこの手の博物館ネタはちょっと腰が引ける部分がある。かなり評判だったということも聞いていたので、込み具合も多分そこそこなんだろうなと思ったりもした。ちょっと性格違うけれど、以前富士美で開かれていた刀剣の展覧会の時は駐車場も満杯で、かなり下の方にある臨時駐車場を案内されたことがあった。車椅子だとけっこうな距離を上っていくことになるのでその時は断念した。なので、富士美の人気展覧会で博物館的なネタの時はなんとなく敬遠してしまう。

 今回はというと会期末(1月16日まで)ということで行ってみた。ウィークデイの割にはけっこう人が多い。例の宗教団体関連の招待客も多数いるみたいだけど、まあこれは別の話。

古代エジプト展 天地創造の神話 | 展覧会詳細 | 東京富士美術館

 古代エジプト展については2020年から2021年にかけて二つの展覧会が国内を巡回していたようだ。一つがこの国立ベルリン・エジプト博物館所蔵の「古代エジプト展」。

 そしてもう一つはオランダ、ライデン国立古代博物館所蔵の「古代エジプト展」だ。

 なんで同時期に日本でこういう大掛かりなエジプト展が開催されたのかわからないけれど、ちょっと紛らわしいとは思う。まあ自分は考古学的なものへの興味は割と低いので、展覧会の比較も出来ないし、そもそもエジプト美術等への知識も欠けるので評価もできない。そのうえで今回の国立ベルリン・エジプト博物館所蔵「古代エジプト展」に限っていえば、予想以上に面白かった。

 しかしそもそもなぜドイツやオランダに膨大な古代エジプトの発掘品がコレクションされているかといえば、19世紀から20世紀にかけて欧州各国が盛んに発掘競争を行った結果なんだろうと思う。このベルリン博物館のコレクションについても開催概要の中にこんな解説がある。

ベルリン国立博物館群のエジプト博物館とは

ベルリン国立博物館群は、ドイツの首都・ベルリンに流れるシュプレー川に浮かぶ「博物館島」にある5つの博物館を中核とする総合博物館群です。プロイセン王国歴代のコレクションを礎とし、先史時代から現代にいたるまで、世界的な規模と質を誇るコレクションを擁しています。

さらに、第二次世界大戦東西ドイツ分裂の時期を経て、1999年には「博物館島」全体がユネスコ世界文化遺産に登録され、2000年代からは各博物館の改築やコレクションの整理が急ピッチで進められています。

エジプト博物館は、「博物館島」にある5つの博物館のうち、2009年に改修を終えた「新博物館」内にあり、世界で最も有名な女性像の一つとして知られる「ネフェルトイティ(ネフェルティティ)の胸像」を所蔵している博物館として有名です。

紀元前3000年頃の動物の彫像から、古代エジプトに終焉を告げたローマ皇帝の肖像まで、壮大なエジプト史を網羅する同館のコレクションは、17世紀のブランデンブルク選帝侯の所蔵品を発端とし、その後のプロイセン王が主導した発掘や購入により、世界有数のエジプトコレクションとなりました。とりわけ、宗教改革によって個性的な芸術が生まれたアマルナ時代の充実した所蔵品と6万点にものぼるパピルス・コレクションは必見です。

 展示されるコレクションはどれも興味深いが、とにかくそれらがすべて今から2100~3500年くらい前のものだったということに驚かされる。日本でいえば原始的な土器だの埴輪だのが作られていた時代、かくも見事な工芸品や棺などが作られていたというのは、本当に驚異的である。古代エジプト文明の秀逸さを改めて認識させられる。まあそんな当たり前といえば当たり前の感想だ。

 まあそんな優れた文明がローマにやられてしまうわ、その後の2000年の歴史の中でいえばアフリカ北部に位置するエジプトが後進国になってしまうというのは、なんていうか文明の盛衰というのか、そんなものを漠然と思ったりもしてしまう。

 展示構成はというと、古代エジプトの神話と信仰を解説しそれに基づいた展示となっている。

この世界は、天も地もない全くの暗闇で、
ヌンと呼ばれる混沌とした「原初の海」だけが存在していた。

その大海から自力で出現したのが創造神アトゥムである。
初め、アトゥム神は大海の中をただよっていた。

やがて、大海の中から「原初の丘」と呼ばれる小高い丘が出現した。

その丘に這い上がったアトゥム神は
自力で大気の神シュウと湿気の女神テフヌウトを生み出した。

シュウ神とテフヌウト女神は夫婦となり、
彼らの間に、大地の神ゲブと天空の女神ヌウトが誕生した。

しかし、ゲブ神とヌウト女神は片時も離れない。
そこで、父であるシュウ神が2神を引き離し、
天と地を分け、その間に大気が存在することとなった。

その後、ゲブ神とヌウト女神の間には
オシリス神、イシス女神、セト神、ネフティス女神が誕生。

創造神アトゥム、シュウ神、テフヌウト女神、ゲブ神、ヌウト女神、
オシリス神、イシス女神、セト神、ネフティス女神の九柱は
創世神話にかかわる重要な神々として、ヘリオポリスの9柱神と呼ばれる。

第1章 天地創造と神々の世界

第2章 ファラオと宇宙の秩序

第3章 死後の審判

 原初の混沌として無秩序な世界から創造神が生まれ、そこから世界が作られていく。どこの世界でも神話の基本型は一緒だなと思う。キリスト教=聖書にしろ、古事記にしろ、みんな混沌とした世界から創造神によって秩序が生み出されていく。神話の構成は結局、その文化圏における人々の世界認識なり解釈を物語として口述したりテキスト化していく過程だったということなんでしょう。まあこのへんは拙い文化人類学的な知見からの感想だけど。

 この展覧会は基本的には展示物の撮影は全部可だったので、なんとなく興味があるものを幾つか撮った。前述したようにいずれも2100年~3500年も前のものだと思うと、なにかいろんな感慨みたいなものを覚えたりもする。

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常設展示

 栃木県立美術館で富士美のコレクションによる「名画でたどる400年」という展覧会が行われていたのでかなりの名品が貸し出されていたはずだ。この展覧会は12月26日で終了しているので、すでに作品は戻ってきているとはいえまだそれらはおそらく展示されていないだろう。故に現在の常設展示はやや貧弱かなとか適当に思っていたのだが、それは杞憂というべきか、常設展示はけっこう充実していた。

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『煙草を吸う男』(ラ・トゥール

 富士美の目玉的作品の一つでもあるラ・トゥールの『煙草を吸う男』。夜の画家とも評されるラ・トゥールの代表作の一つか。バロック期のフランスの画家ラ・トゥールは作品自体が少ないこともあり、20世紀に入って再評価されるまでは忘れられた存在だったとか。写実性と強調された光と影の表現が特徴的な人でもある。陰翳礼賛という谷崎の言葉はこの画家にこそ相応しいかもしれない。

 

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『ローマ、クィリナーレ宮殿の広場』(カナレット)

 都市景観画(ヴェドゥータ)で有名な画家である。観光名所を描いたいわゆる「おみやげ絵」なんだが精密な写実に優れたこの手の絵がいつ観ても楽しいし、いろんな発見があふれている。犬同士のお見合いなど多分空想的な素材もあふれていて、カプリッチョ(奇想画)の雰囲気もある。

 

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『犬を抱く少女』(フリンク)

 フリンクは17世紀オランダの画家で、レンブラントの工房で助手として働いていたという。レンブラントに影響を受けた画家で、レンブラントの作品といわれていたもので後にフリンク作となったものもあるという。この作品は中央に描かれた少女の生き生きとした表情など、ちょっとレンブラントとは異なる趣がある。いつも観るたびに心動かされるような作品で割と気に入っている。

 

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古代ローマのスタジオ』(アルマ=タデマ)

 もともとはオランダ人でイギリスに帰化した画家で19世紀から20世紀にかけて、主に古代ローマギリシャ、エジプトなどの歴史を題材にした作品で評判となった画家だという。

ローレンス・アルマ=タデマ - Wikipedia

 この作品も古代ローマの工房で絵に見入る人々を描いている。右端のベンチに片膝をついているのは絵の作者だとか。アルマ=タデマのこの絵もどこか心に残る、気に入った作品だ。アルマ=タデマの回顧展みたいなものがあればぜひ行きたいと思うのだが、多分これは少なくとも日本ではないだろうなと思ったりもする。

 と、ここまでが第1室、第3室で興味をひいたもの。第3室はここ半年かあるいはもう少しの期間ずっと近代イギリスの写実的な風景画が主に展示してある。ターナー、ジェームズ・バレル=スミス、ウェイトなどなど。美しく精密な描写でけっこう好きな作品も多いが、さすがに何度も観ていると少し凡庸かなどと思ったりもする。

 そして第5室は印象派とウォーホルなど現代作品がまとめてある。このへんの目玉が栃木に行っているのだろうと思っていたのだが、けっこう目玉的な作品があって少しほっとしたりする。

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マイヨール『春』をバックにマネやルノワールなど

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『海辺の船』(モネ)

 1881年の作品、まさにこれぞ印象派といえるような作品。どことなくヴーダンの影響を見受けられる。小さく配置された人との比較でいうとこの浜辺に乗り上げている舟はけっこう大きなもののようだ。

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『春、朝、曇り、エラニー』(ピサロ

 『秋、朝、曇り』と対になる作品なので『秋~』の方が貸し出されていたりするのだろうか。1900年の作品ということらしいが、点描画法に影響を受けた時期を脱して印象派的画風に回帰した頃の作品かもしれない。これぞピサロ印象主義みたいな感じがする。

 

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『読書する女』(ルノワール

 1900年頃の作品。この時期にはルノワール印象派的な画風から離れ、古典主義と印象派的手法の融合を目指していたという。この作品はその成功例の一つかもしれない。肩と背中を露出させ無防備に読書に熱中するような女性の姿が妙にエロチックでもある。読書とエロティシズム、相反するもののようだが、このポーズは多分狙ってあえてモデルにそういう仕草を取らせたんだと思う。

 

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『散歩』(マネ)

 以前、富士美の学芸員の説明の中で、「当館の看板娘」と評されていたように記憶している。自分的にはマネの代表作みたいに思っているほど気に入っている作品。

 

西洋版画の魅力

西洋版画の魅力展 | 展覧会詳細 | 東京富士美術館

 12月10日から1月30日まで開かれているミニ企画。富士美が所蔵する版画約70点が展示されている。デューラーゴヤシャルダンドラクロワ、ミレー、マネからピカソまで。版画は小品が多いのと、どうしても複製的な印象が強いのであまり興味を持てないのだが、著名な画家たちの作品は興味深く、その魅力を再認識した感じだった。

 画家が版画に興味を持つのは、習作的な部分、その陰翳を含めた表現に作家として興味を示した部分などもあるのだろうと思う。まああとはオリジナルの油彩とは別に、割と簡易に複製が作れることで画家にとっては経済的な効能もあったのかもなど。興味をひいたゴヤドラクロワ、ミレー、マネなどを。

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 そしてここでもやっぱりピカソが最後にもっていくという感じがする。

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『鳩』(ピカソ

最後に

 新年早々の富士美にそこそこ堪能したという感じ。特に「西洋版画の魅力」は思いのほか面白く、30日までの会期に出来ればもう一度来たいと思ったりもした。また2月からは収蔵作品を中心とした「梅村松園 松篁 淳之 三代展」も開かれる予定だという。上村松園・松篁・淳之 三代展 | 展覧会詳細 | 東京富士美術館

 豊富なコレクションから様々な企画展覧会が出来るし、それとは別に古代エジプト展のような巡回展にも加わる。それらも興味深く楽しみな部分もあるのだけど、実をいえば富士美に最も期待するのはそのコレクションの蔵出し一挙大放出のような企画である。

 2017年に開かれた「とことん見せます!富士美の西洋絵画」展。あれは展示規模といいいほとんど西洋美術館を超えるくらいのボリュームのある展覧会だった。出来れば4年に一度くらいああいう蔵出し的な展覧会を開いて欲しいと思ったりもする。あの壁面に三段に展示される名画の数々みたいなのをもう一度、いや一度といわず何度も観てみたいと思う。