府中市美術館「ただいま やさしき明治」

 5月21日から始まったばかりの府中市微絨t館「ただいま やさしき明治」展に行って来た。

孤高の高野光正コレクションが語る ただいま やさしき明治 東京都府中市ホームページ

 この企画展は昨年9月に京都国立近代美術館で開催された「発見された日本の風景」展の連携展である。

発見された日本の風景 美しかりし明治への旅|京都国立近代美術館 | The National Museum of Modern Art, Kyoto

 明治の初期、来日した外国人の画家や写真家によって描かれた江戸から明治へと移行する時期の日本各地の風景や庶民の暮らし。さらにそうした外国人に倣った初期の日本の洋画家たちによって同じ明治の風景。それらは主に来日した外国人の土産用として描かれたものだった。

 それらの絵は来日外国人たちの帰国とともに持ち帰られ、日本国内にはほとんど残っていなかったという。海外に散逸したそうした作品を一人のコレクターによって蒐集され、欧米から里帰りすることになった。それが高野光正コレクションとして発表され、京都国立近代美術館での「発見された日本の風景 美しかりし明治の度」へと繋がった。

 京都で行われたこの企画展は単館だけのものだったが、今回府中市美術館ではこの高野光正コレクションに自館で所蔵している作品19点を加えて連携展として行われることになった。

 江戸から明治へと移り変わる風景、風俗、ほんの100数十年前の日本の姿は、一部の写真や様式化された浮世絵版画などによって見ることができるだけだ。今回の企画展で展示される作品によって、よりリアルな写実的描写、それも着色された水彩画や油彩によって忍ぶことができる。前期、後期を含め展示される作品点数は300点余りという大規模な企画展で、何度か足を運ぶ価値あるものだ、

海外でみつけた一枚の絵には、百年前の古き良き日本が描かれていた。

誰に聞いても知らなかった明治期に憧れの日本に来日した画家たちの生を。

彼らが日本に憧れ、日本を描きとった絵のあることを。

何を見てもわからなかった。

日本人画家が日本をどう世界に示したのかを。

今は失われた穏やかな日本はどう美しかったのかを。

写真だけではわからない。

歴史資料では伝わらない。

絵だけが教えるほんとう明治。

「海外に眠る日本を描いた作品を一点でも多く里帰りさせたい。」

コレクターの願いと情熱と努力は、もうひとつの明治を地球の反対側から引き寄せた。

おかえり、ほんとうの明治。

ただいま、穏やかなるやさしさとほほえみたち。

「ただいま やさしき明治」チラシより

 今回展示される作品は府中市美術館所蔵の19点を除くすべてが高野光正氏のコレクションによる。氏は1939年生まれの名古屋市の実業家。同志社大学卒業後に留学のため渡米、その際にニューヨークの画廊を巡るようになる。後年、再度の渡米の機会にクリスティーズ鹿子木孟郎の「上野不忍池」を落札。以来、明治期に欧米に流出した明治期の風景画、風俗画を蒐集。その数は700点にのぼるとされる。

 去年の京都国立近代美術館での企画展は、対面にある京都市京セラ美術館で開かれていた上村松園の大規模な回顧展の後に行ったのだが、入館したのは4時少し前で滞在時間は正味1時間。そのなかで常設展とこの企画展を観たので、ほとんど駆け足のものだった。そのときに出来ればもう一度この古き良き明治の絵を観たいと思ってたので、この企画展の開催予定のポスターを見たときには、心躍るような気分だった。そういう意味では待ちに待った企画展でもある。

 また京都で観て興味を覚えた画家、笠木次郎吉の作品を再び観ることができるのも楽しみなことだった。

「牡蠣を採る少女」(笠木次郎吉) 水彩・紙

「農家の少女たち」(笠木次郎吉) 水彩・紙

「提灯屋の店先」(笠木次郎吉) 水彩・紙

 油彩のような濃密な色遣いだが水彩画である。情緒性と写実性が見事に活写されている。いくぶんか観光絵葉書によくあるような写真に彩色したような雰囲気もある。多分、こういう絵が来日した外国人に好まれたのだろうか。

 これらの絵の女性は明らかに同一の女性モデルのようにも思える。おそらく笠木は屋外で写生したスケッチを元にアトリエ(?)でこうした作品を描いたのではないかと思う。当時、専門のモデルなどはいなかったので、このやや洋風な趣のある女性は笠木の家族、おそらく妻ではないかと想像している。

 こうした田園風景を現地に取材したうえでアトリエで再構成して描くのは、フランス自然主義の画家ジュール・ブルトンがとっていた方法だったと記憶しているが、田舎や海外のエキゾチックな風物を描く場合にはよく使われていたやり方なのだと思う。

 前にも少し触れたことがあるが、笠木次郎吉のお孫さんが横須賀で画廊をされている。そのHPには「WHO IS J.KASAGI」というサイトが設けられていて、笠木次郎吉のことが紹介されている。笠木画廊では笠木次郎吉の作品や情報を集めているようで、新たな発見や、海外でコレクションされている作品のことなども触れられている。

笠木治郎吉 明治時代の伝説的画家 - かさぎ画廊 Gallery Kasagi

 また笠木次郎吉の伝記が今年になって上梓されているという。

 著者細井聖氏の笠木次郎吉の縁戚関係にあるという。かまくら春秋社は鎌倉でミニコミ誌や地元に密着した出版を行っているところだ。笠木画廊が横須賀と鎌倉にギャラリーを開いているということで出版となったのかもしれない。ちょっと興味あるので、そのうちポチるかもしれない。

 

 その他、笠木次郎吉以外で興味ある作品をいくつか。

「上野不忍池」(鹿子木孟郎) 水彩・紙

これが高野光正氏が最初に落札・購入した作品。

「洛東の陶器販売所」(満谷国四郎) 水彩・紙

「田植え」(河久保正名) 水彩・紙

鎌倉大仏」(エーリヒ・キブス) 油彩・画布

「豊穣への道」(本多錦吉郎) 油彩・画布

 ちょっとミレーのような趣がある田園風景だ。

「墨田川の花見」(渡辺豊洲) 水彩・紙

 鏑木清方のエッセイなどでよく出てくる墨田の桜。実際にはこういう風景だったのか。多くの人々で賑わう様が遠景で描かれている。

「用賀村」(丸山晩霞) 水彩・紙 

 用賀は世田谷区の用賀、東名の入り口のあるあの用賀である。あの一帯が明治初期はこんなのどかな風景だったとは。

「見物する人々」(チャールズ・ワーグマン) 水彩・紙

江ノ島」(ロバート・チャールズ・ゴフ) 水彩・紙