幸福な枝垂れ桃、そして桜

 今年庭に植えた枝垂れ桃が満開である。

 ここ数日は毎日、朝、窓から小さな庭を眺めてにやにやとしている。

4月3日

4月4日

4月5日

 そして今日(4月7日)はこんな感じである。

 

 

 

 枝垂れ花桃を見ているとなんとなく幸福な気分になってくる。まさに小市民的な幸せというやつだろうか。こういうのも年取ったせいなんだろうなとは思う。

 

 枝垂れ花桃というものがあるのを知ったのはつい数年前のことだ。健保の宿があるので、毎年伊豆には1~2回は行っている。ある時、妻が多分テレビで仕入れたネタということで蓮台寺の枝垂れ花桃がきれいなので行ってみたいという。蓮台寺ってどこにあるのかと思い調べると、下田の近くにあるという。下田には上原美術館があるので、そのついでに行ってみるかといことで寄ってみた。

 

 民家の前の畑にウッドデッキの歩道を巡らし、やや上から花を見るというもので、こじんまりしているが、なかなか美しい花桃畑だ。

 けっこう気に入ったので翌年も行ってみた。その時は開花がかなり早かったみたいで、3月末なのにすでに盛りが過ぎていた。

 

 

 去年、今年は宿がとれなかったので行くことはできなかった。その代わりという訳ではないのだが、試しにホームセンターで苗を買ってきて植えてみた次第だ。たぶんそれほど大きくならないとは思うのだが、庭の草木の手入れをきちんとやらないので、途中で枯れたり折れたりするかもしれない。この手の草木は植えた年には花が咲いても、翌年にはダメみたいなことも、これまでにもあったりもした。

 とりあえず花が終わったらきちんと支柱を立てて、風などで折れないようにとかはしようかと思ったりもする。

 

 そうこうしているときに、去年の秋にかなり大幅に剪定というか、上方に伸びた枝をばっさり切った桜、今年は多分花はダメかなと思っていたのだが、部分部分でちょっと咲き始めた。

 

 

 

 

 本当に部分的というか、ほんの細やかな感じ。かつ葉が出てきてから申し訳程度に花も咲きましたみたいな感じであるが、これはこれで心を和ませる。

 猫の額のような狭小の庭であっても、四季折々に花が咲く。それを見ていると本当に幸福な気分になる。小さな小市民的幸福に浸る。年取った自分も、みたいな感慨もある。50年前の自分にはけっして想像できない。でもまあそういうものだ。

 さてと、今晩あたり一人で花を見つつ杯を傾けるか、などとちょっとばかり思ったりもする。これも何度か書いたが例の「勧酒」の気分だろうか。

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

勧酒  (井伏鱒二訳)