成川美術館は戦後の日本画作品を多数所蔵している個人美術館だ。
この美術館の作品をたしか2022年に五浦の天心記念五浦美術館で観た。そこから箱根に行った際に訪れたのだけど、居心地の良い美術館ということもあり、たぶんもう4~5回は訪問しているかもしれない。眼前に芦ノ湖を見下ろし、右手に駒ヶ岳や箱根山を見上げ、さらに正面奥に富士山を眺める。さしずめ山水画の三遠のような趣のある展望ラウンジからの眺望も魅力だが、それ以上に日本画の名品、山本丘人、平山郁夫、加山又造、平松礼二、堀文子、牧進、田淵俊夫などの作品が多数展示してあり楽しめる。
毎回、一室、二室を使って個別作家の企画展も開かれている。今回は一階の一室で西嶋豊彦、二階の二つの展示室を使って山本丘人の企画展が開かれていた。
西嶋豊彦
成川美術館|開催中の企画展|咲き乱れる京琳派と花鳥画-日本画の新境地 西嶋豊彦展
1966年生まれ。京都芸術短期大学(現京都芸術大学)日本画選考科終了。2011年ルーヴル美術館にて個展。進化する京琳派をテーマに、また新たな試みとして日本画と半導体を融合したシリーズなどに取り組んでいる。

なんだこの立体感溢れる龍図は。と思ったら本当に盛り上がっていた。







どこが半導体かというと、こうなっている。



なんで半導体の回路図なのか。作者はこのモチーフ、テーマについてこう語っている。
半導体とは、現代人が作り上げた未来へのメッセージの象徴だと思います。そえは、戦争に使われる可能性もあり、又、暮らしを更に豊かにする事もあり、それを作ることが良いが、人はどう選択するのでしょうか。
半導体と言う未来の象徴を構成し、人はどう生きるべきですか、どうあるべきですかと問いたいので発表しております。併せて半導体の基板は点と線で回路図のようになっていて、私は点となり、京琳派のような日本美術と未来とを、時空を超えて線で繋ぎ、未来の人の在り方を問うている次第であります。
(西嶋豊彦)
半導体は縄文土器のような原始的文様を類推するか。さらに半導体基板の点と線は、日本画の点(米点など)と線描にも通じている。面白い発想でありつつ、きちんと作品としても成立している。半導体シリーズはある意味、現代の新たな奇想かもしれない。
山本丘人
成川美術館|開催中の企画展|風景の抒情詩 山本丘人展 Ⅰ.軽井沢・湘南風景 Ⅱ.真実の心象風景をもとめて
もともと成川美術館は、館長である実業家成川實がコレクションしていた山本丘人作品150点を核にして開館した。成川はサラリーン時代に7年かけてコレクションした山本丘人作品を、銀座の画廊で一コレクターによる展覧会として開いてもいる。ある意味、一番思い入れのある画家のようだ。
山本丘人は1900年生まれ。戦前は松岡映丘に師事し、戦後は1948年に創造美術の結成に参加、1974年の創画会にも長老格として参加している。当初は力強い風景画を描いていたが、年齢とともに詩情あふれる、ときに女性的、幻想的な作品を多数描くようになった。



坂の手前にいる女性、そして坂を上ったところにいる女性、同じスカーフをまとっている。これはたぶん異時同図的仕掛けなのだろうか。

丘人はこの作品についてこう語っている。
「藤棚が冬の陽ざしを明るく受けて、ガラス戸に映った朝の影から意図した。藤の花は五月の香りを送ってくる。春過ぎて輝く季節、風にゆらぐ紫の花」
そうこの藤の花が咲き誇る景色は実は冬の日なのである。冬の日、まだ咲かない藤の花を重ねた幻想的な情景。そして後ろ向きに座る白いドレスの女性はおそらく、天使が描かれている。地上に現れた天使。この作品は幻想を描いた象徴主義的な作品といえるのだろう。
さらにいえば頭上の藤の花、地面に咲く花、その構図はたぶんにパースを無視した多視点的な配置だ。
そもそも後ろ姿の女性、白い椅子に横すわりして、身体をひねりながら左側を見つめている。足の位置、横すわりしながらの身体のひねりは、かなり難しい姿勢だ。

これはルネサンス期、ミケランジェロの作品にあるような蛇状の人間を思わせるマニエリスム的な表現方法に近いかもしれない。あるいは画家はこの人物造形にあっても、多視点的な形で再構成しているのかもしれない。
山本丘人の作品には写実的な風景画などにもこうしたちょっとした仕掛けが施されていたりもする。詩情作風のなかにも技巧性がちりばめられている。きわめて技巧性に富んだ構成力のある作家なのではないかと、ちょっとだけ思いついてみた。