公的マネーが大株主 8割

 冒頭部分を引用する。

年金資産を運用する国の独立行政法人日本銀行が、東証1部企業の8割にあたる約1830社で事実上の大株主となっていることが朝日新聞などの調べでわかった。4年前の調査時から倍増した。巨額の公的マネーは実体経済と乖離(かいり)した株高を招き、「官製相場」の側面が強まっている。「安定株主」として存在することで企業の経営改善に対する努力を弱める恐れがある。

主要企業公的マネーの持株比率  
企業名  持株比率
ファーストリテイリング   22.1%
ソフトバンクグループ   15.3%
三菱UFJファイナンシャル・グループ   14.1%
ANAホールディングス    13.5%
トヨタ自動車   10.4%
日産自動車     8.6%

 朝日の朝刊一面の記事である。本来であれば衝撃的な記事のはずなのに、テレビを含め他のマスコミは完全にスルーしている。

 この公的マネーの株式市場への投入は、主にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による年金資産運用から始まった。これは2001年から始まったもので、海外でもある。しかしその額は各国に比べて桁違いであり、2019年末の運用資産は169兆円にのぼる。この金額は世界でも最大規模の機関投資家とされている。

 これに対して日銀による株の購入は多くの銘柄を組み合わせた金融商品「上場投資信託ETF)」によるもので2013年の黒田東彦日銀総裁就任以降大きく拡大したとされている。

 GPIFによる株式購入は年金資産運用だが、日銀のETF買い入れは金融政策の一環であり、海外でもほとんど例をみないとされている。

 こうした公的資金の株式市場への投入により、実体経済と乖離した株高が起きている。実際、企業の業績が悪化しても、経済全体が不況に陥っても株価を公的資金が支えているのだから株価暴落は起きないし、企業経営者も経営責任を問われることもなく、株主も保有株は長期的には絶対に下がらない安定資産となってしまっている。

 GPIFと日銀の両方の保有する株が2割を超す上場主要企業のリストも記事の2面に載っているが、これをみるとこの官製相場の異常さが際立っているようにも思う。

 

日銀とGPIFが株を間接保有する上位企業  
アドバンテスト   29.0%
TDK      26.6%
日東電工     25.1%
東京エレクトロン     24.9%
太陽誘電     24.9%
東邦亜鉛     24.5%
コムシスホールディングス     23.3%
クレディセゾン     23.2%
トレンドマイクロ     23.1%
太平洋金属     22.9%

 

  記事には、「日銀もGPIFも運用会社や信託銀行に議決権行使を委ね」ており、「個別企業の経営に直接口出ししない」とされている。しかしこれは運用上そうしているだけであり、法律的に特に禁止されていることではない。もしGPIFであれば厚労省があるいは日銀が、もしくは政府中枢が方針を変えれば、企業経営に直接口を出せるのである。それにしても議決権の1/4を持っている大株主なのである。

 通常であればこれだけの大口株主があれば、企業は独自の企業経営などできるわけがない。記事には直接言及がないが、これは実質的に国家による市場への介入であり、企業経営の掌握でもある。70年代頃には社会主義経済においてよく使われた言葉である国家社会主義、企業の国有化が現出してしまったのではないかということだ。

 さらにいえば株式保有の5%ルールという例もあるとおりで、大量に株を保有した主要株主が一気に売りに出せば当然株価は下がり、株式全体にも影響を与える。ここまで増えてしまったGPIFと日銀の保有株がもし売却されれば、日本の市場経済だけでなく世界恐慌にすら発展しかねない。記事の中でもニッセイ基礎研の井出慎吾氏のコメントが紹介されている。

「世界の中央銀行で株価を買い支えているのは日銀だけだ。金融緩和政策を転換し、ETFを売り始めれば株価の大幅な下落を招きかねない 」

  「招きかねない」、いや株価大暴落は必須なのだと思う。安倍元総理はアベノミクスの成果で経済は好況を示したとし、その結果として民主党政権時代に比べて株価が倍増したとアッピールしていた。しかしその実態は自らの政権による恣意的な政策により、官製相場を作り上げ、絶対に株価が下がらないようにしてきただけだ。

 さらにいえば、もしこの金融政策を転換した時には必然的に株価が暴落し、場合によっては恐慌となる。そんな時限爆弾が極東の国の株式市場には備わってしまったのである。もはやこの政策を転換するには劇薬しかなく、あるいはこのまま株式市場に公的マネーを注ぎ続けなければならない。

 今でも実はこうして公的マネーにより株価つり上げの最大の恩恵を預かっているのは多分海外の機関投資家たちのはずだ。彼らからすれば日本の株式市場への資金投入は、絶対に下がらない安定投資先のようなものなのではないか。

 しかし、もともと資本主義経済にあっては、企業の業績によって投資家はその企業に投資する、株を購入する。当然、業績が下がれば株は売られ、企業の資産価値も減じるし、場合によっては破綻する。そういうリスキーな部分を含めて資本主義は成立していたのだ。そのリスクを国が公的資金を使って安易に回避させては市場の公正さあり得ない。株式市場に資金を大きく投入できる富裕層には安定した投資先となる。資産は減ることはなく、企業の業績によっては安定的な配当収入も得られる。

 もし政権が代わり政策が変わった場合どうなるのか。まず現在の自民党政権の一強体制が少しでも揺るぐことがあれば、それだけで株価はかなり減じることになる。政権はそれを脅し文句として選挙に活用できる。

 「有権者の皆さん、もしも野党が勢力を増せば株価が大きく下がるんです。政権交代になれば大暴落しますよ。いいんですか?」

  自分たちが撒いた種による結果を、失政の要因を作った与党は、それを野党に押しつけ、国民に押しつける。今の与党は多分それを平気でやろうとするだろうし、恩恵を受けている富裕層や利権のおこぼれに預かっている連中も一大キャンペーンをはるように思う。彼らもまた所与の現実としての官製相場から逃れることはできないのだ。

 現実主義という名の所与の現実への追随。現実を多面的に考える想像力が欠如したまま現世利益を追求し続けるところからは、新しい未来は生まれないような気がする。そして公的マネー投入による実質的な国家社会主義の形成とその果てには、多分世界規模でのとんでもない地獄が待っているように思う。その現実の先に新たなる階級闘争が生まれるかもしれない。しかしそうした冒険主義の先のユートピアなど多分誰も見ることはないし、あるのはディストピアじゃないかと、そんな気がする。

 何度もいうが株式市場に上場する企業の8割の大株主がGPIFと日銀という現実はあまりにも異常な状態である。