ジャクソン・ポロック展に行く

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連休中の1日だけ家族とは別行動で都内に出た。しばらく会っていなかった友人と二人でポロックの展覧会に行く。
ポロックは現代抽象絵画の最高峰に位置するような画家である。「キャンバスを床に広げ、刷毛やコテで空中から塗料を滴らせる「ドリッピング」や、線を描く「ポーリング」という技法」を駆使した抽象絵画は、失敗すればただのカオス、児戯に堕してしまうだろう。それが瀬戸際の部分である種の調和、リズム、整合性を維持した絵画表現となって現出する。まあそういう意味合いだろうか。
ポロックの絵を最初に観たのはそれこそ小学生の頃、学習百科事典の別巻、世界の絵画みたいなものに掲載されていた一枚の絵だったか。それは「秋のリズム」という彼の代表作である。

この絵を見た子どもの私は、なんかよくわからないけれどオーケストラみたいと感じた。この絵から受ける感覚はある意味今でもずっと同じである。様々な音、サウンド、オーケストラの練習している一シーンを彷彿とさせるイメージ。それが「秋のリズム」という表題とともに子どもの私にはすんなり受け取れた。
新婚旅行でニューヨークを訪れた際には、メトロポリタン美術館でオリジナルを見ることができた。巨大な壁画を思わせるこの絵にしばし向き合い、ある種万感ともいうべき思いを抱いたものだ。
それ以降は徳島の大塚国際美術館で原寸の複製陶板画を毎年見に行っている。複製とはいえあれはあれでなかなかの趣がある。
今回の展覧会には残念ながら「秋のリズム」はない。その代わりということもないのだろうが、テヘラン現代美術館収蔵という「インディアンレッドの地の壁画」がきている。これはこれで圧巻ともいうべき作品だと思う。

その他、解説等から思ったことを幾つか。
ポロックの代表作といわれるオールオーバーという均一な壁画的な抽象画、「ドリッピング」や「ポーリング」という技法によって描かれた作品群は、1947年から1950年のわずか数年の間に創られたものだとか。
ポロックは絵画表現の新しい手法を見出すために苦闘し、44年の短い人生を終えた。若い愛人とともに交通事故を起こして死去したのだが、自殺との説も流れている。私は彼の死を長い間、ピストルによる自殺と勘違いしていた。たぶんポロックのエピソードをとりあげたカート・ヴォネガットの長編小説「青ひげ」あたりを誤読したのかもしれない。
解説によるとポロックはある時期、ピカソから大きな影響を受けつつ、彼の技法を越えるために悪戦苦闘したという。ピカソの画集を放り投げて「ちくしょう、全部やつがやってしまっている」と絶叫したというエピソードもあるという。
「ポーリング」によるオールオーバーな作品群は、一瞬だけポロックピカソの技法から脱した新しい表現を現出させた時期だったともいえる。実際、彼のこの頃の絵画を絶賛した批評家の一人は、ピカソを過去の人にたとえたともいわれる。
しかし、ポロックの絵画を見るにつけ思うのは、逆にピカソの偉大さであるのかもしれない。新しい技法、表現のために苦闘し、若い時期からアルコール中毒となり、精神も病んだといわれる繊細なポロックに対して、ピカソのバイタリティの凄まじさはどうか。。彼の生に対する執着、色好み、絵画から彫刻、陶器にいたる多作な表現群を見るにつけ、彼の巨人ぶりを改めて思う。
実際のところポロックの絶叫は本当にその通りなのだろう。ピカソがすべてやり尽してしまったのである。ピカソ以後の画家たちは、常にピカソを出発点にしなければならない宿命を持っているということになる。いわば絵画芸術、絵画表現の限界点からの出発という大変シビアな位置から始めなければいけないということなのかもしれない。
ポロックの絵画を見出し、それを絶賛したのは、当時たいへん影響力をもった美術批評家のクレメント・グリーンバーグという人だったとか。彼はポロックを含めた当時のアメリカの抽象絵画の画家たちの作品、技法を絶賛した。
クレメント・グリーンバーグ - Wikipedia
私なんぞからすると、持ち上げすぎたのではという感もないではない。この理論的指導者に絶賛、支持されたことで、ポロックなぞはたいへんなプレッシャーを受けた。そしてそれがあまりにも重荷となって、非業の最期をみたいなことを、なんとなく想像してしまったりもする。
まあ抽象絵画というものは、ひらたくいえば思い込みの産物みたな部分もある。受け手の感性みたいなものに重きをおくこと大なのではとも思う。後は本当に好みの問題。そして私はというと、ほぼ首尾一貫してジャクソン・ポロックが好きなのである。