群馬県立近代美術館

 昨年暮れから休館していて7月に再開したばかりの群馬県立近代美術館に行って来た。前回行ったのが去年の9月なので、ほぼ1年ぶりということになる。

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 この美術館は天井が高く、展示室もゆったりとしていて、多分好きな美術館の中でも五指に入るところ。たしか設計は磯崎新で、グッズショップでは磯崎新の一筆箋も売っている。

 

 今回の企画展は「うるわしき薔薇—ルドゥーテ『バラ図譜』を中心に」。

うるわしき薔薇—ルドゥーテ『バラ図譜』を中心に - 群馬県立近代美術館

 ピエール=ジョゼフ・ラドゥーテ(1759-1840)は、フランスのサン=チュベール(現ベルギー)に生まれ、パリで彫版法と多色刷りの技法を学び、植物画家として活動を始め、マリー・アントワネットの博物蒐集室付素描画家となった。革命後はナポレオン后妃ジョゼフィーヌの植物コレクションを描いた図譜が評価され、「花のラファエロ」と称されたという。今回の企画展ではラドゥーテの『バラ図譜』から約120点の植物図譜と、日本の植物図譜の画家二口善雄の原画、写真家石内都のバラの写真《Naked Rose》のシリーズなどで構成されている。

 植物図譜、ボタニカル・アートというと、いわゆる植物図鑑の挿画というイメージが強いか。個人的には木下杢太郎の『百花譜百選』などに見たことがあるので、美しい写生画という認識がある。

 ただし、こういう企画展、花好き、図鑑好きならいいが、そうでないと同じような図譜が展示してあると、なんとなくダレるというか飽きてくる。キレイはキレイなんだけど延々と下図のような図譜が続く。

 バラの種類もガリカ系統、ダマスク系統(アラビア由来)、アルバ系統などなど多種多様。さらに中国から来たインディカ系統(チャイナ種はインドを経由してきたため)などもある。それらはひとまめに古代から19世紀後半までの諸系統でオールドローズといい、それ以降に品種改良されたものをモダンローズというのだとか。

 展示リストと一緒に無料で配布している展覧会ガイドがよくまとまっていてためになる。ただしすぐに忘れてしまいそうな気もするけど。

 その中でバラの名前、学名についてはラテン語で表記されるのだとか。

例) ロサ・ガリカ・オフィキナリス

  Rosa(属名) Gallica(種小名」) officinalis(変種名)

  バラ     フランスの     薬剤師の

 という意味になるのだとか。ただしフランス語でRosier de Provins ordinaire、プロヴァンのふつうのバラというのが通称だとか。

 

  常設展示はではいつものモネ、ピサロルノワールムンク、ルドン、ピカソなどの秀作が展示してある他、日本の画家のものでも安井曾太郎岸田劉生中川一政佐伯祐三らのいつもの作品と会うことができる。さらに特別展示として、オノサトトシノブの作品、ムンクの版画、さらに日本画院展所縁の名品が多数展示してあった。

 しかしこの常設展示はゆったりとしていて、天井も高く本当に居心地の良い展示空間となっている。いつも行くのは午後で2時間程度しかいられないのだけど、この美術館には一日いても飽きがこないように思う。

 

 気になった作品をいくつか。

「花子誕生」 山口薫 1951年

 群馬県榛名山麓出身のご当地画家の一人。生まれたばかりの仔牛への温かい眼差しが、具象でもなく抽象でもない独特なスタイルで描かれている。

 

「仔山羊のくる部屋」 南条一夫 1969年

 南条一夫も前橋出身のやはりご当地画家。岡三郎助の主宰する画塾に岡鹿之助らと共に学び、岡とは共にフランスに遊学したという。夜半に仔山羊が訪れてきたというメルヘンチックな画題だが、なんとなくほっこりとした気持ちにさせる作品。

 

「花と廃墟」 岡鹿之助 1966年

 岡鹿之助というと静謐な点描画の画家のイメージがある。この作品も後景には点描表現が使われているが、岡鹿之助のもう一つの特徴でもあるカラフルな花の描写が近像型構図として描かれている。廃墟と鮮やかな花は、枯れるものと美しきものという無常観とか死と生のイメージとかいわれるようだけど、そんな印象は自分にはないかも。静謐な点描による後景と大きな前景の花の対比の面白さ、そういう意趣の作品だけのように思う。

 

「なま玉子」 上田薫 1975年

 日本のスーパーリアリズムの第一人者らしい。質感というか、スーパースローモーションによる静止画(適切な表現かどうかしらん)というか、確かに一目を惹くものがある。ただしだからどうなのって思う部分もある。もっとも芸術作品はたいていの場合、常に「だからどうなの」という無関心に晒されているのだろうけど。

 上田薫は1928年生で現在90歳を超えて活躍中だとか。多分この人の作品は70年代あたりでも観ているような気もする。いわゆるスーパーリアリズム的なイラストや作品って、日本では多分70年代あたりから流行りだしたような気がする。パルコとか西武系の広告などでも見かけたような気がする。名前がすっと出てこないが女流のイラストレーターとかいたような気がする。

 

セザンヌ りんごとオレンジ」 福田美蘭

 福田美蘭のパロディ画である。画学生の描いたセザンヌ画を美術教師が講評したらという。「総評:視点がバラバラです」、評価B+が楽しい。

 

「ファルス・ボート」 草間彌生

 この画像は拾ったものだが、小舟のすべてにピンクの突起物があしらってある。突起物は当然草間なのでペニスである。草間彌生の男性恐怖症の象徴表現がこれである。たしかMOMATにも壁画的オブジェで黒い突起物が一面に表出しているものがあったけれど、あれと同種の作品なのだろう。

 対象をモティーフで埋め尽くそうとする装飾の原初的衝動を空間恐怖というらしいが、草間彌生のこの突起物の集合オブジェはまさにそれなのだろう。

 この作品を観ていたときに、小学生の女の子と母親がやってきた。女の子はなにか楽し気にこの作品を観ていたのだけど、なんとも微妙な気分になる。別に邪な気持ちではなく、草間の男性恐怖の衝動が公共的な空間で意味性が無化されたアート=作品となることへのギャップというか、そういう微妙さである。

 作者の意図は公共空間において、軽く乗り越えられて別の意味性が鑑賞者それぞれによって付加されていく。有り体にいえば、芸術作品なんてそんなものなんだろう。