『上を向いてあるこう』

上を向いて歩こう

上を向いて歩こう

  • 作者:佐藤 剛
  • 発売日: 2011/07/14
  • メディア: 単行本
最近、こんなものを読んだシリーズの1本目。
たぶん8月の後半あたりに一気に読んだ。伝説のヒット曲にして、ある意味昭和時代の、戦後日本の国民的愛唱歌であった曲である。この曲にまつわるエピソードを作曲家中村八大と坂本九を中心に綴ったノンフィクションである。
もともとはスタジオ・ジブリのPR誌「熱風」に連載されたものに大幅加筆されたもので、なぜかお堅い岩波からの発行である。内容的にもこれは講談社とか文春あたりのネタだろうとも思うし、ジブリの流れでいえば徳間あたりじゃないのと、みょうなつっこみも。
読後感想としてはとにかく面白かった。昭和時代を生きた人にとっては「上を向いて歩こう」という曲はある意味特別な歌だと思う。そんなわけでこの本を何人かに薦めたりもしている。私の購入した本は、すでに何人かの知人に貸してあり、今どこらあたりにいっているか、それは定かではない。
 実際、よく調べてある。著者の佐藤剛は長く音楽プロデューサーを務めてきた人で、もともとは甲斐バンドのマネージャーがキャリアの初めなそうな。1980年代にはTHE BOOM小野リサ等をプロデュースしていると、まあこのへんはウィキのまんま引用的紹介。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%89%9B_%28%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%29:TITLE
おそらくまとまった著作としてはこの本が処女作になるのだろう。音楽業界ではキャリア豊かなベテランなんだろうけど、ライターとしては駆け出しになるんだろう。実際、よく資料も読んでいるし、関係者にも直接あたっている。きちんとした取材の積み重ねに記述とは思うのだが、いかんせん文章はややもするとぬるい。少なくとも読ませるとはお世辞にもいえない。
 文章中にさかんに使われる「思われる」みたいな表現が正直若干興ざめである。よく調べたんだから、そういう逃げの表現じゃなくて、きちんと断言しなよプロのライター目指すならと思わないわけでもない。このへんは編集者の責任もあるとは思う。私ならこの手の表現はたぶん9割方書き直させる、たぶん。もちろん私は編集者じゃないけどね。
話の内容、エピソードがやたら面白いから、けっこうそれだけでぐいぐい引き込ませるのだけど、いかんせん文章がちょっと・・・・・。まあそこが少しだけ残念ではあると、そういう作品でもある。
でもね、これだけはいえる。よき作品というのはたぶん、8割方テーマであり、題材なんじゃないかということ。最良のテーマ、題材を見つけることが出来れば、それだけでたぶんその作品は概ね成功したのも同然なんじゃないかと私なぞは思う。特にノンフィクションにおいては絶対にそうだ。
そういう意味ではこの著者は「上を向いて歩こう」という名曲を巡る人物群像、そしてそれぞれのこの曲についてのエピソードを集めることによって、ある種最良のテーマを見つけ出したということだ。それがこの作品の成功の総てでもある。
実際、アメリカのキャピタルで辣腕振るったプロデューサーが、ビートルズを袖にして「スキヤキ」こと「上を向いて歩こう」を取り上げたなんていう記述には、なんともワクワクさせられる。
とにかく面白いから読んでみ。と、なぜか50代以上の知人には薦めまくりの一作である。
ちなみに「上を向いて歩こう」という曲は、私にとってはたいへん馴染みのある曲でもある。この歌が日本でヒットしたのは1961年のこと。私は4歳から5歳になるかならないの頃だ。私はその頃この曲を口ずさんでいた。
確か当時横浜山下町でクリーニング店をやっていた我が家の店先、7つ年上の兄と二人でこの歌を歌っていた。最初は普通にこの曲の歌詞を、次には当時すでに流行っていたこの歌の替え歌を。
「下を向いて歩こう お金が落ちているかもしれない」
稚拙、いかにも子どもが歌いそうな替え歌である。そしてたぶんそれが私の最古の記憶の一つでもあるのだ。
これに類した記憶は、同じ4〜5歳の頃に巨人の3番のユニフォームを作ってもらい(当時としては当然のごとくオーダーメイドである)、それを身に着けて嬉しそうに素振りをしている記憶。山下公園におそらく父と母と一緒に遊びに行き、前日に作った紙の船を氷川丸の脇にある出っ張りのところから海に流した記憶。当時は普通に海っぺりまで行けたのでる。父とのことはけっこう明確に覚えている。もう一人が母であったのか、それとも祖母であったのかはなんとも朧気である。もし母であるとすれば、ちょうどその少し後くらいに両親は離婚しているので、私に残る唯一の母の記憶なのかもしれない。
話はいつものように脱線である。「上に向いて歩こう」である。この曲はそれから2年後にビルボードで3週連続1位を獲得する。所謂全米第一というやつである。そしてそれ以来アジアからの歌曲で全米一位となった曲は一つもないのである。それがどんなに凄いことか。全米に進出したピンクレディも聖子ちゃんにも、もちろんYMOにも出来なかったこと。そしてたぶんこれから先に、おそらくスマップにも、ドリカムにも、もちろんAKB48にも出来そうにないことなのである。
さらにいえば「上を向いて歩こう」全米1位に先駆けて全英1位をも獲得する。ある意味この曲には、この曲のメロディ、軽快なアレンジにはなぜかしら人の心をうつものがあるのだと私などは思う。歌の意味もよくわからない子どもにも、おそらく老人たちにも。それはたぶんおよそ理屈ではないのだろう。実はこの本でも幾つかの分析が行われている。中村八大の作曲法、坂本九の歌唱についてなどなど。でもそれでこの曲のヒットの秘密は解明できたかというと、答えはたぶんノーである。この曲がなぜ人の心に染み入るのか、それは永遠に謎なんだろうと私は思う。ある種の偶然の積み重なりによる奇跡、たぶんそういった類のもの、そういうものなのかもしれない。
試みにこの曲が全米1位を獲得した1963年のビルボード1位曲をあげてみる。

GO AWAY LITTLE GIRL
STEVE LAWRENCE 1.12 2WEEKS
WAIK RIGHT IN
THE ROOFTOP SINGERS 1.26 2WEEKS
HEY PAULA
PAUL AND PAULA  2.9 3WEEKS
WALK LIKE A MAN
THE FOUR SEASONS 3.2 3WEEKS
OUR DAY WILL COME
RUBY AND THE ROMANTICS 3.23 1WEEKS
HE'S SO FINE
THE CHIFFONS  3.30 4WEEKS
I WILL FOLLOW HIM
LITTLE PEGGY MARCH  4.27 4WEEKS
IF YOU WANNA BE HAPPY
JIMMY SOUL  5.18 2WEEKS
IT'S MY PARTY
LESLEY GORE  6.1 2WEEKS
SUKIYAKI
KYU SAKAMOTO  6.15 3WEEKS
EASIER SAID THAN DONE
THE ESSEX   7.6 2WEEKS
SURF CITY
JAN AND DEAN   7.20 2WEEKS
SO MUCH IN LOVE
THE TYMES   8.3 1WEEKS
FINGERTIPS(PT.2)
LITTLE STEVIE WONDER  8.10 3WEEKS
MY BOYFRIEND'S BACK
THE ANGELS   8.31 3WEEKS
BLUE VELVET
BOBBY VINTON   9.21 3WEEKS
SUGAR SHACK
JIMMY GILMER AND THE FIREBALLS   10.12 5WEEKS
DEEP PURPLE
NINO TEMPO AND APRIL STEVENS   11.16 1WEEKS
I'M LEAVING IT UP TO YOU
DALE AND GRACE   11.23 2WEEKS
DOMINIQUE
THE SINGING NUN  12.7  4WEEKS
THERE! I'VE SAID IT AGAIN
BOBBY VINTON  1964.1.4 4WEEKS

そしてこの次ぎに現れるいきなり現れる1位曲は、2.1より7週連続1位を占める。
「I WANT TO HOLD YOUR HAND」。いわずとしれたTHE BEATLESの登場である。そしてさらに「SHE LOVES YOU」で2週、「CAN'T BUY ME LOVE」で5週1位を続ける。1964年、ビートルズ快進撃が始まる。
上を向いて歩こう」が全米獲得したのは、ビートルズ出現前夜ともいうべき時期だったのである。私はこの本によってそのことを改めて認識した。