バック・イン・ザ・U.S. -ライブ2002

バック・イン・ザ・U.S-.ライヴ 2002 [DVD]
言わずと知れたポール・マッカートニーである。彼が2002年に行ったアメリカでのライブをまとめたDVDだ。何年か前にテレビでダイジェスト版を観た記憶がある。5年以上前にたぶん正月だったんじゃないか。妻の実家で夜中に一人で起きていた時に偶然観た。懐かしさと共にポールの元気な姿に嬉しくなって、入っていたビデオに録画した。それからたまに妻に実家に行くときには一人深夜にひっそり観ていた。
後半にポールが「ロング・アンド・ワイディング・ロード」を歌うと、ツアーのスタッフ全員観客席側からハートカードを大きく広げる。みんなあなたのことを心から愛していますという意思表示だ。ポールはその光景を見て声をつまらせる。曲が終わると「いたずらっ子め」みたいな軽口をたたく。なんとも感動的なシーンだ。

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TUTAYAでDVDがレンタルされているのは知っていたのだが、なんとなく見過ごしてきた。それを今さらながら借りてきて観ている。ポールが60歳の時のライブである。新曲よりもビートルズウィングス時代の懐かしい曲を中心にした懐メロライブである。いよいよもってポールも懐メロオヤジと化したかと、もう新曲がどうのではなく、過去の遺産で商売していくのかみたいなことを当時もいわれたようにも思う。
でもこのオヤジは一筋縄ではいかない。いやこのライブ凄いのである。60歳のポールが編成したバンドは彼を含めて5人。これだけなのである。ギター2名、そのうちの一人はポールがギターを弾くときはベースをやる。これにキーボードとドラムだけである。この5人で巨大なアリーナで過去の曲をやりまくるのである。5名のバンドだからごまかしがきかない。メンバーは半端じゃない技術をもったプレイヤーばかりだ。おまけにコーラスも完璧である。完璧なロックン・ロール・バンドだ。
その中心にあるのが60歳のポール・マッカートニー本人である。60歳である。おそらくこのライブに向けて相当な摂生を重ねたのだろう。おまけに途中から生ギター1台でビートルズ・ナンバーを何曲も演る。この人は本当に凄い人なんだということを改めて思う。
最近、ビートルズのリマスター版をずっと聴いている。気がつけば総てのアルバムを入手してしまった。休日で自分の部屋に短時間でもいられる時やたまりに溜まった洗濯物をたたんだりする時にずっと流し続けている。改めて名曲ばかりであることに素直に感動する。特にポールの楽曲にポールの歌に聴きほれている。若い時分にはいつもジョン、ジョンで、ポールをやや低くみることが多かったのに。
でもポールのメロディ・メーカーとしての天賦の才能、ベース、ギターのプレイヤーとしての才能。この人こそキング・オブ・ポップスなんじゃないかとさえ思う。生きたまま伝説と化した20世紀の音楽の巨人、もはやそういう存在なのかもしれないな。2年前に出した「Memory Almost Full」もけっこう楽しく聴くことができたし、65歳という年齢を全然感じることはなかった。才能に満ち、ビートルズとして、あるいはその解散後もずっとポップスのメイン・ストリームで大成功を収めてきた。さらには健康で長寿でもある。完璧な人生、完璧なサクセス・ストーリー。こういう人生もあるということなんだろう。
話を戻そう。このライブは基本的には懐メロだ。過去の名曲を本人が生で演奏する。それが総てだ。オーディエンスも基本的には年齢層が高い。みんな自分達の人生を重ね合わせるようにしてポールの曲を一緒に口ずさんでいる、踊っている。全体的にとても暖かい雰囲気だ。みんなポールの曲を、ビートルズの曲が大好きなのだ。
オープニングから2曲目だったか、いきなりポールが「オール・マイ・ラビング」をやる。観客が大ノリだ。その中で曲を聴きながら思わず涙ぐんでいる初老の男の姿が大写しになる。それを観て私もぐっとこみ上げてきた。いきなり目頭が熱くなってしまいウルウル状態になった。涙ぐんだ観客とほとんど同じ心象風景である。
後半の「ヘイ・ジュード」のシーンでは、当然のごとく観客は大合唱である。ポールがバンドの演奏をやめさせて観客の合唱だけがアリーナに大反響する。ポールはもっと聴いていたいと叫ぶ。それから今度は男女を分けて最初に男性だけが歌うように促す。「カモーン・ボーイズ」とポール。そして嬉しそうに歌うオッサンたちの姿が幾つも映し出される。みんな子ども時代に戻ったようである。最高である。
いつかポールもジョンやジョージのいる場所に行ってしまう日がやってくるのだろう。そして彼の曲を楽しそうに口ずさむオヤジたちやオバサンたちも同じように。それもそう遠くない未来のことだろう。私自身も含めてということだけど。でも彼の曲をビートルズの曲に親しんでこれただけでも、そうそう悪い人生じゃなかったんじゃないかと、なんかそんな風に思わせるような、そういうDVDだった。とりあえずこのDVDを観ている時間、私は確実に幸福だったんじゃないかと思う。