3月の日誌的①

3月1日(土)

 おそまきながら、ヴィム・ヴェンダースの『PERFECT DAYS』をAmazonプライムで観た。トイレ掃除作業員の単調な生活を綴った映画。なんの変化もなく、劇的な場面もない。ただただ初老の作業員の日々を負う。

 主演の役所広司は熱演。ラストシーン、運転する役所のクローズアップによる延々長回し。おおよそ3分ほどのシーン、運転しながらなにかを思い出して笑い、そして顔を曇らせ泣き出す。カメラは延々とそれを撮り続ける。

 いい映画だが、たぶんもう観ることはないかもしれない。映画におけるミニマリズムというのは、こういうことをいうのかもしれない。

 ヴィム・ヴェンダースは敬愛する小津安二郎のオマージュ的にこの映画を撮っている部分もある。映画全体のスタティックな雰囲気、主人公の名前はかって『東京物語』で笠智衆が演じた初老の男と同じ平山という名前だ。

 しかしここまで物語に動きがない作品も珍しいかもしれない。唯一ドラマ的な動きがあるとすれば、ラスト近く、役所広司三浦友和の二人、互いに初老の男たちが影踏みをするシーン。いい年をした男たちが、多少の照れ、気後れ感をだしながら、次第に熱心に相手の影を踏もうと熱中し始める。このシーンは最後の役所広司長回しアップとともに記憶に残るかもしれない。

 

 昨日の夜から子どもから預かったパソコンを少しずついじくっている。一応、ミッションとしてはCドライブのSSDを256から512への換装、さらに8世代CPUでWindows10のため、これを11にアップデートさせること。

 午後、掃除をしてから妻のおでかけ欲求にこたえるべく、浅羽野のビオトープに行く。干上がりかけて小さな池と化したところには、先週は鯉が5匹くらいいたはずなのだが、3匹に減っていた。誰かがもっと水のあるところに持って行ったのか、それともイタチかなにかの餌食になったのかどうか。

 ビオトープの中にある小さな梅園の梅もまだ蕾状態で、2分咲きくらいだっただろうか。

 

 夕食は、妻も食べることができるものということで、大根とツナの煮物を作った。

3月2日(日)

 妻が大宮で友人と会食をするというので送っていく。その友人は、子どもが保育園の頃からのママ友。先日、彼女の紹介で子どもの就職が決まったこともあり、一応お礼をかねてということらしい。

 妻たちが会食している間は、近くの高倉町珈琲で時間をつぶした。

3月3日(月)

 雛祭りである。

 グルニエにしまい込んでいる雛飾りを出さなくなってもうどれくらいになるだろう。最後に出したのが子どもが高校生くらいの時だとすると、もう10年くらいしまいこんでいることになる。ひょっとすると人形はかなり傷んでいるかもしれないな。まあそんなものだ。

 一応、試験期間が始まっているのだが、テスト勉強がまったく手につかない。芸術理論の東洋編なのだが、中国の郭若虚、蘇東坡といった言葉が宙を舞い、ちっとも頭の中に入ってはこない。

 夕食は麻婆ナス、卵焼きなど。

 

 子どもから預かっているノートパソコンのWindows11へのアップデート作業がようやく終わった。土曜日から初めて、なんだかんだで三日を要した。これほど時間がかかったのは久々かもしれない。

 

 天気予報どおり昼頃からずっと降っていた雨は雪になり、夕方近くまで降っていた。

 

3月4日(火)

 ほぼ一日自室にいてテスト勉強。とはいえちっともはかどらず、テキストを読んでいてもすぐに眠くなる。テキストをもとにノートを取ろうとしても、すぐに意識が散漫になる。錆びついて脳みそ、やはり68歳に学習は無理なんではないかと、けっこう真剣に思ったりもする。

 天気は前日からの雪が雨になって、なにか断続的に降っている。ビオトープの干上がった高麗川はどうなったかどうか、ちょっと気なったりしている。

 夕食はハヤシライスとチンジャオロースを作った。

3月5日(水)

 本日も一応学習中。

 朝、昼ともに前日作ったハヤシライスを食べた。三度三度米の飯を食う。まあ食欲が普通にあるのは健康な証拠かもしれないけど、身体もあまり動かしてないから、こういうのは絶対体重増加につながる。

 今月は三か月ごとの定期受診がある。体重増えると、主治医からやんわりと叱られに違いない。

 夕食は妻がヘルパーさんとほうれん草のガリバタ炒めを作ったようだ。

 夕食後はほぼ徹夜でノート作り。

3月6日(木)

 前夜、徹夜して寝たのが朝7時過ぎ。それでも10時過ぎには起きて、そこから『作庭記』などの解題を読む。

 リビングに降りたのは昼過ぎ。そこから妻を誘って買い物に行くことにした。

 毎週、土日のどちらかには買い物に行くのだが、日曜は妻が会食だったこともあり買い物をしていない。すると妻のヨーグルトや朝食用のオートミールもなくなり、卵の残り2個という状況。なので買い物はにはやっぱりいかないと。

 そういえば米もストックが少なくなってきているのだが、相変わらず品薄なうえに高い。新米が出ればとかいろいろ言っていたが結局品薄、高止まりなまま年を越した。いよいよ備蓄米を放出が決まったというのに、ちっとも米の価格は下がらない。いやそれどころかさらに上昇を続けている。

 もう5キロの米は4000円を超えるようになっている。去年の今頃は1500円くらいだったというのに。主食が1年で倍以上に値上がりする。暑すぎる気候などの要因があったとはいえ、それでもこの米の品不足、値上がりは明らかに異常だ。

 減反政策を進めてきた自公政権の農政の失敗なのに、国民の怒りはあまり政治には向いていかない。権力による馴化政策、プロパガンダにより、失政に対しても権力批判に向かないようになってしまった。

 去年、米が品薄になり、値上がりし始めたときに、国は新米が出荷されるようになれば解消される。米不足は一時的だとアナウンスした。でもこれは嘘だった。米の値上がりについても、今までが安すぎたのだ、農家のことを思えば米の値上がりは当然だ。たぶん政権側のプロパガンダにのって、訳知り顔にそんなことを言う人々がいた。

 かれこれ10数か月、ずっと続く米の品薄と高騰に対して、政府やマスコミはあらたな言い訳を言い始めている。米不足の一因はインバウンドの増大による観光客の消費拡大がにある、一部の悪徳業者が買占めて流通を妨げている、どうも外国人が買い占めているようだと。どうも米不足の原因は外国人によるのだとか。

 文春のスクープがあったが。この間に農水省からのJAへの天下りが数十人いるらしい。なにか利権や不正があるのかどうか、それはどこか陰謀論めいているのであまり立入りたくはない。ただし政治は常に結果責任である以上、農水省、政権党は責任を問われても仕方がないのではないか。ここまでの米不足、価格高騰が続いても、まったく責任が問われないままでいるのが、どうにも納得ができない。

 戦前の日本は絶対主義的な強権国家で、政治的自由は制限されたものだった。でも主食が異常に値上がりすれば、民衆は米問屋を襲うくらいの暴発的なプロテスタントがあった。今、民主主義国家とされるこの国には、権力にたてつき、抗議行動をするような民衆はいない。市民という名の馴化された羊の群れがいるだけだ。

3月7日(金)

 試験の締め切りが明日の13時まで。

 ということで追い込みをかけている。芸術理論の東洋篇の出題範囲のテキストの読み込み、ノート取りがまだ終わっていない。たぶんまた徹夜になりそうだ。

 出題範囲は以下のとおり。

  1. 15章『図画見聞誌』と17章『蘇東坡』により、郭若虚、蘇東坡それぞれの芸術論の比較
  2. 25章『東国李相国集』、28章『与猶堂全書』をを読み、著者李奎報と丁若鏞の文学論をまとめる
  3. 13章『茶経』、41章『南方録』を読み、陸羽と日本の茶の湯の違いを論じる
  4. 32章『古来風体抄』、36章『ささめごと』を読み、藤原俊成、神橋の歌論を比較し説明する
  5. 31章『作庭記』、40章『抛入花伝書』を読み、自然に対する考え方を比較し論じる

 この中から1問が出題され800字でまとめる。ヤマはるかどうか、一応それぞれの解答を用意するか。5問すべてとなると4000字を超す。夕方の時点でまだ3と4の読み込み、ノート取りが終わっていない。けっこうピンチな状況だ。

 郭若虚の『図画見聞誌』と蘇東坡は古代中国の絵画論だ。特に気韻生動論、対象のもつ気韻ではなく画家の生得の気韻に重きをおく人格主義。その流れは宋代の士大夫による文人画へと展開する。

 李奎報と丁若鏞は、高麗時代と李氏朝鮮時代の詩人の文芸論、詩、文芸への考え方。

 陸羽は唐代の人で、『茶経』は当時の喫茶文化についてまとめた茶の百科全書。『南方録』は千利休茶の湯の考え方をまとめたある種の理論書だ。南坊宗啓が著者とされていたが、実はそれを書写してまとめたという筑前福岡藩の家老立花実山の創作だというのが定説らしい。

 南坊宗啓は他に実在を証明するような記録が残っていないので、おそらく実山が創作した架空の人物らしい。こういう話を読むと、まったく興味のない茶の湯ががぜん面白いものに思えてくる。

 『古来風体抄』は平安時代の歌論書。著者は当時の歌壇の権威だった藤原俊成。俊成の息子があの藤原定家だ。そして『ささめごと』は室町時代連歌についての理論書だという。

 最後の『作庭記』は日本だけでなく世界でも最古の造園の理論書。「石をたてん事、まず大旨をこころふべき也」という冒頭の一節は有名。そして次に「生得の山水」という本物の自然を模倣せよという自然主義が全編に通底している。友人の話では、工学部の建築学科の学生はみんなこれを読まされるのだとか。

 そして次の『抛入花伝書』は江戸時代初期に流行ったいけばなのジャンルの一つらしい。いけばなの理論書などというものがあるなんて、しかもそれが古典として残っているなど、この年になるまで知らなかった。だいたいにおいて、そもそも読み方すら知らなかった。「なげいればなでんしょ」と読むらしい。

3月8日(土)

 完全徹夜した。

 一応、芸術理論のメモ取りは前夜のうちに終わり、日が変わる頃から回答を作り出した。そして5問の設問すべて終了したのが3時過ぎ。もっともメモをつぎはぎしただけのお粗末なもの。そして4時くらいに試験を受けた。といっても試験はWEB上で、試験サイトに入ると1時間の制限で、解答を書くことができる。これは用意した解答をWEB上でコピし、多少文言を修正するだけで、ものの10分かそこらで終了した。

 次にもう一つの試験科目・芸術教養研究1のほうにとりかかる。こちら1月に提出して採点済みのレポートで取り上げた事例についての問題。設問的には、①「事例の地域特性と背景について」、②「事例の人間関係や交流について」、③「事例の情報の編集と伝達のプロセスについて」、④「事例の時間制についての考察」そして最後が⑤「事例の活動の空間や場づくりについて」。

 それぞれで1200字で論述するのだが、さすがに時間がなく山はりで③と④を除外して3問だけそれぞれ1200字の論述を用意した。

 試験は13時が締め切りだが、解答作りは11時過ぎまでかかった。それからいざ試験となると、出題は「とりあげた事例のコミュニティ・デザインについて」という。なんか話が違うと思ったが、とりあえず提出しなければと思い、なんとなく一番近そうな⑤の「空間と場づくり」を多少手直ししてアップして終了。これはちょっと不合格の可能性が高いかもしれない。

 とりあえずこれで冬期の試験、レポート類はすべて終了した。結局、卒業レポートまでいかなかったのであと1年続けることになるのだが、卒業に必要な単位はおそらく今回で達したはずなので、来年度は卒業レポート一本だけになりそう。まあここまできたのでなんとか卒業したいとは思う。さらにいえば70になる前になんとかしたいと。

 まあ卒業したからといってなにかあるということもなく、多分さほどの達成感もないのだろうとは思う。単なる自己満足の類であることは、最初から了解済みである。

 ただ、テキスト読むこと、ノートを取ること、そしてレポートを書くこと、すべてが苦痛ではあるのだが、それでも学ぶことは楽しいとも思う。そしてもはや人生の第四コーナーをとおに回っているというのに、自分は知らないことが多すぎる、そして世界には学ぶべき事柄があまりにも多いということを実感する。

 悔いの多い人生は、最後が近づきつつあるというのに、もっと勉強しとけばよかったと思う日々だ。