中華街

神戸にも中華街があるのはもちろん知っている。営業で訪れていたときには、さすがにここに来ることはなかった。一度、午前中の早めに神戸に来たときに、書店の開店時間までの時間つぶしにこの街を歩いたことがある。ウィークデイの朝である。まだ店も開店していない。飲食店街の朝独特、けだるい雰囲気。油やらなんやらで汚れた道路を歩いた記憶がある。
今回はゴールデンウィーク、一番人が出ているときだ。まあえらい人ゴミである。中華料理屋の店員はカタコトの日本語で呼び込みをしている。基本的にはどこからどこまで横浜と同じである。そして古くからの中華街を知っている人間からすれば、概してどこもあんまり美味くはない。
娘も妻も空腹を訴えるので、やや遅めの昼食をここでとったが、まあお世辞にも美味しくないね。以前、子どもを横浜の中華街に連れて行ったことがある。そこで軽めのコースを食べたが、後で娘に感想を聞くと、「バーミヤンと同じ味がする」とのことだった。今回についていえば、娘も私もほぼ同感の思いだった。
私が生まれたのは横浜の山下町というところだ。場所的にいえば、元町と中華街の間あたりだったが、今その場所は拡大する中華街にほぼ吸収されてしまった。小学生にあがる前に越してしまったから、はっきとした記憶はあまりないのだが、それでも例えば飼っていた犬がいなくなり、噂的には中国人に食されてしまったとかいう神話的記憶があったりもする。その犬は赤犬だったらしい。
父はそこでクリーニング屋を営業していたのだが、よく中華街の店から出前を取り寄せていた。よく天津麺とかを食べた記憶があるのだが、たいそう美味かったような記憶がある。50年以上生きてきているが、あの頃に食べた天津麺を超えるものを食べたことはない。追憶的味覚にかてるものなどないのだろう。
私が子ども心に知っている中華街は、もっと怪しげな雰囲気の場所で、毎日が祝祭日のような今の観光ずれした場所とは違う。だいたいにおいて中華街が観光地化したのはいつ頃のことなんだろう。なんとなく80年代前後のことじゃないかとも思う。高校生の頃に、父親から今の中華街は飯食いに行くところではないみたいな話を聞かされたことも憶えている。
基本的に舌が肥えているわけでもないし、美味い中華食べたければ、とりあえず銀座アスターでいいではないかと思っているクチだから、偉そうなことはいえない。でも、神戸にしろ、横浜にしろ、今の中華街であまり美味いものを食べることはできないだろうと思う。もちろんそこそこの値が張る高級店にいけば、そこそこのものが食べれるだろう。ただし中華街の魅力というのは、それこそ如何わしくて、汚くて、チープで、それでいて美味いものが食せるというその辺だったようにも思うのだが。