日録~初めての年金支給、川越市役所など

 今日は偶数月の15日であり年金支給日である。10日だか11日に年金事務所から年金支給についての通知が来ていたので、一応ホッとはしていた。とはいえ65歳までは報酬比例分だけなので額は少ない。来年の6月まではじっと我慢かもしれない。

 朝一番でスマホから銀行アプリで支給されているのを確認。本当に年金で暮らす老人になったんだなということが実感される。そのうち自分も偶数月の15日になるとATMに並ぶ高齢者の一人になるんだろうなと思ったりもする。しかし40年働き続けて、年金の支給額をみるとなんともやり切れない思いになる。まあ出るだけいいだろうと言われるかもしれないのだけれど。

 午前中は書類を整理して過ごす。午後は川越市役所に行く。兄の死亡届は8日に葬儀屋が提出しているのだけど、金曜だか昨日だか早々に市役所より手続きについての案内という通知がきている。国民健康保険被保険者証、介護保険被保険者証などの返却が必要なんだとか。さらに身障者手帳の返却の他、固定資産を持っている人や農地・山林の相続等で取得した人はまた別の手続きが必要だと。

 兄の場合特にそういうのはないので、保険証等の返却のみである。あとこれは知らなかったのだが、国保加入者には葬祭費が支給されるのだとか。支給申請書も同封してあったので必要事項を記入、葬祭を行ったことがわかるものとして会葬礼状などを持参するようにとのこと。今回の葬儀は本当にこじんまりとした家族葬だったので、そういう礼状もない。窓口で葬儀屋の領収書を見せるとそれでOKとのことだった。

 諸々の手続きを終了してから兄宅へ。前日に引き続いて遺品の整理なんだが、兄は家電製品等の空き箱を全部そのままとっている人で、押し入れや天袋、使っていない部屋に山積みしている。箱のサイズはまちまちなので捨てるもの、たとえば衣類だのDVDだのを詰め込むのも難しい。なので全部潰して紐かけすることにした。さらに一部屋が物置状態になっていたので、そこの整理もする。

 兄は体も弱っていたので5階から大きな荷物を粗大ゴミ等で出すのは難しかったのかもしれない。しかし壊れた家電とかもほとんどそのままになっている。炊飯器、テレビ、プリンター2台、扇風機、電気ストーブなどなど。それらを一か所にまとめて空いた部分にダンボールを積み上げる。気がつくと時間は7時近くになっていた。

 その後、ダンボールの中に入っていた発泡スチロールを潰してゴミ袋につめる。これは2袋くらいに収まったのでこれは持ち帰ることにした。自分の家の方では翌日プラゴミ収集だったから。

 さらに兄の持っている音楽CDを整理した。枚数的にはだいたい100枚くらいあっただろうか、その中から15枚くらいちょっと興味をひくものをチョイスして持ち帰ることにした。残したものの中には自分も持っているものなどもある。まあジャズに関していえば、元々兄の影響で聴き始めたこともあり、割と好きなアーティストや傾向は似ているのかもしれない。これも当然といえば当然の話。

 発砲スチロールの入ったゴミ袋とCDを入れた紙袋をもって部屋を後にしたのは、もう7時をだいぶ回った頃だった。