東京国立近代美術館常設展示(12月5日)

 午前中、歯医者通院で都内へ。

 夕方から友人と会う約束があり、午後は時間が空いたのでお茶の水から竹橋に歩くことにした。東近美は10月に戦争画展「記録をひらく 記憶をつむぐ」を観て以来。次の企画展「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」は12月16日から。ということで常設展示のみを観に行くことに。実はウィークデイにゆったりとした気分で東近美の常設展「所蔵作品展 MOMATコレクション」を観るのが好きである。

 4階1室ハイライトではいきなり甲斐荘楠音である。

 《白百合の女》 甲斐荘楠音 1920年 絹本彩色

 日本髪の白い長襦袢を着た妊婦と白百合。西洋画の白百合は聖母マリアアトリビュートである。それを日本的に移し替えたということらしい。とはいっても甲斐荘楠音の絵からは、聖母マリアの純真といったものは感じさせない。この作品は新収蔵品で購入されたものとか。しかし東近美のハイライトでいきなり甲斐荘楠音にでっくわすとは、ちょっとした驚き。

 最も彼の絵を知ったのは、東近美で開かれた「妖しい絵展」だったか。岸田劉生に「デロリ」と評され、第5回国画創作協会に楠音が《横櫛》を出品したときに、「穢い絵は会場を穢くする」と土田麦僊に出品を拒否されたという。後に包丁で麦僊を刺したろかと、思いつめたという話もあった。

 土田麦僊は楠音のような妖しい絵の類が嫌いだったのかというと、そのときに麦僊が推した絵が岡本深草の《口紅》だったとかで、単に麦僊は甲斐荘楠音が嫌いだったのではないかと、そんなことを思ったりもした。このエピソードは確か東京ステーションギャラリーで開かれた甲斐荘楠音の回顧展のキャプションか何かで読んだように記憶している。

《星をみる女性》 太田聴雨 1936年 紙本彩色

 穢い甲斐荘楠音のお隣には、清新な雰囲気を漂わす太田聴雨である。この絵は大好きで、観るたびに写真を撮っている。試しにフォルダーを漁ったら、この絵の画像が10枚くらいでてきた。こういうクローズアップのものもある。

 

 この右側の顔が隠れた少女の雰囲気が好きだ。「なにが見えるのかしら。早く見たいな」と思っているような、なんとものほほんとした感じがする。

 当時としてはモダンな天体望遠鏡と美人を配した画題。こういうモダンテイストな太田聴雨の作品に《種痘》がある。女医さんが着物の袖をまくった女性に種痘をうつシーンを活写したもの。たしか京都市京セラ美術館所蔵らしいが、まだお目にかかっていない。どこかで太田聴雨の回顧展をやらないものだろうか。

 聴雨は戦争中、伊豆下田に疎開して7年を過ごしたという。なので下田の風景を描いた作品とかもあるやもしれない。でも彼の絵を上原美術館が持っているという話は聞いたことがない。まあこれはどうでもいい話だけど。

 

 ハイライト、甲斐荘楠音、太田聴雨の次に展示してあったのは平福百穂のだった。1室の洋画の方では10月に観たときとさほど変わっていなかったが、1点タイガー立石の作品があった。新収蔵品らしい。

《Mao’s Ecstasy》 タイガー立石 1970年 油彩/キャンヴァス

 ポップな雰囲気、タイガー立石だなと思ったりもする。この絵が2階の現代画のコーナーではなく、ハイライトに展示してあり、その隣が奈良美智であるところなど、時代は変わってきたということか。もっともこの作品も55年前の作品。けっして新しい絵ではないのだろう。

 

 いきなり下世話な話になるが、甲斐荘楠音とタイガー立石の作品、いずれも令和6年度に購入されたものらしい。購入金額は、楠音の《白百合の女》が2200万、タイガー立石の《《Mao’s Ecstasy》は1390万円だとか。絵の価格とかにまったく疎いので、それが妥当な金額なのかどうか。同時期に購入された横山大観の《迷児》は22000万円だという。以前に何度も東近美で観ている作品だが、あれは寄託作品だったのか。

 

東京国立近代美術館 収集の概要(令和6年度)>

https://www.artmuseums.go.jp/media/2025/06/%E3%80%90%E6%9D%B1%E8%BF%91%E7%BE%8E%E6%9C%AC%E9%A4%A8%E3%80%91R6%E7%BE%8E%E8%A1%93%E4%BD%9C%E5%93%81%E8%B3%BC%E5%85%A5%E4%B8%80%E8%A6%A7.pdf

 

 3階の日本画コーナーでは、日本画による肖像画が何点も展示してあった。明治期、日本画での肖像画というのはほとんどなく、おそらく初めて描かれたのが鏑木清方の《圓朝像》だったのだとか。あの絵が重文指定されているのはそういう意味があったのか。その後、日本画での肖像画は多くの画家が描いている。今回、コーナー展示では橋本明治や前田青邨の作品などが展示されていた。

 

《土牛君の像》 前田青邨 1973年 紙本彩色

 奥村土牛肖像画である。作者の前田青邨は当時88歳、モデルの土牛は84。先輩である青邨のモデルを務めた土牛は、たいへん恐縮して「私ごときものを取り上げて下さったことは、この上ない光栄であった」と語ったと、解説キャプションにあった。土牛の人柄が偲ばれる、またそれが絵からも伝わってくるような作品だ。

 

 ちょっとだけ残念なこと。

 ちょうど自分が4階ハイライトを見始めた頃、学芸員らしき人が、来賓客とそのお付きの女性二人を案内して作品の説明しながら回り始めた。そういうのはあちこちの美術館でもよく見かける光景。その来賓客は中年の、ちょっとシュっとした感じの男性で、おそらく学者さんか作家さんかもしれない。ただしその四人の話す声が、けっこう大きくて、静謐な展示室の中で響いていて、さすがにちょっとと思うところがあった。

 特に女性、二人とも30代から40代くらいか、おそらくその学者さんだか作家さんの担当編集者とかそのへんだろうか。まあこのへんは適当な推測だけど、その女性たちが大きな声で話したり、笑い声をあげていて、さすがにこれにはまいった。

 当然、監視員は偉い学芸員さんが、お客さんを案内しているということでスルー。しかし美術館の最低限のルールを美術館自体が逸脱させる。これはちょっと悲しい出来事でもあった。おまけにこちらが回るのとほぼ同じタイミングになっている。そりゃ4階ハイライトから順繰りに回っていけばそうなるか。

 以前、地方の県立美術館でも、学芸員が作家さんと作品の前で大きな声で話していて、思わず「シー」と指を口に当ててしまったこともあった。学芸員も、作者とか偉い先生とかが来ると、ある種の高揚感みたいに舞い上がってしまうのだろうか。

 もちろん学芸員が作品解説するなんていうのは、あちこちの美術館でもやっている。自分もそういう解説ツアーみたいなのに参加したことがある。でもたいていの場合、学芸員の声も抑え気味だし、鑑賞者のお客さんも声高に話すなんてことはない。そういうことでいうと、今回の件、とくにお付きの女性の笑い声は興ざめだった。彼女たちはたぶん、あまり美術館にやって来る人たちではないのかもしれない。