ディエゴ・リベラの時代を観に行く

 埼玉県立近代美術館でやっている「ディエゴ・リベラの時代」展を観に行ってきた。


 ディエゴ・リベラはメキシコを代表する画家である。近現代のメキシコ、中米の芸術運動の騎手であり、確かな画力のもと初期の写実からキュビスムや抽象画の技法などを様々に取り入れながら、じょじょにメキシコの土着性をキャンバスに反映させていった。さらに公共空間に絵画を描く壁画運動にも中心的な役割を担っていた。さらにいえば同じ画家である夫人フリーダ・カーロと愛憎が交差する結婚生活を送ったことでも知られている。
 ディエゴ・リベラは10代の後半からヨーロッパに留学して絵画を学んだこともあり、様々な技法を試み、研究を重ねたようだ。展示される作品も初期の習作では写実主義のバルビゾン風味のある風景画から印象派風のものへと移行する。モネの「ルーアン大聖堂」を思わせる絵をものにしたと思えば、さらには新印象派の点描にもチャレンジし、あたかもピサロを模写したような風景画も描いている。
 さらにはキュビスムを積極的に取り入れ、抽象画を描き、そこから原点、自らの出自でもあるメキシコの土着性を取り入れ、ピカソ新古典主義風もいれて独自のスタイルを確立した。
 個人的な印象ではどことなくピカソを意識し続けていたのではないかと想像する。もっとも20世紀の芸術家はみなどこかでピカソの作品に影響を受け、その動向を意識していたのではないかと思う部分もある。
 その他では、名前を忘れたがある画家は、弁護士でもあり反体制運動をしていたため弾圧され、パリに亡命した。そしてフランスでカミーユピサロの知己を得たという解説もあった。そういうばピサロやマクシミリアン・リュスはアナキストとしても有名だったという。過激な反権力闘争に参加していたというよりは、自由人としての志向性だったのだとは思うが、芸術家が無政府主義社会主義運動と親和性があるというのはなんとなく納得できる。
 反体制運動や抵抗思想を切り口にして絵画史を論じるのも面白いのではないかと夢想する。いわゆるプロレタリアート芸術運動とは異なる側面からの切り口みたいなものもあるのではないかと、そんなことを思ってみた。