スタンラン~~静岡市美術館「スイス プチ・パレ展」補遺

「猫と一緒の母と子」(スタンラン) 1885年

 テオフィル=アレクサンドル・スタンラン(1859-1923)、この画家も初めて観る人。なんとなくイラストっぽいなと思った。今回の展覧会では3点出品されている。

「2人のパリジェンヌ」(スタンラン) 1902年

「純愛」(スタンラン) 1909年

 イラスト、ポスター、映画の一シーンのような感じである。どことなくロートレックを想起させる。図録の略歴をみるとまさしく、デザイナー、挿絵画家として活躍した人であり、キャバレーで装飾の仕事をしている。ロートレックとも交流があったようなので、彼の影響が大きいのだろう。とはいえ、よく見てみるとスタンランは1859年生、ロートレック1864年生で、スタンランは5歳年長となる。ちなみに1859年生だとスーラが同い年になる。以下、図録の略歴を引用。

ローザンヌに生まれ、神学の道に進んだが、絵を職業とすることを決心した。初めは地元で工業デザインを手がけていたが、1881年にパリに出る。1883年にモンマルトルに住み、織物工房でデザイナーとして働いた。有名なキャバレー、ル・シャノワールに出入りし、ボヘミアンの有名人アドルフ・ウイレットとロートレックと知り合う。ル・シャノワールの支配人ロドルフ・サリから店の装飾を依頼された。当時の人気挿絵画家のひとりになり、政治色の強い雑誌『ジル・プラス』や『ラシエット・オ・プール』などで活躍した。

『図録』P110

 多分、画家としてよりも挿絵画家、ポスターなどのイラストレーターという位置づけになる人なのかもしれない。当時的には、画家とイラスト作家の区別などほとんどなかっただろうし、複製技術による大量生産が始まった時代にあっては、画家より挿絵画家、イラスト作家のほうがはるかに稼げたのかもしれない。アカデミズムが異なる位相で新しい流派や技法が生まれる時代だったから、画家の地位や稼ぎがどうだったのか判らない。ただし、現代的には多分、画家とイラスト作家では明らかに評価に大きな差がある。なので、スタンランの評価もかなり低いのではないかと思う。

 スタンランというとル・シャノワールのポスター、特に黒猫をメインにしたものが有名なようで、今でもポスターとしてけっこう販売されているようだ。いわれてみると目にしたことがあるような、ないような。

 20世紀初頭のポスター系だと、ほとんどロートレックだけが評価されているような印象がある。ボナールも同じようなポスターを描いていたので、すわロートレックの影響かと思ったのだが、ポスターを始めたのはボナールのほうが先で、人気のあるポスターを描いていたボナールを参考にしてロートレックムーラン・ルージュのポスターを始めたみたいなこと、確かボナールの回顧展で読んだような記憶がある。

 年齢的にはスタンラン、ロートレック、ボナールという順になるけど、おそらくほぼ同時期にこういう商業的なポスターを描いていたのではないかと、そんな風に思う。

 それはそれとして、今回出品されたスタンランの絵、家族を描いたものは親密派的だし、構図はどことなく浮世絵的。そういう意味ではナビ派的な感じもする。そしてパリの夜の風景を描いた二枚はちょっとシビれるような感覚を抱ヵせる。映画のワンカットのようでもあり、ベル・エポック時代のパリの風景(風俗)を見事に切り取っている。

 ただの風俗画といってしまえばそれまでだが、どこか心に残る。自分はスタンランの作品、特に「2人のパリジェンヌ」がかなり気に入っている。