プーシキン美術館展

http://pushkin2013.com/intro/
連日、新聞広告等で宣伝されていることもあり、気になっていたので行ってみた。横浜は生まれ故郷で40年くらいずっと住んでいたのだが、すでに二親亡くして身となっては、なかなか訪れることもない。電車でもせいぜい2時間足らずなのに、なかなか足を向けることがない。
埼玉の辺境に移って20年近くになる。家も買い、生活の基盤の総てがこっちにあるというのに、いまだ本籍を移すこともなくいる。いつかまた戻りたいという幽かな思いもないではない。でも戻りたいそこは、たぶん現実の横浜ではなく、きっと記憶の中にだけ存在するハマなんだろうと思うこともある。まあそういうもんだ。
まあそういう繰言の類はどうでもいい。プーシキン美術館展である。自分の若い頃、青臭い言い方をすれば青春のけっこうな部分を過ごした野毛とは逆方向に広がる例のみなとみらい地区にある横浜美術館での開催。この美術館は初めて訪れる。だいたい、「みなとみらい」というひらがなの地名がふざけている。このへんは、そうだな大昔は操車場があってさあ、とかしょせん埋立地とか高島の辺だろうとか、なんとなくそういうことをブツブツ言いながら歩く。
案内板を見ながら、ランドマークを通り過ぎて一路美術館へ。このへんはたぶん横浜にあって、最も土地勘が働かないところかもしれない。昔の風景の面影なんていうものがないのだから。
プーシキン美術館は世界屈指のフランス絵画のコレクションで知られている。歴代の皇帝、貴族、財を成したビジネスマンたちによる数百年にわたる蒐集活動、それはロシアというヨーロッパの辺境からの先進国フランスへの強い憧れ、そういうモチベーションの結果なのかもしれない。ロシア=ソ連国民感情には、フランスやイギリスへの抜きがたいコンプレックスが背景にあってみたいな文化論はけっこう語られることが多いのだろうなと思ったりもする。まあそういうことだ。
さてと気に入った絵画を幾つか。
「ジャンヌ・サマリーの肖像」

この展覧会のアイコンとでもいうべき作品である。この絵を全面展開した広告宣伝が大々的に行われているので、目にする機会が多いだろう。
でもって実作はというと、やっぱり素晴らしいとは思った。観ているとどんどん惹きつけられる。「ルノワール印象主義肖像画の最高傑作」とか「最も美しい」と評される作品なのだが、それもうなずける。バラ色の背景の中で、当時コメディ=フランセーズのたぶんその他大勢的な脇役女優だったであろうジャンヌ・サマリーの肖像画。けっして美人じゃない、どちらかといえば垢抜けないタイプの容貌だが、いかにもルノワールの好みそうなタイプでもある。
ルノワールは若い頃はなんとなくその俗っぽさみたいな部分で敬遠してきた画家なのだが、50を超えた頃からか、なんか普通にいいなと思ってきている。肖像画もいいし、風景画もいい。特に風景画の構図の意匠とか色使いとかは普通に美的印象を感じる。モネにけっこう影響を受けているようにも思うのだが、ある時期、ルノワールとモネはそれこそ肩を並べて修作に励んだ時期もあるようで、互いに影響を請合っている節もあるようだ。
「セーヌの水浴」

この絵なんかも、例えば人物たちを十分の一くらいに削って風景に溶け込ませちゃえば、まんまモネみたいな感じである。緑の色使い、構図、ワンポイント的な白の鮮やかさ、素晴らしい絵だと思う。
ゴーギャンは寡作で有名だし、その中でも代表作の一つとされる作品なので、ひょっとすると作品の美術史的価値としては、かなり高みにあるのかもし
れない。個人的にはあまり好きになれないタイプの絵。だいたいにおいてゴーギャンは自分のストライクゾーンからかなり外れている。あえてここにあげるのは、西原理恵子がよく福本伸行とかを首寝違え絵と評するのだが、元祖首寝違えは実はゴーギャンじゃないかと個人的に思っているため。
どうよ、この見事な首寝違え。
「エイアハ・オヒバ(働くなかれ)」

コローはロココからロマン主義へという時代の流れ、ミレーは自然主義みたいな風に語られるらしいのだが、そういう薀蓄は別にして、この2作には色調の暗さ、自然の中で生きることの厳しさ、しんどさみたいなものが伝わってくる。いい作品だと思う。
コロー「突風」

ミレー「薪を集める女たち」

そして俗っぽい、ポスターみたいな作品と軽く流してしまえばそれまでかもしれないのだが、なんとなくしみじみとした旅情、詩情みたいなものをきっちり描ききっていて、どことなく心動かす作品。構図もなんか美術の教科書にお手本として出てきそうな感じである。でもちょっと好きな作品。
フロマンタン「ナイルの渡し船を待ちながら」

そしてもう一つ心動かされた絵がこれ。
ルイジ・ロワール「夜明けのパリ」

ロワール、初めて聞く名前である。まったく予備知識なしである。もともとイラストレーターであり、パリの風景画をいくつもモノにした画家だとか。時代的には1845年-1916年、31歳の生涯ということになるので、けっこう早世な人だったんだなと思う。イラストレーターとしてそこそこ売れていたということでいえば、なんていうか俗っぽい、ちょっとポスターっぽいみたいな印象もある。でもこの色調とかそういうのには、ちょっと心が動くね。
19世紀後半から20世紀初頭のパリの雰囲気、人々の生活の断片みたいなものが見事に描かれている。もっとこの人の作品がみたいなと思うと、ネットは大変便利。こういう良質なブログが存在する。有難いことである。
ルイジ・ロワールのパリ : ’17年11月まで
最近は展覧会に行くとけっこうな頻度で図録を購入してくる。だいたい3000円見当で、それこそ昔はまったく手が出せなかった。でも考えようによってはこの手の図録は一般書店とかでは購入できないある種の非流通品である。ここでしか入手できない貴重品でもあり、展示作品の解説や図録は資料的にも価値が高い。世界美術全集のような美術本に比べればはるかに安価である。
でも本当若い頃はこういうの欲しくても買えなかったのよね。それを思うと人生の第4コーナー過ぎた今日この頃、幾分かは余裕も出てきたのかななどと思わないでもない。
図録一冊 自己満足に耽る 夏の午後
お粗末。