政治への苛立ちとか

少し繰言の類、それもなんていうのだろう、男に騙された女性の繰言のような、その手のことである。
暮の総選挙の比例区で私は日本未来の党に一票を投じた。正直、あの選挙では選ぶべき政党がないというのが実感だった。民主党の凋落、それに対峙する自民党タカ派的性格を露にしていた。第三極として出現した政党は新自由主義自民党よりもさらに右にシフトするようなイメージがあった。いっそのこと棄権するか、それも一つの政治的意思表明かもみたいに思わないでもなかった。ただ反原発という部分の意思だけは明確にしたいという思いもあった。
3.11以来、反原発はある意味国民的な大きな関心事でもあったし、一つの潮流になりつつあった。圧倒的少数とはいえ、毎週、国会や官邸前には自発的な形で人々が集まった。そして国会前に集まるということで、自らの反原発の意思を表わしていかれたのだと思う。私もそれに何回か参加した。そうした思いをきちんと選挙での投票行動に表わしたいとも思った。
選挙ではこれまで原発を推進し続けてきた自民党が圧勝することが伝えられていた。このまま棄権することはそのまま自民党の勝利に与することにも繋がる。そういう焦燥感を抱いていた。そんな時に民主党を出た小沢一郎一派国民の生活が第一が、滋賀県知事嘉田由紀子を担いで反原発のワンイシュー政党を立ち上げた。野田のヤケクソ的な解散により選挙戦略の構築がうまくいかなかった小沢にとっては、やっつけではあろうがなんとか自勢力の退潮を避けるための緊急避難的な政治行動だったのだろう。それにたぶん国政に関してはまったく知識のない、ただ国民の中に漠然と広がっている反原発への意識を汲み取りたいと、たぶんその手の問題意識をもっていた嘉田が手を組んだ、おそらくそんなことだったのだろう。
小沢一郎については、その胡散臭さ、これまでの変節的動き、なによりも政局を中心にした政治行動等に対して、まったく信を置いていなかった。世に言う彼の豪腕なるものについても、政党のスクラップアンビルド以外でその実をみたことがないという印象だった。そしてなによりも民主党政権が樹立されて以来の彼の動き方は私には失望感を通り越すような思いでもあった。
鳩山政権時代には党幹事長として実権を、なによりも党資金を握ってある種の権力の二重構造を現出させた。陳情を一本化させ、それを元に官邸に乗り込んで選挙公約を捻じ曲げ ガソリン暫定税率廃止を撤回させたのをよく覚えている。鳩山が普天間で失脚するときに疑惑で追求されていた小沢を道連れにして以降、小沢は党中党、党内野党として政権の足を引っ張り続けた。
菅直人に対するそれは異常なまでだったと思う。小沢一郎を特に許せないのは、3.11という国難にあった時、自民党と組んで菅政権に不信任をつきつけようとしたことだ。巨大地震による被災、さらに福島第一原発事故によって、国家存亡の時に政局に明け暮れた。一方で自民党にあってもデマゴギーをからめて菅直人を批判し続け、不信任案可決の方向で動いていたのが現首相の安倍である。
東日本には人が住めなくなるかもしれない、あるいは関東まで大きな影響を受けるかもしれないそういう危機的な状況にあっては、与党も野党も一丸となってことにあたるべきだったはずなのに、巨大地震の被災を政局のダシにした。そういう政治屋であるというのが私の印象だ。私は菅直人などさほど評価もしていないし、政治家としては軽量級だと思っている。でも、あの国難にあっては彼を、民主党政権をサポートすべきだったのではないか。あの当時聞いた話では、自民党の政治家の中でも政府に協力を申し出た方が何人もいるという。森喜朗元首相もその一人だと聞いている。
政局中心の政治行動、権力闘争ばかりというのが小沢一郎に対してのイメージである。さらにいえば彼の様々な疑惑である。例の政治資金報告書への記載を巡る裁判では無罪になった。しかし10件近くもの不動産を政治資金を使って購入したこと、政治団体として購入できないので便宜的に名前貸しをしただけだという弁明ではあったが、それでも名義は小沢一郎本人となっているため、いずれは相続の対象となる個人資産となってしまう点などなど。彼はそれらについてきちんと国民に説明をしていない。記憶では裁判が継続しているときは、係争中であることを理由にしていた。それが勝訴となると今度は無罪となったことを理由として一切の説明をしない。法的責任と政治責任は異なることなど政治のイロハのはずなのだが、彼はそれらについてダンマリを決め込んでいる。
そういう小沢が反原発を持ち出したのである。誰もがその胡散臭さを感じた。私もその一人だったとは思う。でもそれでも、反原発の意思表明として投票した。と同時に小沢一郎も少なくとも原発へのアンチテーゼを全面にして選挙する以上、それを簡単に捨てることはないだろうとも思った。未来の党がどれだけの議席を取れるかはわからないが、それでも確実に当選した議員は原発へのアンチテーゼを是として政治行動を行っていかざるを得ない。それを良しと考えたのである。
選挙結果は大敗だった。準備不足が一番の理由だったろう。さらにいえば反原発を問題意識としていた人々も小沢一郎は敬遠するという部分もあったかもしれない。小沢派からすれば原発は票に結びつかない、失敗だったという意識もあっただろう。何よりも比例で300万以上の票をとったことについても、私のような立場からすれば、少なくとも反原発の意思表明をそれだけの人々が投票行動で示したという風に受け取った。でも小沢に近い筋からすれば、あの300万票のほとんどは小沢一郎への個人票である。原発なんてものをとりあげなければもっと票がとれたと、たぶんそんな思いがあっただろう。
そして日本の未来の党の暮のゴタゴタである。
盗っ人猛々しい小沢一郎一派、政党交付金をネコババ。「日本未来の党」を乗っ取って「生活の党」に衣替えし、嘉田由紀子と阿部知子は離党 - kojitakenの日記
嘉田由紀子、『週刊朝日』で「小沢流」を暴露(上) - kojitakenの日記
嘉田由紀子、『週刊朝日』で「小沢流」を暴露(下) - kojitakenの日記
ある程度予想はされていたとはいえ、正直ここまでやるかという感じだ。マスコミの論調もそうだし、多くの方が指摘しているように、政党交付金目当ての政党乗っ取り劇である。ろくに絵図面もないまま表紙となって捨てられた嘉田由紀子にも、政党党首となった以上、大きな責任があるだろうとは思う。しかしこの分裂劇のお粗末さといったらない。
ただし私が思うには、小沢一郎にしてもここまで露骨な乗っ取りを行うことは本意ではなかったろう。彼は日本未来の党の利用価値を思案中だったはずだ。とりあえず共同代表となって党資金、人事を握ること。たぶん暮に彼がとろうとしたのはそういうことだった。それに対して嘉田由紀子阿部知子が過剰に反応した、あの分裂騒動はそういうことだったんじゃないかと思う。
もともとさほど権力志向が強いとも思われない嘉田や社民党を出た阿部にとっては、反原発のポリシーが一番重要だった。さらにいえば未来を設立するときに小沢は全面に出ないと約束した。その信義が破られたことが第二のポイントだろうか。ある種清廉潔癖な原理主義的な女性二人が小沢に愛想尽かした、そういうことだったんじゃないかとも思えないでもない。
あんまり根拠のない個人的な憶測ではある。結党一ヶ月かそこらでの分裂で痛手を負うのはどちらかといえば、やはり小沢一郎とその一派ではないかと思う。嘉田にしても阿部知子にしても政治家をやめればそれぞれ学者、医者という本来の場に戻ればいいだけのことだとそんな風にも思う。
ただしより突き詰めていえば、この分裂劇で一番痛手を負い失望感を味わっているのは、反原発運動に携わる人たちや、まあ普通に原発に対してノーと感じている人々ではないかと思う。そう、私を含めて皆、とにかく反原発の意思を表わしたいということで投票行動に出たのである。その受け皿となるべき政党がわずか一ヶ月でこういう結果なのである。
まあ小沢一郎にしろ、その配下の政治家たちにしろ、これまで明確に原発に対してアンチテーゼを打ち出したことなどない。それこそ菅直人の言を引用すれは、「脱原発を表明していた私に対し、内閣不信任案を出すように自民党に働きかけた」りしてきただけなのである。反原発脱原発を考えていながら、そういう政治行動に出るか、そのへんを考えれば、彼らが打ち出した原発への反対のポーズなど信じるほうがいけない、投票したお前が悪いということになるのかもしれない。
私の住む周辺やちょっと足を延ばした町とかでも、何気に現生活の党の政治家の選挙ポスターを見かけることがある。なかには比例で当選した人もいるし落選した人もいる。選挙も終わったのだからいい加減撤去すればいいのだが、まだまだ放置されたままだ。そのポスターの日本未来の党の文字を見るたびに、なにかとてつもなく暗い、落ち込んだ気分に陥る。そして苦いものがこみ上げてくる思いになるのだ。