ベルナール・ビュフェ美術館

 ビュフェはある意味自分等の世代からするとピカソと同等くらいに著名な画家だ。大袈裟かもしれないが、70年代にあってはそのくらいの知名度があったかもしれない。現代芸術を代表する同時代的なスター画家という意味である。実存主義や不条理を具現化したというその暗い色調と黒い描線を多様化したスタイルは確かに不安な心理と生の不在を表しているような気もする。
 70年代のサブカルチャーで人格形成された子どもの一人である自分にとってもビュフェの絵柄は割合親和性があるというか、ある部分見慣れた絵画であったような気がする。例えば高校時代に愛読していたサブカル雑誌「話の特集」の中で、イラストレータ和田誠が連載を持ち、様々なパロディ作品を毎回手を変え品を変え出してくるのが楽しみだった。
 その中に特集ギャラリーというのがあって、マンガのキャラクターを現代芸術の巨匠風に描いた作品がのっていたことがある。ピカソ風の「チビ太」、ダリによる「イヤミ」、クレーの「ハタ坊」などなど。そこで和田誠鉄人28号をビュフェ風に描いた。当時の表記はビュッフェだったと思うが。それはビュフェの特徴をよく捉えていたと思うし、自分は多分、ビュフェのタッチ、作風をこの和田誠のパロディで認識したような気がする。

 そういうこともあって箱根から車で行ける美術館を探していて目についたのが、このベルナール・ビュフェ美術館だった。ビュフェだけの美術館が静岡にあるというのがなんとなく不思議な気もした。
ベルナール・ビュフェ美術館 | Bernard Buffet Museum
 スルガ銀行の頭取を勤めた岡野喜一郎が20代戦争から復員したばかりの頃に、上野の美術館でビュフェの絵に触れて衝撃を受けたことから始まるという。ビジネスで成功をおさめた岡野は世界的にも有名なビュフェのコレクターとなり、最後にはそのコレクションを展示する美術館を建設し、その開設にあたっては画家本人をも招待したという。
 今、我々が日本にいてビュフェの素晴らしい作品に触れることができるのも岡野喜一郎のおかげである。この国にはこうした芸術を愛する篤志家がいてそのお陰で東アジアの辺境にいながらにして、西洋絵画の素晴らしい作品に触れることができるのである。
 ポーラ美術館の鈴木常司、ブリジストン美術館石橋正二郎大原美術館の大原孫三郎などなど。さらに国立西洋美術館の基礎となった松方コレクションの松方幸次郎もそうだ。彼らは蓄財をおしみなく芸術作品のコレクションにいそしみ、それを投資としてではなく芸術作品の収集という純なる精神で行った。さらに死後その散逸を防ぎ、一般大衆への啓蒙の意味をもふまえて美術館を作り開放した。そこには単なる金儲けに奔放するのではない、資本家としての崇高な精神を感じる。資本主義にはこうした篤志的な資本家が必要だったのではないかと思う。19世紀的な意味あいではあるけれども。
 話は脱線だな。ビュフェの美術館の落ち着いた雰囲気と広さはその作品に親しむには十分過ぎる。その絵の感想については、また別の機会に書きたいとも思う。
 彼の絵には総じて生への意欲とかそれを賛美するようなものはなく、そこから生じる不安とかそういうものが主題になっているような気がする。今回、一番気に入ったアメリカ旅行時の大都市ニューヨークをモチーフにした作品、そこにも都会で生活する人間はまったく不在なまま、無機質な高層ビル群が彼の描線によって美しく描かれている。内向的で極度な人間不信、ベルナール・ビュフェはそうした部分を抱えて生涯を送った画家だったのかなと思ったりもする。