追憶の栃木県立美術館「ベル・エポック展」(8月10日)

 もう二週間以上前になってしまったけど、栃木県立美術館ベル・エポック―美しき時代 パリに集った芸術家たち ワイズマン&マイケル コレクションを中心に」について。

 

 本企画展は、19世紀末から第一次世界大戦にかけてのパリの文化を、そこに集った芸術家の作品、ポスターなどを中心に俯瞰するもの。ベル・エポック(美しき時代)はパリを中心とした華やかな時代である。

ベル・エポック - Wikipedia

 芸術思潮としては印象派からエコール・ド・パリなどが含まれるが、今回の企画展はワイズマン&マイケルコレクションを中心にしており、ベル・エポック期のポスターが中心となっている。

 またこの企画展は、山梨県立美術館、栃木県立美術館パナソニック留美術館と巡回する予定となっている。

山梨県立美術館(4/20-6/16)

ベル・エポック-美しき時代 | 展覧会・イベント | 山梨県立美術館 | YAMANASHI PREFECTURAL MUSEUM of ART

栃木県立美術館(7/13-9/8)

https://www.art.pref.tochigi.lg.jp/exhibition/t240713/index.html

パナソニック留美術館(10/5/-12/15)

ベル・エポック―美しき時代 | パナソニック汐留美術館 Panasonic Shiodome Museum of Art | Panasonic

 

 ワイズマン&マイケル コレクションは、アメリカの大手通信企業の創設者、デヴィッド・E・ワイズマン氏、弁護士・慈善家であるジャクリーヌ・E.マイケル夫妻のコレクションで、今回の出展ではロートレック、シェレ、スタンランらのポスターやシュザンヌ・ヴァラドンの絵画などが中心となっている。

 ポスターなどリトグラフ作品が中心ということで、気軽に考えていたが思いのほか充実した内容。ロートレック以外でもジュール・シェレ、ルイ・アイエ、アンリ・ソム、ルイ・アンクタンなど自分にはあまり馴染みのない作家の作品もあり、けっこう興味深かった。またパナソニック留美術館からはルオー作品も多数出品されていた。

 

《帽子を被った二人の少女》 ルノワール 1890年頃 パステル・紙 54.5×42.0cm

 ルノワールパステル画は自分的には吉野石膏所蔵の《シュザンヌ・アダン嬢の肖像》くらいしか知らない。色彩を重ね合わせつつも透明感のある色合いなどは油彩とほぼ同様な雰囲気をきちんと描き出している。こと色彩という点でいえばやはりルノワールは天才なんだろうなと思う。

 

《通りの情景》 ジョージ・ラクス 1900年頃 油彩・カンヴァス 19.5×20.0cm 

 ジョージ・ラクス、初めて知る名前。アメリカの画家で19世紀末にパリ、ロンドン、デュッセルドルフなどで絵画を学び、帰国後イラストレーター、漫画家として活躍。具象的な絵画グループである「アシュカン派」のメンバーとしても活動した。

ジョージ・ラクス - Wikipedia

George Luks - Wikipedia

 20代でヨーロッパに渡り絵画の勉強をしたこともあり、当時の絵画思潮に即した作品を多く手掛けている。この《通りの情景》も印象派的な雰囲気をもっている。とはいえ同時代のアメリ印象派のグループであるテン・アメリカン・ペインターズの画家との交流はないようだ。

 この絵は今回の企画展の中でも気に入った作品の一つ。女性の顔つきはどこかルノワール風、全体の色調はマネやロートレックを思わせる。そして全体的な雰囲気は以前プチ・パレ美術館展で観たスタンランの絵に似ているような。

 

《シャ・ノワール》 スタンラン 1896年 カラーリトグラフ・紙 60×36.5cm

 そのスタンランの有名な《シャ・ノワール》だ。人気のある作品で今でもよくポスターとして販売されている。スタンラン、ボナール、ロートレックはほぼ同時期にポスターを描いて活躍した画家でもある。今回の企画展のポスターにもなっているロートレックが一番有名だが、実はロートレックはボナールに刺激を受けてポスター・リトグラフを制作するようになったということらしい。

スタンラン~~静岡市美術館「スイス プチ・パレ展」補遺 - トムジィの日常雑記

 

 《ムーラン・ルージュ》 ジュール・シェレ 1889年 リトグラフ・紙 41.0×31.0cm

 そしてリトグラフ、ポスターの大家にして草分け的な存在がジュール・シェレ(1836-1932)。96歳と当時としても長命で、ロートレック(1864-1901)、ボナール(1867-1947)、スタンラン(1859-1923)らより20歳以上年長である。商業ポスターの分野で最初に売れっ子となった人でもあり、ボナール、ロートレック、スタンランらは、みなシェレのポスターの影響を受けている。

ジュール・シェレ - Wikipedia

 

《フルーツ鉢》 シュザンヌ・ヴァラドン 1917年 油彩・ボール紙 33.0×40.5

 シュヴァンヌ、ルノワールロートレックらのモデルをつとめ、その三人との関係も噂された女流画家。また一時期エリック・サティとも恋愛関係にあった。そしてユトリロの母であり、21歳の年下のユトリロの友人と結婚するなど、なかなかに破天荒な人生を送った人でもある。個人的にはこの人がモデルをつとめたルノワールの《都会のダンス》はかなり気に入っている。

 私生児として育ったユトリロは美しい母親に思慕しつつも、母親から寄宿舎に預けられるなどし、10代の早い時期からアルコール中毒になった。さらに友人と母親が夫婦になるということにショックを受けたともいわれる。ユトリロのアル中の原因にはこの母親の影響が大かもしれない。それでもヴァラドンが亡くなるとユトリロは教会にこもり祈祷の日々を送ったというから、ある種強烈なマザコンだったのかもしれない。

 ヴァラドンは様々な大家のモデルになり、身近にその技法を見ているが、画家としてはドガに師事しデッサンやエッチング、油彩の技法を学んでいる。作風はナビ派的な太い輪郭線や色面、強い色調は表現主義フォーヴィズムにも通じるものがあり、けっこう強い印象を観る者に与える。本作の静物画はどこかセザンヌ風な習作のようにも思える。今回のワイズマン&マイケルコレクションの目玉の一つでもある。

シュザンヌ・ヴァラドン - Wikipedia