トーハク~博物館に初詣 (1月12日)

東京国立博物館 - 展示・催し物 催し物 イベント 博物館に初もうで 

(閲覧:2023年1月16日)

 という訳でトーハクに行ってきました。もっとも博物館・美術館の初詣は1月第一週に日光や宇都宮方面で済ませてきているのだけど。まあ上野の博物館・美術館巡りのしょっぱなということで。

 トーハク、ウィークデイでもそこそこの人が。企画展はないけれど、常設展示だけでも見応えあるし、一応新春企画みたいなものもあるので。しかしウィークデイの常設展はやっぱりいいね、ゆっくりのんびりと鑑賞できるので。

博物館に初もうで~兎にも角にもうさぎ年

 毎年、豊富な収蔵品の中から干支に関連した作品がまとめて展示される。去年は寅で本館の特別展示室だったけど、今年は平成館企画展示室の方で展示が行われている。最初探しても判らなくて、インフォメーションで聞いてしまいました。

《染付水葵に兎図大皿》 伊万里焼 19世紀末

《兎水滴》 江戸時代 18・19世紀

 水滴は硯で墨を磨る際に使う水を入れる容器だとか。

《金茶糸素懸威波頭形兜》  江戸時代 17世紀

 ウサギ耳の兜。可愛いが武具としてはどうなのか。これがありなら、イヌ耳やネコ耳の武具など、アニメ好き、武具や刀好きの皆さんに意匠を凝らしてもらいたいような気もする。多分もう諸々描かれているに違いないと思うが。

《豆兎蒔絵螺鈿硯箱》 伝永田友治  江戸時代・19世紀

 蒔絵は漆器の表面に漆で絵や紋様を描き、漆が乾く前に金粉や銀粉を撒いて定着させるもので螺鈿は貝殻片を漆器に定着させる装飾技術、だったかな。この美しい装飾品の凄いところは兎が蓋の裏側に描かれているところか。

 

 兎は可愛らしい小物系が多く、去年の寅のように大掛かりな見映えはしないというところがあるかな。まあ「兎」の展示は軽く流した。

 

本館~常設展

松林図屏風
《松林図屏風》 長谷川等伯 16世紀末

 毎年、正月の時期に展示される国宝、戦後最初に購入された作品。等伯五十代の頃に、主に藁筆を用いて描かれた水墨画。もう何回か正月にトーハクに通うと、年明けは「等伯」みたいな気分になるだろうか。

《美音》

《美音》  島崎柳塢筆 明治40年(1907)

 島崎柳塢は初めて聞く名前。ウィキペディア等によれば松本楓湖に師事し、後に川端玉章の門下に加わるとある。この絵の雰囲気は鏑木清方らに通じるものがある。横でこの絵を観ていた妻が、どこが美しい音なのかというので、キャプションを見ながら説明する。これは琴を聴く会の様子を描いたもので、絵では描かれていないが琴の演奏が行われているのだと。

日蓮上人》

日蓮上人》 横山大観  明治43年(1910) 

 これは多分初めて観る作品。力強い大観らしい作品。アップにした日蓮には大観の気迫みたいなものを感じる。

 
項羽

項羽》 安田靫彦 大正5年(1916) 

 

 史記の『四面楚歌』を主題にしたもの。当方漢文の知識がまったくないのでうまく反応できない。史記司馬遷ではなく横山光輝でしょみたいなしょうもないギャグしきゃ思いつかないレベル。この場面は『四面楚歌』の以下の部分を題材にしている。

<原文>

力抜山兮気蓋世

時不利兮騅不逝

騅不逝兮可奈何

虞兮虞兮奈若何

 

<読み下し>

力は山を抜き気世を蓋ふ  ちからはやまをぬき きはよをおおう

時利あらず騅逝かず    とき りあらず すいゆかず

騅の逝かざる奈何すべき  すいのゆかざる いかんすべき

虞や虞や若を奈何せんと  ぐや ぐや なんじをいかんせんと

 

<訳>

我が力は山を引き抜き 気力は世の中に行き渡るほどだった

しかし時勢の利はわが軍にはなく、愛馬の騅(すい)も進もうとしない

騅が進もうとしないのを どうしたらいいのか (どうしようもない)

虞(妻)よ 虞(妻)よ 私はお前をどうしたらよいのか (なにもしてやれない)

 劉邦率いる漢軍に包囲された楚の王項羽がもはやこれまでという状況の中で、愛する妻と別れる場面。虞は項羽が死んだ後自殺し、その血の中から咲いたとされるのが虞美人草だとか。

 絵を鑑賞するのにも教養が、特に日本画を理解するには漢文、漢詩の素養がないといけないということだ。学生時代、もっと勉強しておけばよかったね。

《大観のヘタウマ》
東海道五十三次絵巻 巻1》から 横山大観 大正4年(1915)

 大観は自らも、風景描写に比して人物の描写が苦手みたいなことを本人は言っていなかっただろうか。なにかでそんな話を聞いたようなそうでないような。しかし人物どころでなく動物を描くのもどうか。この猫だか犬はヘタウマを越えているような気もしないでもない。ぶっちゃけ徳川家光といい勝負のような気も。この《東海道五十三次絵巻》は大観以外にも下村観山・今村紫紅小杉未醒が描いていて、それぞれの個性が現れている。

富岡鉄斎

《大江捕魚》 富岡鉄斎 大正5年(1916) 

《二神会舞》 富岡鉄斎 大正12年(1923)

 幕末から明治、大正にかけて画業を築いた文人画家富岡鉄斎の作品二点が展示されている。鉄斎は1836年生まれであり《大江捕魚》は80歳、《二神会舞》は87歳の時の作品である。彼は老境に入ってからの作品の方が評価が高く、自由奔放な筆致や色彩による作風を完成させた。

 富岡鉄斎は海外からも評価され、ブルーノ・タウトは「セザンヌを想起する」と語り、エコール・ド・パリの画家ジュール・パスキンは「近代日本画壇の持つ唯一の世界的な作家」と評したという*1

大安寺の仏像

本館11室では特別企画として「大安寺の仏像」展が開かれている。

東京国立博物館 - 展示・催し物 総合文化展一覧 日本美術(本館) 特別企画「大安寺の仏像」 (閲覧:2023年1月16日)

 大安寺は7世紀に舒明天皇によって発願され、それまでの寺院が有力な豪族によって発願されたのに対して初めて天皇によって発願された=国によって建てられた寺院。平城京の遷都とともに奈良に移り大安寺と呼ばれるようになったという。その大安寺に伝わる8世紀に制作された一木造りの仏像7体が今回展示される。自分は仏像への理解が知識とともに乏しいが、それでもこの仏像群の素晴らしさは実感される。

楊柳観音菩薩立像》 8世紀 像高168.2

聖観音菩薩立像》 8世紀 像高176.0

不空羂索観音菩薩立像》 8世紀 像高189.9

増長天立像》 8世紀 像高140.3

持国天立像》 8世紀 像高148.9

広目天立像》 8世紀 像高135.0

多聞天立像》 8世紀 像高142.0

 

*1:日本画の歴史近代篇』(草薙奈津子)中公新書 P22