遠山記念館 (5月5日)

 妻が子どもと三人でどこかへ行きたいという。かなり遠目のところをいくつかあげるのだが、自分も子どももあまり遠出をする気がない。子どもはせっかく家に帰っているのだから、のんびりしたいらしい。自分は、まあどうでもいい。ただ遠出してもゴールデンウィーク、どこも混んでいるだろう。

 ということで近場でどこかということでチョイスしたのが、川島にある遠山記念館。

 どこかの美術館で珍しく遠山記念館のチラシを目にしていて、ピカソやルーチョ・フォンタナの初公開があるというのを知っていたので、近場でちょうどいいかな思った。チラシはこんなやつだ。

 あの邸宅・庭園がメインの場所でピカソやフォンタナというと、ちょっとばかり違和感を覚えたりもした。もっともこのチラシにあるようにフォンタナはこのオブジェがインスタレーション的に展示してあるようだが。

 遠山記念館はある意味、家から一番近い美術館でもあるので、もう何度も足を運んでいる。とはいえ美術館のほうは入場するのに若干の階段があるし、邸宅の方は靴を脱いで中に入るなど、車椅子の妻にはややハードルが高いところでもある。邸宅の方は中に入れば館で車椅子を貸してくれるのだが、まずは入り口から中に入るのが大変。まあ今回は子どもと二人で介助できたのでなんとかなった。

 この記念館の邸宅・庭園は、もともと日興証券の創業者、遠山元一が、母親のために建てた邸宅だ。川島出身の立身出世者なのだが、現在の価値にすると120億もの巨額な資金を投入して建てたという。株は儲かった時代のようだ。

遠山記念館_Toyama Kinenkan (閲覧:2023年5月10日)

遠山記念館 - Wikipedia (閲覧:2023年5月10日)

遠山元一 - Wikipedia (閲覧:2023年5月10日)

 

 さてピカソはというと美術館の入って右側展示室の中央奥に展示してありました。

《女の頭部》 油彩・キャンバス 35.5✕27.4 1953年

 モデルはピカソの6番目の愛人、フランソワーズ・ジロー。ピカソが61歳のときに21歳の画学生だった彼女を見初めたという。二人の間にはクロードとマヤという二人の子どもがいる。かってはピカソのミューズとして、よく植物に喩えられたが、この絵が描かれた年、彼女は子どもを連れてピカソの元を去っている。自らの意思でピカソを捨てた女性としても有名。多分、そういう別れ話とかの諸々がこの絵にも反映されているかもしれない。

 ピカソと別れた後は、その関係を手記にして話題となったほか、アート関係の仕事に従事、二度の結婚もしている。たしか101歳で存命中だとか。

 この絵はキュビスム時代を思わせるが、1953年という時代を考えるともはや〇〇の時代といった作風ではなく、ピカソの画風あるいはピカソというジャンルとでもいっていい時期の作品のように思ったりもする。

 当初はなんとなく、川島、遠山記念館のピカソということで、なんとなく小品、リトグラフとかそっち系かと思ったのだが、思いの外いい作品でけっこう魅入ってしまった。

 

 そして邸宅の方。ルーチョ・フォンタナのオブジェは撮影可、SNS不可という注意書きがあった。なので作品はなし。フォンタナというとキャンバスに裂け目を入れるやつとかが有名だが、今回の作品は《空間・概念》というオブジェ。見た目はなんとなくでかい胡桃みたいな形状。

 

 邸宅内を見て回ると、いつもローアングルから写真を撮って小津風などと遊んでいるのだが、今回もそんな一枚を。遠目にちょっとフォンタナが入ってます。