ずっと気になっていた映画、正月2日にアマプラで観た。
文句なしの傑作である。
昨年中に観ていたら、昨年度のベストワンになっていたかもしれない。
ローマ教皇死去に伴う教皇選出選挙(コンクラーベ)の内幕に迫ったミステリで、ロバート・ハリスの小説の映画化。教皇選出というカトリックにとってもっとも厳粛なセレモニー、その静的なドラマをスリリングな展開とともに描いている。脚本も相当によく出来ているが、おそらく原作小説が秀逸なのだろうと思う。ぜひ読んでみたいと思ったが、まだ未邦訳のようだ。
コンクラーベをミステリー仕立てで描いた小説ということで、欧米ではベストセラーリストに入っているのだが、日本ではどうなのだろう。2016年の出版でいまだ翻訳がないというのは、版権がかなり高いからか。あるいは今は翻訳ものは日本では敬遠されているからか。
昨年4月に教皇フランシスコが死去し、実際のコンクラーベによってアメリカ出身のレオ14世が選出された。そのためこの映画も急遽一般公開されて話題を呼んだ。もし翻訳本が出版されていたら、大書店では一番目立つところに平積み展開されていたはずだ。教皇フランシスコは88歳と高齢だったので、出版された2016年時点でも80近かった訳だし、多分欧米での出版もある意味Xデイを意識していたはずだ。日本の出版社は最大の商機を逸してしまったかもしれない。
物語は教皇の死によって、コンクラーベが実施される。有力候補はイタリア人の保守強固派テデスコ、ナイジェリア出身のやはり保守派アデイエミ、アメリカ出身のリベラルなベリーニ、カナダ出身の穏健保守トランブレの4人。
主人公は主席枢機卿でコンクラーベを仕切ることになるローレンス。ローレンスは平等にコンクラーベを実施することに腐心しながらも、保守強固派テデスコやアデイエミの選出を阻止するために、多様性を重視するベリーニに票が集まるよう多数工作を行う。
そして最後に秘密裡に前教皇によって枢機卿に任命されたイスラムの地アフガニスタン・カブールの大司教であるメキシコ出身のベニテスが到着する。その存在はローレンスすら知らなかったが、カトリックにとって不毛なイスラムの地カブールで、その存在が明らかになれば生死にも影響があるため秘密にされていたのだ。
ローレンスはベニテスを正当な枢機卿として認め、枢機卿のメンバーに加えることにする。
コンクラーベは伝統主義を掲げる保守強固派テデスコと多様性重視のリベラル、ベリーニの一騎打ちになると思われていたが、ベリーニにはあまり票が入らない。そしてテデスコと第三世界の票をまとめたアデイエミが1位、2位となり、その後に穏健保守のトランブレが続く展開となる。
コンクラーベの2日目、ナイジェリアからローマに派遣されてきた修道女がかってアデイエミと不貞関係にあったことが判り、アデイエミは失墜する。そしてその修道女をローマに派遣したのが、トランブレであることが判明する。さらにトランブレは複数の枢機卿に対して買収行為を行うなど不正を行っていて、それが前教皇に露見して辞職を要求されていたことが判明する。
3日目、有力候補のアデイエミ、トランブレが候補から降りたため、超保守派テデスコとそれに対抗する側の一騎打ちとなる。しかしベリーニは自分は器でないとローレンスに告げ、ローレンスは自ら教皇を目指すことになる。そして本来タブーとされている自らへの投票を行ったところで爆発事件が起き、コンクラーベは意外な方向に展開していく。
俳優はみな性格俳優、名優揃い。ローレンスを演じるのはレイフ・ファインズ。ハリー・ポッターシリーズでハリーと敵対するラスボス、ヴォルデモートを演じたことでも有名。重厚感のある見事な演技。イギリスの名優らしくロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに所属し、シェイクスピア、イプセン、ベケットなどの舞台に出演している。この人のスペルはRalph Fiennes。どうしてもラルフ・フィネスとしか読めない。これをレイフと読むのはイギリス固有の呼び方らしい。よくは知らないけど。
その他ではジョン・リスゴーが出演しているのが嬉しい。長いキャリアの性格俳優だが、この人は『ガープの世界』で性同一性障害の元プロフットボーラーを好演していたのが印象的。
さらにイングリッド・バーグマンの娘でもあるイザベラ・ロッセリーニも修道女の長として好演している。この役はわずか7分程度の出演ながら、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされるほどの名演技。この人はなんといってもデヴィッド・リンチの『ブルーベルベット』でのヤクザの情婦役が印象に残っている。変態的なデニス・ホッパーからの度重なる暴力にマゾヒスティックな快感を覚えるという倒錯的な汚れ役。
世間的にはこの役はあまり評判がよくなかったというが、絶対に忘れることができないすごい役どころだった。
映画は基本見世物、エンタテイメントである。その本質には、観客の知らない世界、見ることができない世界や情景ヲスクリーンに映し出すことにある。初期の映画にあっては、たとえばリュミエール兄弟の有名な作品として、列車が駅に到着するだけの映画というのもあった。『ラ・シオタ駅への列車の到着』である。当時の観客は、列車が自分たちの方に近づき、スクリーンを飛び出してくるのではないかと、慌てふためき、何人もが逃げようとしたという。今、それはYouTubeでも見ることができるが、なんの変哲もない列車の到着シーンだ。
当時はこの列車の到着もまた観客にとってはいまだ知らない世界のことだったのだ。
映画が見せる観客にとって知らない世界、それはたとえば戦争のスペクタクルだったり、サメの攻撃であったり、宇宙人の襲来であったり。また犯罪現場や殺人であったりと様々だ。そうした劇的なものではなくても、たとえば職業なども意外と市井の人々には知らないことばかりだったりする。
納棺師という死に装束をしつらえる仕事も、一般的にはまったく知られていない。それをテーマにした映画『おくりびと』がヒットしたのも、知らない職業の世界だったからだ。昨年、大ヒットした『国宝』だって、歌舞伎のバックステージという、我々には伺いしれない世界が描かれていたことが受けたのだと思ったりもする。
そういう意味でいえば、カトリックの総本山で教皇の死によって次の教皇を選ぶというコンクラーベもまた興味のつきない知らない世界のお話である。しかも舞台はあのミケランジェロの巨大な天井画、祭壇画が描かれるシスティーナ礼拝堂である。あの密室化された礼拝堂の中に、世界中から集まった枢機卿が次の教皇を選ぶための選挙を何日も行う。それをスクリーンに見せてくれるだけでワクワクするものがある。
この映画、あるいは原作の小説の成功はまさに、我々には伺い知れないコンクラーベの内実をリアルに見せてくれる、それに尽きるのではないかと思う。さらにいえばストーリー展開、最後のどんでん返し、などミステリー的要素もある。そして脚本、演出、俳優の演技などすべてが高いレベルにある。さらに時間軸としてのコンクラーベはわずか3日間。それを120分という映画としては比較的短い尺で凝縮している。
ある意味、映画の本質ともいういうべきエンターテイメント性と良質なドラマ性が見事にマッチしている。まだ年が明けて数日といったところだが、この映画はたぶん今年観る映画の中でも個人的にはかなり上位にランキングされることが決まってしまったように思う。
