孫正義の反原発論

3.11以後、公然と反原発を唱える財界人はどのくらいいるのだろう。知る限りではIT業界の雄、孫正義氏くらいだろうか。twitter楽天の三木谷氏が原発に対する対応への不満から経済団体への脱退を示唆している。
いずれも財界の中では明らかに新参者であり、アウトサイダーである。日本経済界のメインストリームは、電力会社との繋がり、あるいは原発のメーカーである、東芝、日立との関係性からか、あるいは国策としての原子力に対する異議申し立てはルール違反とする意識からか、原発維持の姿勢を保っている。日本の原子力政策を支えているのは、単に原子力ムラといわれる利権構造だけではなく、実は産業界、経済界全体なのかもしれないと、そんな気にもなってくるところだ。
そんな中、明らかに軸足を反原発にシフトさせた孫正義氏の主張は異彩を放っているし、その語られる事柄はしごくまっとうでもある。もちろん商売上手なこの人のことであるから、これからのトレンドは反原発自然エネルギーと見てのことであろうことは容易に理解できる。
単なるソフト卸やPC関連の出版社であったソフトバンクが、インターネットの隆盛の中で、ADSLへの参入、ヤフーの買収、さらにボーダーフォンを買収して携帯産業にと軸足をどんどんと変えてきた。3.11の衝撃の中で、原発から脱却と自然エネルギーは一大ビジネスチャンスと映っているのかもしれない。
普通なら裏でこそこそというか、秘密裏に進めるべきことを、声高に訴えるところが、孫氏の手法なのかもしれない。彼の主張はユーチューブでもすぐに聞くことができるが、私は『世界6月号』の彼の小論「東日本にソーラーベルト地帯を」で読んだ。8ページ程度の短い文章だが、そこには3.11によって受けた衝撃と、その中で原発のことを改めて学んだ彼の率直な思いがよく出ていると思った。
それはある意味常識的な範囲でのことであり、新たな知見とでもいうべきことはない。しかしそれがまた孫氏のきわめて常識人としての認識なり、心情の吐露となっていて共感できるところでもある。
実際私なんかも、あの震災を契機に原発関連の本を読むことも多い。その中で感じる事柄と孫氏の主張はたぶん同質なものだ。まあきわめて普通ということなんだろう。試みに幾つか引用する。

通信は電気なしには成り立たない。原発事故は怖ろしい。しかし原発がないと日本の電気事情は成り立たないと、私は思ってきました。しかし、今回いろいろ勉強してみていろいろなことを知りました。
P46

原発が危険だと言っても、今日いますぐ停止するというのは現実的には困難です。しかし、もし四十年を目安として、寿命が来た原発については計画的に稼動を停止し、新規建設をしなければ、原発によって提供される電力の容量も自然と減っていくでしょう。
世界のトレンドは原発だ、CO2を減らすために世界中どでも原発を増やしているのだ、と私はつい一ヶ月前まで思っていました。ところが、実は世界における原発のブームは八十年代半ばだったのです。これ以降新規の原発はほとんど作られなくなっている。これには驚きました。
P47

私は、耐用年数超過原子炉の原則使用停止、経産省・安全委員会・保安院・電力会社などの天下り人事交流禁止、ひび割れなど異常事象に対する安全審査の厳格化、異常情報の完全開示、IAEA国際基準数値の同時公開、地震発生リスク上昇地区運転の見直しなどを提示したいと思います。
P48

すべてきわめて当たり前な、ある意味常識的な発言である。その当たり前な発言を大企業の経営者が語ることが、ある種のニュース、イレギュラーなことのように映る、この国、この社会の現実こそが、世界レベルでは異形なことなのかもしれないと、そんな気がするのである。