年賀状の絵柄について

 だんだんと年賀状を出す枚数も少なくなってきた。

 同様に来る数も減っている。そして数年前から、年賀状じまいのコメントがるものも増えている。だいたいのパターンでは60~62歳で定年になったとき、65歳で仕事を辞めたとき、70歳、あるいは75歳になった頃というのが多いようだ。今年来た年賀状にも数枚そういうのがあった。もとより人付き合いの少ない自分にとって、年賀状はある意味生存確認みたいなところもある。年賀状だけのやりとりという人付き合い。

 なので年賀状じまいとなると、もうおそらくその人とのつながりはほとんどなくなってしまう。たいていが高齢者同士なので、次に連絡があるのは不幸があったときだろうか。淋しい話だ。

 

 昔は年賀状はだいたい印刷していた。子どもが小学生くらいまでは、子どもの写真や、家族でどこかに出かけたときの写真が多かったか。まあ他人の子どもの写真や家族旅行の写真など、送られてきてもどうでもいいとそういうこともあるだろう。自分だって、送られてきた年賀状が楽しそうな家族旅行の写真だったとしても、ふ~んと一瞥くれて終了だ。だいたいにおいて他者のそうした幸福そうなものに関心がない。そういうと語弊があるが、ようは他人の幸福にも不幸にもあまり興味はない。そういうものかもしれない。

 

 年賀状はそのうち写真印刷から、普通のイラストに変わった。そのうち印刷に出すのをやめて自分でプリントアウトするようになった。それまでも印刷したハガキの宛名は宛名ソフトを使ってプリントアウトしていた。書体も毛筆体など自由に選べる。コメントなど手書き部分もプリントするようにした。

 今の世の中、自宅でプリンターを使う機会って、多分減ってきているのではないかと思う。それこそ年賀状の時期だけフル稼働するけど、それ以外はほとんど置物化していないだろうか。うちはずっとそんな感じだった。

 もっとも通信教育の学生始めた2022年あたりからプリンターはフル稼働するようになった。レポートの提出とかが半端ない。通信教育は基本ネットを通じてなので、レポートも試験もWEB上で提出(アップ)する。文章はワープロではなく、今はエディタかメモソフトを使う。だいたいSimplenoteかOneNote。でも書いたものを読み返すときに画面をつらつら眺めてということが自分はできない。どうしても一度プリントアプトして、赤ペン片手に読むみたいなことになる。古い世代、高齢者なので、まあこれはそういうものだろう。

 自分でも言うのもなんだが、IT機器は草創期から使っている。パソコン使い始めてからだって多分40年くらいになる。その前には数年ワープロ専用機を使っていたこともある。なので文章的なものはずっとキーボード使って作成するのが普通だ。草稿段階でも画面で書いては修正してとか、箇条書きのメモから文章推敲してみたいなこと普通にやってきた。でも校正となるとどうしても一度紙にしてということになる。

 なんの話だったけ。そうかプリントアウト、プリンターの利用についてだった。まあとにかく学習機会が増えると必然的に文章作成頻度が高くなり、プリントアウトが頻繁になる。これは仕事しているときでもそうだった。キャリア後半では自室でパソコンの前に座り、ほぼ自分専用のページプリンターを使って、毎日山ほど紙を印刷していた。まあそういうものだ。

 仕事なり、学習なり、そういうことでもないと文章を作らない。必然的にプリンターの稼働は落ちる。結果として暮れの年賀状程度しか使わないということになる。

 

 年賀状の印刷を自宅で行うようになったとき、絵柄についても自分でいろいろ考えるようになった。そして行きついたのは、絵柄は干支にちなんだ名画を使ってみるということだった。最初に始めたのが2014年の午年。そして一巡してまた今年は午年。適当な思いつきで始めたものがけっこう続いたというか、はてさて継続は力なり、いやただただ惰性の産物だったというだけのことか。

 一巡めぐったので同じ絵柄もと思ったけれど、ネタ的にはまだありそうだったので、午も別のものした。そのうちネタも尽きるだろうし、それ以前に自分も年賀状じまいをするかもしれない、いや多分おっつけそうなるとは思う。

 とりあえず一巡りしたので、これまでの軌跡というかちょっと並べてみようかと思う。名画はそれこそネットで拾ったもの、さまざまな展覧会の図録や絵葉書からスキャンしたものなど様々。著作権的にどうよと言われると苦しいが、存命の作家の作品まずありえないし、死後70年経過しているものがほとんどだと思うので、もろもろ大目にみてもらしかないと思ったりもしている。

 

2014年-午  ピカソ素描《馬》

 

2015年ー羊 セガンティーニ《湖を渡るアヴェ・マリア

 

2016年ー申 アンリ・ルソー《異国風景 - 原始林の猿》

 

2017年-酉 フェルナン・レジェ《赤い鶏と青い空》

2018年-戌 ジャコモ・バッラ《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》

 

2019年-亥 ルーベンス《カリュドーンの猪狩り》

 

2020年-子 伊藤若冲《鼠婚礼図》

 

2022年-寅 尾形光琳《竹虎図》

 

2023年-卯 堂本印象《兎春野に遊ぶ》

 

2024年-辰 橋本雅邦《龍虎図屏風》右隻

 

2025年-巳 アンリ・ルソー《蛇使いの女》

 

2026年-午 フランツ・マルク《青い馬Ⅰ》

 2021年は喪中だったのでお休み。2020年が日本画が続いたけれど、特に意味はなさそうだ。その頃に関心が日本画に行っていた訳でもない。同じ絵柄を使わないとすると、来年の申は西洋画でいくか、日本画でいくか。なんとなく今頭に思いついたのは、竹内栖鳳あたりだけど、あれだと申と卯の両方がいけそうだ。

 とはいえ年賀状の絵柄、あるいは年賀状狂騒曲、いつまで続けることやら。