浦和美術館で開催されている「日動美術館コレクション フランス近代絵画の巨匠たち」展を観てきた。
フランス近代絵画の巨匠たち:モネ、ルノワールからピカソ、マティスまで | うらわ美術館
うらわ美術館は初めて訪れる。浦和駅から徒歩10分以内にある商業ビル浦和センチュリーシティの3階にある。開設は2000年で浦和画家など地域所縁の作品と本をめぐるアートを二大収集方針にしているとか。
以前からなんとなく名前は耳にしていたけど、同じ県内に住むけれど行く機会がなかった。埼玉は美術館不毛の地みたいな印象がある。公立美術館というと埼玉県立近代美術館とこのうらわ美術館くらいだろうか。隣県の群馬県や栃木県と比べると、なにか非常に弱いものを感じてしまう。市町村が多すぎて、文化予算が細かくなっていることの弊害なのか、単純に文化水準の問題か、あるいは単純に埼玉だからか。
美術館、博物館が少ないのだが、一方で埼玉県立近代美術館はというと、コレクションや企画展がちょっととんがり過ぎているという感じもしないでもない。なのでここ数年はご無沙汰しているような気もしないでもない。ディエゴ・リベラの企画展とか魅力的なものもあったけれど、埼玉でヨーゼフ・ボイスはちょっと微妙かなと思ったりもした。あれはもとより現代美術のコレクションが充実してるとことかがやるといいのだろうとか思ったりもした。埼玉のあと豊田に巡回してるという話を聞いて、なんとなく納得した記憶がある。
ということでうらわ美術館はお初である。ここは浦和センチュリーシティという商業ビルの3階にある。このビルは浦和で最初にできた高層ビルとかで、もともとは旧浦和市役所跡地を再開発したところで、ビルのほとんどがロイヤルパインズホテル浦和が占めている。もっとももともとのホテルの経営母体だった松下興産は現パナソニックの松下グループの関連企業だったが、この浦和センチュリーシティへの投資が重荷となり経営破綻し、経営主体は外資に移ったのだとか。その後、2016年に外資ファンドに売却されているという。
浦和センチュリーシティの竣工1999年。Wikipediaの記述によればバブル期過剰投資により悪化した経営状態を、この商業ビルで起死回生狙ったのが失敗みたいな部分もあるようだ。ちょうど世紀の変わる時期、埼玉県的には大宮と浦和が合併してさいたま市ができた頃のことようだ。当時の浦和市長でさいたま市長にもなった相川氏とのからみとか、大宮と浦和の対等合併も、結局現在栄えているのは大宮であることなど、諸々あるのかないのか、まあよいとして浦和センチュリーシティは、とりあえず入ったときの印象としては、なんとなく閑散としたイメージもあった。
駅近くの商業ビルの中に入った美術館ということで、うらわ美術館はというとなんとなく八王子市夢美術館や高崎市タワー美術館と同じようなイメージがある。高崎は駅にほぼ隣接しているので、どちらかというと八王子と同じ匂いが。
今回の企画展は茨城県笠間市にある笠間日動美術館のコレクションをもとにしている。笠間日動美術館には2016年に二度ほど訪れたがそれ以降は行っていない。なかなか雰囲気のある美術館で、銀座の日動画廊の創業者長谷川仁・林子夫妻が設立した。現在は二代目の長谷川徳七氏が館長を務めている。
フランス近代美術の粒ぞろいの名品のコレクション、さらにこの美術館の特色でもある著名画家たちが愛用したパレットに絵を描いたパレット画を展示したパレット館が異彩を放っている。
割と気に入っている美術館なのだが、いかんせん笠間は遠い。同じ茨城では水戸の近代美術館には4~5回行っているけれど、どうも笠間に足を向ける機会がなく、二度訪問した2016年からは9年もの歳月が経っている。
とはいえこの美術館のコレクション展は2020年に八王子市夢美術館でも開かれていて、この企画展には二度訪れているのでなんとなくというか、あらかたそのコレクションは観ている。さらにいうと長谷川徳七氏が著した『私が惚れて買った絵』という画集を日動美術館で見て、すでに絶版本のようだったが古書店で程度の良いものを入手している。そこには二代目日動画廊の長谷川徳七氏が買い付けて、自らコレクションしたもの、国内の美術館が購入したものが多数ある。ポーラ美術館やひろしま美術館の名品の多くが長谷川氏を介して購入されたことが判るものだった。
そういう点で二代目の長谷川徳七氏の目利きの良さには納得できるし、そのコレクションについてもなんとなく親和感というか、お馴染み感がある。

日動美術館の代名詞とでもいうべき作品。最初に日動美術館を訪れた時にも、このルノワールはいいなと素直に思った。たぶん数多あるルノワールの国内に収蔵された作品の中でも五指に入る逸品ではないかと思っている。日動美術館の名品、目玉というと作品自体が少ないなかでスーラのコンテ画である『踊る道化』が有名。今回の企画展や八王子でも見かけなかったものがある。とはいえコンテ画とはいえ地味だし、やはり注目を集めるのはこの作品かとも思う。
ルノワールの印象主義から古典主義への移行期の画風だが、この色使いはルノワールの色彩表現の天才性をあますことなく発揮させたものだと思う。モデルの少女のしっかりと前を見据えた表情もすてきだ。この一枚のために、この企画展に来てもいいのではないかと思ったりもする。

長谷川徳七氏のこの絵についてのコメントによれば、たまたまニューヨークで見つけた作品だという。当初はその価値をあまり意識していなかったが、じょじょにそれが分かってきた作品だという。
執拗に後の妻マルトの入浴する姿を描いたボナールなので、このモデルもおそらくマルトかもしれない。縦長の画面は日本かぶれのナビと称されたボナールらしく、おそらく浮世絵の影響だろう。そのためかモデルの裸体もやや引き延ばされた感もあり、理想的な八頭身の美しいプロポーションになっているように思える。そして何よりもボナールの特性ともいうべき、美しい色彩表現。ボナールの作品の中でもけっこう気に入っている。

水の画家と称されたマルケの作品。わりと凡庸な、印象主義的な作品だが、どこか心に残る。以前、八王子でこの絵を観た時には、しばしその前で見とれていた。落ち着いた雰囲気、押さえた色調、ありふれた感想だが詩情感溢れるといったところか。マルケはフォーヴィズムの画家とされるが、その思潮にふれた時代の後に、こうした落ち着いた表現を獲得した。フォーヴィズムの時代の原色を使った激しい表現から、その派手さが抜け、灰色を使った中間色の落ち着いた色調で風景画を描いた。
調べるとマルケはこうした風景画を描く一方で、裸婦画を多数描いている。中にはやや煽情的なものもあるようだが、自分は多分まだ実作を観ていない。どこかでチャンスがあるといいのだが。

主に日本の洋画家のパレット画で構成されるパレット画コレクションの中でも、もっとも有名かつ著名な画家によるパレット画だ。ユトリロにしては色彩感覚が過剰にも思えるが、こういう時期もあったような気もする。パレット画はある種画家のサービス精神の現れでもあるので、けっこう盛っているのだろうとも思う。配置された人物たちはまさにユトリロだ。
日動美術館の近代フランス絵画作品にコラボするように、うらわ美術館の所蔵する画集の中でもボナール、マティス、シャガール、藤田などの作品が展示されている。いずれも興味深く、わくわくさせるような作品も多い。これらの画集も今回の企画展の目玉とでもいえるかもしれない。こうした作品が常時観ることができるなら、この美術館にもう少し行く頻度が増えるかもしれない。
とりあえずボナールとマティスの詩華集に寄せた挿絵。


美術館としての雰囲気も悪くないのだが、ちょっとだけマイナスなイメージを持ったのは、ここの監視員の女性たちがなんとなく悪目立ちだったのと、美術館マナーの細かさだ。
たとえば、今回の企画展は基本撮影がOKのようなのだが、一点につき1枚だとか、キャプションは不可だとか。細かい制限がある。しかもまだ撮ってもいないのに、スマホを作品に向けると、すすっと寄ってきて撮影は一枚だけですと言ってくる。「ええと、まだ撮っていないのですけど」
キャプションにカメラ向けると同じように寄ってくる。「あの、これ撮影じゃなくてキャプションをコピーして、メモアプリに張り付けてるんですが」と言うと、「メモはかまいません」と。
撮影は多分に著作権保護の関係もあるのだろうが、それならもともと撮影不可にすればいいだけ。他の鑑賞者に迷惑になるというが、こちらとしては鑑賞者がいないタイミングを見てやってるし、なんならアプリでシャッター音も消している。それにGWだけど、けっこう館内空いていて鑑賞者のジャマになるような状況でもなかった。
なんかいちいち注意してくるとか、そういうところが、監視イコール管理みたいな感覚がある。おまけに室内をけっこう歩き回っていて、鑑賞者のあら捜しをしているような雰囲気もある。
たぶん監視員さんたち、派遣社員か指定管理を受託した会社に雇われている人たちで、監視=鑑賞者を見張ると教育されているのかもしれない。それでいて子どもが走り回ったり、持っている紙袋をカシャカシャさせていても、ちょっと大きめのおしゃべりは全部スルーされているみたいだったけど。
以前、監視員の方が書いた四コマ漫画を読んだことがあるけれど、監視員は作品保護とともに鑑賞者が絵を観やすいように配慮するのが仕事と描かれていた。そしてなによりも目立たないようにしているとも。
でも最近の美術館では、監視員が目立つことによって、「私は見ています」という威嚇するような態度をさらしているようなところもあるような気もしないでもない。以前、そのことは軽井沢の某美術館のことでも書いたような気もする。
あとちょっとした質問にもまったく対応してくれないという不満もありました。うらわ美術館の所蔵作品のリストみたいなものがあるのかどうかというものだったのだが、答えは「自分はここを離れることができないので、受付で聞いてください」みたいなことだった。これはたぶん併設された図書コーナーで確認すればいいだけのことだったのだけど。「本をめぐるアート」ということで、中世の写本や写本零葉などもあるのかどうかちょっと興味を覚えただけで、これはあとで図書コーナーで収蔵品リストがあったので、それをざっと見た限りだとどうもないような感じだった。
とりあえず今回の企画展、日動美術館の名品の多くと再会できたので良かった。一部、美術館に対する悪い印象を持った部分もあったけど、これは忘れることにします。まあ監視員さんたちもお仕事大変な訳ですから。