高崎市タワー美術館「日本画ベストコレクション」展 10月21日

 木曜日、高崎駅前にある高崎市タワー美術館に行って来た。ここに行くのは今年になって3回目。日本画の良いコレクションがあり、企画展も充実している。車だと埼玉から1時間弱で着くので、都内に出るのと同じくらいということもある。

 しかし高崎には東口にこのタワー美術館、西口には高崎市美術館と駅の東西至近の場所に公立美術館がある。さらに郊外に群馬県立近代美術館もある。都道府県魅力度ランキングで44位となり、県知事が激怒しているらしいが、どうしてどうしてなかなか文化度高いとランキング45位の埼玉県民は思ってみたりもする。

日本画ベストセレクション/高崎市タワー美術館 | 高崎市

 今回の企画展で知ったことだが、この高崎市タワー美術館は独自の収蔵品とは別にヤマタネグループから寄託された多数のコレクションがあるという。ヤマタネグループとは山種美術館ヤマタネである。創業者の山崎種二は個人で日本画を多数収集し、これを基に山種美術館を開設したが、美術館とは別に会社に作品を残しその拡充を行ってきた。その会社所有のコレクションは各種展覧会に貸し出されるほか、「ヤマタネグループコレクション」として各地の美術館で一括して公開されている。

 さらに高崎市タワー美術館には、山崎種二が群馬県高崎の出身のため、作品の寄託や展覧会の出品という形で協力されているという。高崎市タワー美術館の豊富なコレクションはこのヤマタネグループコレクションに支えられているということのようだ。

 やはり都道府県や自治体にとって、持つべきものは金満家の出身者ということになる。埼玉県には残念ながらそういう人があまりいないようだ。大正製薬上原正吉は埼玉出身だったが、その仏教美術コレクションを展示する上原美術館は妻の出身地である静岡県下田市になってしまった。出来れば出身の杉戸に別館でも作ってくれれば良かったのにとか思ったりもする。まあこれは別の話だ。 

 話を戻そう。今回の企画展は開館20周年を記念して、これまでの展覧会のポスターに使用した名品を一堂に展示するというもの。一部が「ポスターになった名品たち」、二部が「珠玉の日本画コレクション」となっていて、一部に32点、二部に17点の49点が展示されている。そのうちの約半数の26点がヤマタネの寄託品となっている。

 気に入った作品を幾つか。

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『梧桐ニ小禽』(菱田春草) ヤマタネグループ寄託

 美しい絵である。菱田春草の画力の妙というところだろうか。ややもすると平面的な梧桐(アオギリ)の表現と、小さいながら立体的な小鳥の表現の対比みたいな部分だろうか。無線描法を意識してか、幹にかかる葉の表現にはなんとなく苦労の跡があるような気もする。まず最初に展示してあるのがこの作品。

 

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『春の野図』(上村松園) ヤマタネグループ

 安定の上村松園である。美人画と自然描写の違いはあれど、春草作品と比べてみると日本画にとって線描がいかに重要か、あるいは日本画=線描表現といっても過言ではないということがなんとなくわかる。だからこそ春草や大観は無線描法にチャレンジしたということなんだろうか。

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『卵』(川端龍子) ヤマタネグループ

 一瞬、小倉遊亀かと思った。会場芸術の川端龍子がこんな親密というか、家庭的な絵を描いているのかというちょっとした驚き。生みたての卵ももっている女の子。その周りのの雄鶏三羽、「返せよ、オラ」と吹き出しをつけたくなるような絵だ。

 

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『暁雲』(東山魁夷)  ヤマタネグループ

 東山魁夷は本当に画力がある。写実的な細密描写、写真のような感じだが、実はそうではない。自然のもつ象徴性、神秘性を感じさせる。今回の展示作品の中で自分的にはベスト2的作品。

 

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『雪国』(牧進)  ヤマタネグループ

 今回、個人的には一番気に入った作品。

 牧進は1936年生まれで存命の画家である。16歳で川端龍子内弟子として入門し、厳しい指導を受けて研鑽を積んだ。1946年に川端康成の知遇を得て日本の四季をテーマに定め、作品発表を個展を中心にして現在に至る。ふたりの川端の影響を受け画業を続けてきた人。

 この作品は川端康成の小説に寄せて花を描いた30点のひとつで、『雪国』を題材として、主人公島村が目にした萱の群生を描いている。雪のように舞っているのは金泥で繊細に描かれた萱の花穂。

「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」点(10月20日)

 水曜日、三菱一号館美術館で始まったばかりの企画展「イスラエル博物館所蔵 印象派光の系譜」展に行ってきた。イスラエル博物館所蔵というので、どのくらいの作品が出品されるのかと、ちょっとだけ懐疑的な気分もあったが、予想を超える質、量に驚いた。とにかく大所というべき巨匠の作品が平均して3点〜5点あるのだ。それも印象派の先駆けとなった写実主義自然主義クールベ、コロー、ブーダンから印象派もモネ、シスレーピサロルノワール、さらに後期印象派とくくられるセザンヌ、ゴーガン、ゴッホなどなど。さらにナビ派もセリジュやヴュイヤール、ボナールなまで。

 どうしてこんなに多くの印象派系の大家の作品がイスラエルにあるのかと、ちょっとした疑問も浮かぶがそれはすぐに解消される。博物館の館長イド・ブルームの「ごあいさつ」の中に1965年の開館の翌年にロスチャイルド基金からセザンヌ、ゴーガン、ゴッホの作品群が寄贈されたこと。それ以降もこの博物館の後援者から多くの寄贈、遺贈を受けてきたことが書かれている。作品のキャプションにはそれぞれの寄贈者、遺贈者の名前が英語で記載されている。その多くがアメリカ在住のコレクター、もしくはその遺族である。

 ようはイスラエルを支援する各国ユダヤ人の資産家、コレクターが積極的にこの博物館に名画を寄贈、遺贈したということだ。イスラエル自体が各国ユダヤ人資産家からの多額な資金援助をもとにしたシオニズム運動で生まれたことを考えれば、建国後の文化的支援も行われてきたということなんだろうと思う。だからこそ、エルサレムの地にかくも充実したコレクションが生まれたということなんだろうと、まあ適当に考えている。

 展示は「水の風景と繁栄」、「自然と人のいる風景」、「都市の情景」、「人物と静物」の4部立てとなっていて、最初に印象派の先駆けとしてコロー、クールベ、ヴーダンから始まり、次にシスレー、モネ、ピサロと続き、それからゴッホ、ゴーガン展開される。コローは4点くらい、そしてドービニー、ヨンキントをはさみブーダンが5点。そこにごくごく初期のセザンヌ作品も展示されている。

 セザンヌは意図的な塗り残しを含め割と薄塗りの印象があるのだが、初期のそれは暗い厚塗りのマチエールで、こういうの描いてたんだというちょっとした驚きがあった。

 

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「サン=マメス、ロワン川のはしけ』(シスレー1884年

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『サン=マメス、ロワン川のはしけ』(シスレー) 1885年

 安定のシスレーである。この人だけはスタイルが変わらず、印象派の技法に忠実、生涯風景画の人だった。しかしなんで売れなかったんだろう。凡庸だから、この風景に進取な表現なんて必要ないんじゃないかと思ってします。

 

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『川の景色」(アルマン・ギヨマン)

 普通に美しい、これこそ良くも悪くも凡庸な風景画だ。けっしてけなしているのではないけど。岐阜県立美術館のこの人の絵を観て、そのキャプションに宝くじが当たって絵だけに専念できるようになったというエピソードが記されていた。好きな絵一本で過ごせた幸福な人だったのだろう。この宝くじがギヨマンではなくシスレーの元にいけば、シスレーはもっとたくさんの美しい風景画を描けたんじゃないかとか、シスレー好きの自分は思ってしまう。

 

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『豊作」(ピサロ

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『朝、陽光の効果、エラニー』(ピサロ

 イスラエル博物館はピサロのコレクションが充実しているようで今回も5〜6点出品されている。この二つの作品は1893年、1899年のもので、すでに点描画法を脱しているが随所にその痕跡というか、部分的に応用しているような気がする。両側の木によって囲むような構図、なんとなく浮世絵的な雰囲気もあるように思う。

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「エラニーの日没』(ピサロ

 一瞬、モネかと思わせる。ピサロがこんな空を描くのかとも。なんとなく自分の知ってるピサロじゃないという意外性。美術館通いをしているとこういう新しい発見というか、驚きがある。

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『テュイルリー宮庭園、午後の陽光』(ピサロ

 1900年の作品。健康を害し、すでに屋外写生がままにならなくなり、アパートから俯瞰する景色ばかりを描いていた時期のものだろうか。美しい風景画、どことなく景観画の印象派版みたいな趣がある。

 

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『麦畑とポピー』(ゴッホ

 美しい色彩と前面の麦を強調した近像型構図っぽい表現。月並みだけどやっぱりこういうのは浮世絵版画の構図を換用しているような気がする。

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プロヴァンスの収穫期」(ゴッホ

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『アニエールのヴォワイエ=ダルジャンソン公演の入り口』(ゴッホ

 先日、東美のゴッホ展で思ったことだけど、ゴッホの絵もまた他の印象派の画家の作品と同様に離れて観たほうが視覚混合の効果が得られる。ただし画家それぞれによってその効果が得られる距離が異なるような気がした。モネは以前5〜7メートルとガイドさんに言われたような気がする。シスレーピサロは3〜5メートルでそこそこの効果が得られる。それに対してゴッホはもっと離れた方がいいように思った。

 今回もまたこれらの絵を出来るだけ離れて鑑賞してみた。ただし三菱一号館美術館は狭いスペースを有効に使った展示をしているのであまり離れて観ることはかなわない。それでも出来るだけ離れて。自分は適当にゴッホの最適距離9メートル説を小声で唱えようかと思っている。この一見、抽象的な歩道の表現も離れてみると、独特の趣と色彩効果がある。この作品は1887年の制作だが、なんとかくモネ晩年の抽象画っぽいバラ園などと似通ったものを感じる。ゴッホの色彩表現の模索は抽象画にもそこそこサジェッションしている部分があるかもしれない。

 

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『ジヴェルニーの娘たち、陽光を浴びて』(モネ)

 積み藁の束がどことなく女性のように見えるところから、このタイトルがつけられたという。まあ好き好きあるとは思うが、なんとなく「う〜む」となってしまう。数ある積み藁の中でもこれはちょっと・・・・。

 個人的にはモネ、やらかしたかなとか思ってしまった。なんというか情感、抒情性みたいなものに欠けるというか。あと、『ファンタジア』の「魔法使いの弟子」のホウキたちを思い出している自分には、審美眼が欠けているのかもしれない。

 

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『ウパ ウパ(炎の踊り)』(ゴーガン)

 ゴーガンも4〜5点出品しているが、この作品が一番気に入った。ゴーガンらしからぬ夜の表現というか。原初的な生命感みたいなものを描いているのだろうが、ゴーガンの特徴といわれる平面的な色面や装飾性とは異なり、画面全体からダイナミックな躍動感が伝わってくる。彼の色面には静的なものとか、幻想性みたいなものがあるといわれるけど、この絵は何か真逆な感じ。

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『夏の陽光(ショールズ諸島)』(チャイルド・ハッサム

 アメリ印象派の人。名前はよく聞くし、作品も1、2点は観たことがあるように思うが、なんか久々に観た。まさに印象派の技法の美しい絵。印象派の作品は最初、ヨーロッパよりも新興アメリカの上流階級でよく買われたという。そういう需要があったうえでなんだろうが、割と成功した人だと聞いている。もともとボストンで風景画を描いていて、パリに渡り絵の勉強をしている時に印象派の洗礼を受け、その技法を学んだという。

 アメリカ帰国後はニューヨークに住み、都市の風俗を描く一方で田舎の風景画も描いたという。この人を中心にして、ジョン・シンガー・サージェント、ウィンスロー・ホーマー、そこにカサットなどを入れたアメリ印象派展とかどこぞでやらないかと思ったりもする。なんとなく東美かsompo美術館あたりかなとか適当に思ったりするけど。

 

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『風景』(レッサー・ユリィ)

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『冬のベルリン』(レッサー・ユリィ)

 レッサー・ユリィ、初めて目にする人。ドイツ印象派の人らしい。『風景』は写実の中にドイツ的というか、どことなく表現主義的な重々しさが感じさせる。一方で『冬のベルリン」モダンな感じがして一目で好きになった。キース・ヴァン・ドンゲンをより具象的、印象派的にしたような都市の一コマ。

 レッサー・ユリィ、今回3点出品されている。多分、ユダヤ系ドイツ人だと思うけど、1931年に亡くなっている。ナチスドイツがじょじょに台頭し始める頃だが、まだ明らかなユダヤ人迫害は行われていない時期。かろうじて悲惨な状況になる前に亡くなったということだろうか。

 

 今回の「印象派・光の系譜」展は質、量ともに素晴らしい内容の企画展だ。三菱一号館での展示は来年1月16日までという。機会があればもう一度くらいは足を運びたいと思う。その後は大阪あべのハルカス美術館に巡回するという。

「ゴッホ展」に行って来た

 14日木曜日、東京都美術館で開催中の「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとヴィンセント」に行って来た。

 ゴッホは日本人大好きだし、多分2021年芸術の秋の様々な企画展の中では確実に目玉的な展覧会だと思っていた。個人的にいうとゴッホは若い時はけっこう好きだったけど、歳いってからはなんとなく食指が動かない。あの熱量とか激情みたいなものが、若い時はすっと入ってくるのだけど、そこそこ人生枯れてくるとみたいな面持ち。

 いちおう出来ればどこかで観に行きたいとは思っていた。ただ多分混んでいるだろうしと少し敬遠していたのだが、ツィッターか何かでゴッホの点描作品が出品されているというのを見て、これはいかなくてはと決行することにした。

 ウィークデイの木曜日ということで少しはましかなと思ったけど、やっぱりというか当然というかけっこう混んでいて、作品の前にはゾロゾロと列が続いていて、音声ガイドのマークがあるところでは流れが滞ってといういつもの混んでる美術館の風景が。入ったのは2時近くだったのだけれど、時間が経つにつれて人増えているような感じだった。この分だと土日の込み方は多分半端ないと思う。まあゴッホだし。

 今回の企画展の売りは、ゴッホの世界最大の個人収集家だったヘレーネ・クレラー=ミュラーにスポットをあて、彼女が収集した作品を広く人々に公開するために創ったクレラー=ミュラー美術館の作品を中心にしている。さらにゴッホ作品を相続したゴッホの弟テオの妻ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)とその子によって作られたフィンセント・ファン・ゴッホ財団によるファン・ゴッホ財団からも4点が出品されている。

 またクレラー=ミュラーゴッホ作品だけでなく、写実主義から印象派、新印象派象徴主義キュビズムなどの作品も収集しており、ミレー、ファンタン=ラトゥール、ルノワールピサロ、スーラ、シニャック、ルドン、ブラック、モンドリアンなどの作品も出品されている。

 

 気に入った作品をいくつか。

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『ポー=アン==ベッサンの日曜日』(ジョルジュ・スーラ) クレラー=ミュラー美術館

 制作点数の少ないスーラの作品を観ることができるのは嬉しい。この作品は構図において明らかに浮世絵版画のそれを踏襲している。風にたなびく旗は大胆にカットされ、前面の手摺(?)は近像型構図のように大きくクローズアップされている。

 以前、どこかの美術館でガイドさんがモネの絵は離れてみればその良さがわかりますというようなことを仰っていて、割とどこへ行ってもそれを実行している。まあ、離れて観れば視覚混合が起きるという、それだけのことだ。経験則でいうとモネの場合はだいたい5メートルから7メートルというのが効果的かもしれない。

 当然、視覚混合を狙った点描派の作品もそうなのだが、計算された細かい点によって描かれたスーラの作品はどうかというと、5メートル以内でも視覚混合がおきる。なんなら3メートルくらいでも美しい画面が網膜内で再現されるみたいな感じだ。これが科学に基づいた点描画法かと改めて再認識。

 近くにあったピサロの絵などはやはり3メートル以上離れた方がいいように思えた。今回出品されスーラの隣に展示してあるシニャックの『ボルトリューの灯台』もシニャックにしては点描が小さくスーラのそれと近似している。その後、点描が次第に大きくなりフォーヴとの境界線に踏み込むようになった作品だと、もう少し離れて鑑賞した方がいいかもしれない。

 

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キュクロプス』(オディロン・ルドン) クレラー=ミュラー美術館

 よもやゴッホの展覧会でルドンのこの絵と巡り合えるとは。クレラー=ミュラーが所蔵していたんですね、と素直な驚きと感動。ぶっちゃっけ、スーラとルドンを目にすることができただけで、この企画展に来た甲斐がありました。って、ゴッホがないんですけど。

 「キュクロプス」で描かれているのは、ホメロスの『オデュッセイア』に登場する一つ目の人食い巨人ボリュフェモスだ。彼はポセイドンと海のニンフであるトーサの間に生まれた。ボリュフェモスはニンフ、ガラテアに恋して彼女の恋人を殺してしまう。不気味な一つ目巨人は、自分の恋するガラテアを遠くから覗いている。憧憬やらなんやら複雑な思いを込めて。

 最初、この絵を本とかで観たときはなんだこれ、みたいな感想を持ったが、そうしたギリシア神話の背景とかを知ったうえで観ていくと、別種の感想をもつようになる。異形なものの愛するものへの憧憬の眼差し、それはどこかで自分が他者とは異なるという強烈な自意識を抱えていたルドン自身の投影かもしれない。

 象徴主義作品を読み解くには、その背景となる文脈、物語性への理解が必要なのかもしれない。聖書や古典作品への理解が進むと、例えばラファエル前派とかモローの作品への理解が増すのかもしれない。

 

 さてとゴッホ作品。結局これが観たくて来たといっても過言でもないゴッホの点描的習作。

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『レストランの内部』(ゴッホ) クレラー=ミュラー美術館

 1887年頃の作品。ゴッホが点描法を実験したものだが、家具類は通常の筆遣いで描いているが、壁や床の点描はスーラの作品をかなり研究したようにも思える。ゴッホは絵画表現の中でも特に色彩表現を研究し、試行錯誤した人だったのということが、なんとなく伺える作品でもある。単なる激情型の人物、精神的不安定であのグルグル回る空や道、揺れる木々を描いたわけではなく、色彩表現の追求の中で描かれたものだったということがなんとなく理解できる。

 

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『種まく人』(ゴッホ) クレラー=ミュラー美術館

 ミレーを敬愛していたゴッホが、ミレーの『種まく人』を翻案したような作品。ゴッホは書簡集の中でこんなことを書いている。

「ミレーとレルミットの後に残っているものといえば・・・それは種まく人を、色彩を使って大きなサイズで描くことだ」

 ミレーの写実主義を色彩表現によって新たなものに再構築する、そういう試みだったのだろう。この作品は例えば日本の画家にも多大な影響を与えている。萬鉄五郎はこの太陽の表現をそのまま習作で何度か再現している。

 この作品を試しに数メートル離れて観てみると、趣がまったく変わってくる。それも5メートル以上、理想的には7メートル以上離れてみると網膜内でより美しい作品として再現されるような感じになった。そうか色彩表現の画家ゴッホの筆致、筆触分割は当然のごとく視覚混合を狙った試行錯誤の連続だったのかと。

 まあこれらがゴッホについていえば、常識の範疇なのか、あるいはニワカの自分の単なる誤解なのかはわからない。でも、そうやって離れて鑑賞してみるとたしかに糸杉はそれまで自分が見てきたものとは異なったもののようにも思えてきた。

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『夜のプロヴァンスの田舎道』(ゴッホ) クレラー=ミュラー美術館

 このおどろおどろした空と小径のグルグルとした表現、今までは精神を病んだゴッホの心象風景のように考えていたのだが、これが離れてみると全然別の者に見えてくる。目の中で再現される景色はけっして一様で同質のものではない、光の加減で、観る者の視点により様々に変化する。それを色彩によって表現するためのある種の技法表現だったのではないかと、まあ適当に考えている。いわば点描とは異なる、線描表現のような。なんかこうゴッホの表現について書かれた研究書とかを少しかじってみたい誘惑にもかられる。

 

 今回のゴッホ展、これまでのゴッホについての通り一辺倒な理解とは異なるものをなんとなく感じることができた。またゴッホ以外の作品もなかなか充実している点も含め、良質な展覧会だったと思う。出来ればもう一度、いやもう何度か足を運びたいと思う。でも、めちゃ込みなのがちょっと・・・・。

岐阜県美術館~「ミレーから印象派への流れ」 (10月9日)

 岐阜公園から車で15分、3時前には岐阜県美術館に着いた。ここには確か2018年に一度来ている。ちょうどその時は1年間のリニューアル休館に入る直前で、蔵出しのような所蔵名品展が開かれていて、目玉となるオディロン・ルドンも岐阜ゆかりの川合玉堂前田青邨、山本芳翠など素晴らしい作品を目にすることができた。

岐阜県美術館 - トムジィの日常雑記

 今回はというと企画展「ミレーから印象派への流れ」展が行われていた。

ミレーから印象派への流れ | 岐阜県美術館

  この企画展は以前横浜そごう美術館でやっているのを見逃したもので、その後地方巡回で各地を回り、岐阜県美術館が最後というもの。展示作品はフランスのバルビゾン派印象派の秀作をコレクションしているトマ=アンリ美術館、ドゥエ美術館、カンベール美術館、さらにイギリスのウェールズ美術館の収蔵品だ。

 写実主義バルビゾン派の流れから印象派へ、さらに新印象派やナビへというフランス近代絵画の流れを追う系統展示だ。その中で大家の作品もコロー、ミレー、クールベからブーダン、モネ、ルノワール、シダネル、セリュジェ、ドニ、ボナールというよく知られた大家以外にも、デュティーユ、クワッセグ、クラウス、ゴーティなどなど、多分自分がよく知らない画家のものも多数出展されていて、なかなかに見応えのある企画展だった。

 さらにこの日は金曜日で、夜間会館の日だったので閉館は8時まででゆっくりと観ることができた。もっともその後、埼玉までのロングドライブが待っているのでそれほど遅くまで観ることは出来なかったが、閉館間際の駆け足みたいなせわしないものではなく、ゆったりと観ることができた。なんなら常設展の方にも行ったのだが、以前見たような所蔵名品はほとんどなく、ルノワールやルドンが数点、あとは現代絵画ばかりだった。

 帰りがけに受付の女性に聞いてみたところ、今回はルドン、フジタ、玉堂、芳翠らはお休みで、日本画の名品はごっそり福井県立美術館の方に行っているとのことだった。その説明をしてくれた女性は、おそらく四コマ漫画ミュージアムの女』を描いている宇佐江みつこさんだと思った。3年前にミュージアムショップで本を購入してサインしてもらった記憶がある。

 

 企画展で気になった作品を幾つか。

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『アラブの語り部』(ジャン=フランソワ・ミレー) 1840年

 ミレー26歳の時の作品。当時のフランス絵画はロマン主義が主流であり、ミレーもそうした習作を幾つも描いていたようだ。画題、モチーフ、色調、構図、どれをとってもドラクロワである。

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『雷雨』(ジャン=フランソワ・ミレー) 1847年

 これももろにロマン主義的な作品。子どもを連れて薪拾いに出かけた女を突然の雷雨が襲う。ミレーの育ったノルマンディー地方は海沿いでこうした強い風が吹きつけることが多かったのだと。そういえばこういう嵐のような風雨に揺れる木々と人物を描いた絵、他にもあったように思う。全体の色調はなんとなくドラクロワの影響化にありつつも、人物の表情などにはミレーの特徴が出てきているような気がする。

 

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『風景、夜の効果』(コンスタン・デュテイユー)

 どっからどこをとってもコローである。この絵の近くにコロー作品もあるので、ますますコローと思ってしまう。デュテイユーって誰、自分は初めて観る画家である。図録によると1807-1865年、ドラクロワに傾倒していたが、コローと出会い親交を深め、その影響下で自然主義に基づく風景画描くようになったとある。さらに自然主義ロマン主義を融合させるような絵を手掛けているのだとか。

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『オランダの風車』(ブーダン

 同時代でオランダの画家ヨンキントとともに風景画、特に海景画を描いているブーダンはオランダ風景画の影響が強いのだと思う。いつもはもう少し灰色がかった白が基調となるのだが、この絵はそれと異なり美しい青で描かれている。自然主義的だがどことなく印象派的な萌芽も感じられる。その後、空の王者と呼ばれるように空、雲の表現に卓抜なものを見せるが、この絵ではやや控えめだ。家に飾りたくなるような作品。

 

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『海』(シャルル・クワッセグ) 

 シャルル・クワッセグ(1833年-1904年)、初めて目にする、耳にする画家だ。もともとは船員として世界中を航海し、その後に画家になったという。海景画、パノラマ画を得意にしたという。

 

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ルーアンセーヌ川』(アルマン・ギヨマン)

 アルマン・ギヨマン(1841年-1927年)はパリ生まれの画家。セザンヌピサロと親しく交流し、たびたびそれぞれと一緒に屋外写生を行っている。ピサロの推薦で第1回から第8回までの印象派展に6回出品している純然たる印象派、もしくは印象派周辺の画家。ゴッホの弟テオとも親交があり、テオはギヨマンの絵を数点購入している。ゴッホもギヨマンの明るい色彩に影響を受けているという。

 ギヨマンのエピソードで面白いのは、1891年に宝くじで大金を手にし、それ以降生活に困らなく絵に専念できたという幸運な持ち主であること。その色彩表現はフォーヴィズムにも影響を与えたという。

ジャン=バティスト・アルマン ギヨマン-主要作品の解説と画像・壁紙-

 

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『リス川にかかる霧』(エミール・クラウス)

 エミール・クラウス(1849年-1924年)はベルギー印象派の一人だ。モネの影響が強いのだろう、この絵などどこからどこまでもモネだ。筆触分割から一時は点描など新印象派的な作品も描いている。この人の作品は何点か、特に点描のそれを観たような記憶があるのだが。クラウスは後に多くの学生の指導を行い、日本人画家でも太田喜三郎、大原美術館のために尽力した児島虎次郎などを指導している。

 

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『服を脱ぐモデル』(ボナール)

 

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『日曜日』(アンリ・ル・シダネル)

 シダネルは点描や象徴性の高い作品を描く画家である。自分の感想だと、なんとなく人物不在なのにどこか人物の痕跡を思わせるような風景画を描く人という印象がある。だが、この絵には12人の若い女性がいる。美しい、美しい絵だ。今回の企画展で自分が一番気に入った絵でもある。この絵にもしこの12人の女性が描かれていなかったら。それでも絵としては成立するかもしれない。12人の女性のいた痕跡を残して。彼の絵にはどことなく異界へ観る者を誘うような不思議な感覚がある。多分、自分の勘違いか何かかもしれないけれど。

 

 この企画展「ミレーから印象派への流れ」は10月21日までということだ。さすがに距離的にもう一度行くのは難しいけれど、近くだったら確実にリピーターになっていると思う。岐阜や愛知近辺にお住まいの方にはぜひ行って欲しい企画展だ。蛇足ながら、岐阜県美術館は建物の外部、内部も美しい。図書館と道路を隔てて建つ建物はや入り口前の庭園もゆったり寛げる空間。といいつつ次、自分はいつ行けるだろうか。岐阜は遠い、遠いのである。

姫路市立美術館 (10月8日)

 姫路城の後、近接した姫路公園内にある姫路市立美術館へ行った。

 私的にはこちら行くのが目的、それは9月に、同館が所蔵するマティスの絵が松方コレクション作品の可能性があるという朝日新聞の記事を読んで、機会があれば行ってみたいと思ったから。

姫路のマティス「松方コレクション」か - トムジィの日常雑記

 姫路市立美術館は赤レンガ造りの雰囲気のある建物で、もともとは姫路陸軍兵器支廠の倉庫として建築され、戦後一時期は姫路市役所として利用されていた。1983年に再生利用され美術館となったという。

姫路市立美術館 - Wikipedia

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姫路市立美術館:トップページ

 メインの企画展として現在は、グラフィック・デザイナーにして現代アート作家の日比野克彦の展覧会を行っている。日比野は若い時からけっこう好きで、作品を目にする機会も多かったし、興味もあるのだが、今回は時間の関係でパスすることにする。

 とにかく姫路城でかなり時間を費やしたため、美術館での滞在時間は30分程度。すぐに京都に向かわないと、予約している健保の保養所の食事に間に合わなくなる。ということで元々目的としていた西洋近代美術のコレクションのみを駆け足で観ることにした。

國富奎三コレクション室について | 姫路市立美術館

 地方の金満医師が蒐集したコレクションを市の美術館に寄贈し、これを常設展示しているというもの。

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 その展示作品は40点弱だが素晴らしい作品ばかりだった。

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『湖』(コロー)

 縦長の作品が多いコローにしては珍しい横長の作品。この作品も松方コレクションから売り立てられたもののようで、図録には「『第三回松方氏蒐集絵画展覧会』において《風景》と題されて出品された」という記載がある。

 

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『花咲くプラムの木』(ピサロ

 美しい絵である。1889年の作品で一時期傾倒したスーラらの点描法から少しずつ本来の印象派的な筆致に戻りつつある、そんな時期の作品のように思える。この絵は以前にもどこかで観た記憶がある。図録によると「メアリー・カサット展」(横浜美術館)2016年という貸し出し記録が掲載されている。この企画展展は観ているので図録を引っ張りだすと、119Pに掲載されていて姫路市立美術館所蔵とある。なるほどと思った。

 

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『ル・プティ=ジュヌヴィリエにて、日の入り』(モネ)

 1874年の作品。この年は第一回印象派展が開催された年で、印象派という呼称の起源となるモネの『印象、日の出』が出品されている。いわば『印象、日の出』と同時期制作されたまさに印象派の出発点となるような作品といえるかもしれない。

 この絵はモネ作品の中でもかなりポイント高いと自分は思った。鑑賞のベストポイントは5メート以上離れた方がいいかもしれない。この会場ではそこまで距離はとれないが、対面の壁ぎりぎりのところから観ていると、飽きずに何時間でもいられるような気がしてくる。

 

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『川沿いの村』(ヴラマンク

 1913年の作品。ヴラマンクにしては激しい色彩も、また重苦しい雰囲気もない。全体としてセザンヌの画風の影響が強い。そしてどことなく浮世絵的な構図を感じさせられる。

 

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『赤い服を着た女』(アンリ・ルバスク

 ポスト印象派、親密派の範疇に入る画家。個人的には東京富士美術館の何度か観た『ヴァイオリンのあるマルト・ルバスクの肖像』という自分の娘を描いた作品がけっこう気に入っている。このモデルの雰囲気もちょっと似ているので、ひょっとしたら娘のマルト・ルバスクをモデルにしているのかもしれない。

 

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『ニース郊外の風景』(マティス

 そして目玉というか目的の作品である。1918年製作で、すでにフォーヴィズムの旗手として活躍している時期だが、この作品の色遣いは抑えめで印象派的な雰囲気もある。数メートル離れると雰囲気が変わってくるような感じで、美しい作品だ。600キロ以上も離れた姫路まで来た甲斐があったとしんみり思っりもした。

 

 駆け足の鑑賞だったが、このコレクション展示は十分楽しめた。地方の金満家がそのコレクションを惜しげもなく自治体に寄贈し、常設展示され市民が日常的鑑賞できる。なんとも素晴らしいことなのだが、このコレクションの寄贈主、調べるとよからぬ不祥事を起こした医師でもあるようだ。

 ネットでこの人の名前と事件、逮捕などというワードで検索してみると、目を覆いたくなるような事件の情報、主に掲示板関係のものがヒットする。2004年のことなので、事実なのかどうかその詳細はわからないが、未成年少女へのわいせつ事件で起訴され示談にて不起訴となっているという事件のようだ。

 蒐集したコレクションに罪はないのだが、もしそれが事実だとしたら、展示作品の価値がなんとなく気持ち的に減じてしまうような気がする。それはちょっと残念なことである。

大塚国際美術館③ (10月7日)

 今回、大塚国際美術館で興味を持ったこと、ちょっと思ったことなどを補遺として。

 

 館内で食事や軽食がとれるのは3カ所ある。

レストラン&カフェ ショップ|大塚国際美術館|徳島県鳴門市にある陶板名画美術館

地上1階 レストランガーデン

地下2階 カフェ・ド・ジベルニー

地下3階 カフェ フィンセント

 きちんとした食事をとれるのはレストランガーデン、あとの二つはカフェと銘打っているので基本はドリンクと軽食だ。いつもは昼食はだいたいレストランガーデンで食べているのだが、今はコロナの影響もあるのかレストランガーデンとカフェ フィンセントは休業中である。

 今回はホテルの朝食バイキングを大目にとったので、昼食らしきものとしてカフェ・ド・ジベルニーでとでコーヒーとケーキだけにした。まあ色気より食い気というやつだ。

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 カフェ・ド・ジベルニーは屋外に面してガラス張りになっていて、屋外にもテラス席がある。その脇には円形の池があり睡蓮が咲いている。さらにその先は円形上の壁があり中に入ると一面にモネの睡蓮の絵がある。オランジュリー美術館にあるモネの『大睡蓮』の複製画が屋外展示されているのだ。

 これは環境展示という壁画や絵画の環境空間をそのまま再現させるような試みで、ジベルニーのモネの庭を再現するかのような環境で、モネの大作を鑑賞できるようになっている。

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 この壁画の裏側に草木が植えられていて、さらに睡蓮の浮かぶ池が周囲をぐるりとしている。

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 ちょうど幾つかの睡蓮の花が咲いていた。まあ季節によるけれど、リアルな花を見つつモネの『睡蓮』を味わえるわけだ。モネの大作を屋外で味わうことができるというのも、陶板複製画の利点でもある。なにしろ屋外でも風説に耐えて数百年劣化しないということらしいのだから。

 

 最近、中公新書の『日本画の歴史 近代篇』を読み返しているのだが、その序文の中にこんな記述がある。

日本画の近代化とは西洋化、大雑把にいうと写実化だったのです。紙や絹という二次元の平面空間に三次元の立体空間を取り込もうともがき苦しむ道のりだったのです。

(序文Ⅱ)

何度もいうように、西洋化=写実というのは日本画家によって重大な課題でした。彼らは二次元的な絵画空間に三次元的空間を入れ込もうと苦心惨憺しました。日本画近代化とは、結局この写実という一語に尽きるのではないかと思うくらいです。

(序文Ⅳ)

 これは日本画だけにとどまらず、絵画表現にとって普遍的なテーマのように思える。紙、板、キャンバスという二次元の平面空間に三次元的立体空間を取り込む。結局、絵ってそういうことみたいなことを思い出させたのは、この聖母をテーマにした絵を観ていたとき。

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 これは『荘厳な聖母』というタイトルの作品で、左からチマブーエ、ドゥッチョ、ジョットの作品。

 チマブーエ:1240年頃 - 1302年頃

 ドゥッチョ:1255/1260年頃 - 1319年頃

 ジョット :1267年頃-1337年

 年代的には10ずつくらいしか違わない、ほぼ同時代の画家だがその絵を個別にみていくと、チマブーエとドゥッチョは平面的だが、ジョットになると奥行きがあり立体的な表現となっている。

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『6人の天使に囲まれた荘厳の聖母』(チマブーエ)

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『荘厳な聖母』(ドゥッチョ) 

 ドゥッチョは1255年頃~1319年頃に活躍した人。

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『荘厳な聖母(オニサンティの聖母)』(ジョット)

 13世紀から14世紀にかけての絵画表現がルネサンスを経た16世紀となると、ここまで進化する。そんなことを思いつつラファエロを観る。大塚国際美術館の系統展示ではこういう時代の変遷による絵画表現をトレースすることができる。

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『フォリーニョの聖母』(ラファエロ

 

 そして、多分一番観てみたい、でも多分かなわない絵がこれかもしれない。

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『ヘントの祭壇画』(ファン・エイク兄弟)

 そして実は一番気に入っているのはこの二枚。

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カーネーション、リリー、リリー、ローズ』(ジョン・シンガー・サージェント)

ジョン・シンガー・サージェント - Wikipedia

カーネーション、リリー、リリー、ローズ - Wikipedia

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エデンの園』(ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール)

ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール - Wikipedia

大塚国際美術館② (10月7日)

 大塚国際美術館での個々の絵の感想をいくつか。

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『犬と水差しを持つ田舎娘』(トマス・ゲインズバラ)

 そう男の子っぽく見えるけれど女の子。みすぼらしい衣服に裸足で犬を抱えてさまよう少女。全体的に重苦しい雰囲気とか、少女の表情もふさぎこんでいるとか、この絵の解説とかではよく目にするけれど、なんかそういうのを自分は感じない。というのも、この絵はファンシー・ピクチャー(空想画)の一種らしい。当然、アトリエでモデルにこういうカッコさせているんでしょう。少女にボーイッシュなカッコさせて屋外をさまよわせるような画題にしたてたっていうところ。でも女の子には見えない。

 ゲインズバラは18世紀イギリスの風景画家、肖像画家。時代的にはロココなんだが、フランスの雅宴画みたいなフワフワした部分とは別に、なんとなく俗っぽい風俗画的な感じもする。

トマス・ゲインズバラ - Wikipedia

 

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『マスター・ヘア』(ジョシュア・レノルズ)

 こっちは可愛い女の子とおもいきや実は男の子。18世紀のイギリス上流社会では男児もドレスを着せるのが流行したのだとか。マスターはお坊ちゃんとかそういう意味なのだとか。

 レノルズもゲインズバラと同時代、18世紀イギリスの画家。やはりロココの人とくくられる。

ジョシュア・レノルズ - Wikipedia

 男の子っぽい女の子と女の子にしか見えない男の子、18世紀イギリスの上流社会って、けっこう倒錯的だったのかなとか思ってしまうのだけれど、まあ今の風俗や世の中の見方とは歴史的にも異なる部分多いから、簡単に決めつけることはできない。

 

 大塚国際美術館にはゴヤの部屋という一角がもうけられている。部屋数はたしか3室だったか。そこにゴヤの代表作が集められている。それこそ『着衣のマハ』『裸のマハ』が並列展示されていたり、黒い絵がまとめられていたり。

 ゴヤは1746年に生まれ1828年に82歳で没している。けっこう長命で18世紀から19世紀にかけて活躍したのだけど、どうしてかもっと前の人のイメージがあり、16世紀から17世紀にかけて、バロック期の人みたいに勘違いしてしまうことがある。同じスペインのベラスケスあたりと同時代とかそんな風に錯覚してしまうというか。

 ゴヤの生きた時代は上述したレノルズやゲインズバラとほぼ同時期、どちらかといえばゴヤのほうがやや後発になるようだ。ゴヤは長命だっただけに画風もいろいろと変化させていて、若い時期にはロココ調、円熟期にはロマン主義と、時代の流行にそった人だったのだと思う。

 

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『日傘』(ゴヤ) 1777年

 これなんかは典型的なロココ調だと思う。

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『1808年5月3日:プリンシペ・ビオの丘での銃殺』(ゴヤ) 1814年

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『1808年5月2日:エジプト人親衛隊との戦闘』(ゴヤ

 このへんはゴヤロマン主義時代の大作であるとともに報道絵画というジャンルでもあるのだとか。写真のない時代、絵画は事件を人々に伝えるという役割ももっていたようだ。エジプト人という題材はどことなくドラクロワを連想させる部分もある。

フランシスコ・デ・ゴヤ - Wikipedia

 ウィキペディアの記述によればゴヤは46歳の時に聴力を失ったという。そして1819年73歳の時に「聾者の家」と称される別荘を購入して隠遁生活を送る。この家に飾られているのが黒い絵といわれるおどろおどろした絵画群だ。その中でも有名なのはこれ。

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『我が子を食らうサトゥルヌス』(ゴヤ

 以前、この絵を観たときに思ったのは、『進撃の巨人』の作者は絶対この絵にインスパイアされてないかということ。そういえばゴヤには『巨人』という有名な絵があるが、ウィキペディアによればプラド美術館は様々な調査鑑定により、ゴヤの絵ではないという発表をしているのだとか。

 しかしこの絵にしろいわゆる「黒い絵」はロマン主義というよりもどことなく象徴性を帯びているような気もしないでもない。さらにこの2枚の絵にいたっては、ある種の超現実主義的な性格も帯びていそう。タイトルはメモしてくるのを忘れてしまったのだが、人物が宙に浮いているんだよね。

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 しかし聾者の家で、70代という老境にはいった耳の聴こえない画家は何を思っていたのだろう。その後、自由主義者への弾圧を恐れフランスに亡命し一度帰国したものの再びフランスに戻りそこで客死している。

 画家の人生もなかなか波乱に満ちたものだと思いつつも、いつかこの手の絵もオリジナルを観たいと思いつつも、スペインは遠くにありて思うもの。多分、見果てぬ夢みたいなものかもしれないけど。