『笑う警官』読了

笑う警官 (ハルキ文庫)
『警官の血』に続く佐々木譲である。面白い、たいへん面白く読めた。以下、巻末西上心太の解説より粗筋を引用。

札幌市内のマンションの一室で発見された女性の他殺体。その部屋は警察が借り上げている秘密のアジトで、しかも被害者は道警本部の防犯総務課の婦人警官水村朝美巡査だった。ところが初動捜査にあたった大通署強行犯係の町田警部補が、その事実を告げたところ、所轄所の刑事たちは捜査からオミットされてしまい、道警本部が直接捜査にあたるという異例の事態になっていく。そして水村とつき合っていた銃器対策課の刑事、津久井巡査部長を犯人と断定し、さらに津久井が拳銃を持った危険な覚醒剤中毒患者であるという発表がなされ、射殺命令が下されるのだった。
大通署の盗犯係の刑事佐伯宏一警部補は、道警本部の発表を信じようとはしなかった。かって二人は人身売買組織摘発のためのおとり捜査に従事した仲だった。佐伯は組織の人間に疑われ殺されそうになったが、津久井の機転で救われたことがあったのだ。
津久井を信じる佐伯は、部下の植村と新宮、そして大通署の総務係の婦警小島百合、事件を外された町田警部補ら有志を募り、密かに私的捜査隊を結成、津久井の無実を証明しようと動きだす。やがて佐伯は、翌日に迫った道議会の百条委員会で、津久井が警察の腐敗問題を証言する秘密証人に選ばれていることを知る。津久井は銃器対策室で実績を挙げながら、拳銃と覚醒剤を所持していて逮捕された郡司警部の部下だったのだ。佐伯は津久井に対する射殺命令は、彼の口封じのためのものだと確信する・・・・・。

ストーリーは佐伯以下の有志たちが退庁後に秘密の捜査本部を立ち上げてから、翌日の百条委員会に津久井が出頭するまでの時間にして15〜6時間の間のことである。その限られた時間内でスリリングにテンポよく展開していく。そのためぐいぐいと惹きつけられていく。
実際には刑事有志が秘密裏に私的な捜査本部を立ち上げることなどは現実的ではありえない。およそ荒唐無稽なお話なのかもしれない。それでもありえそうなお話として読み進めることができるのは、確かな取材によって構成された刑事たちの細部にわたる描写やキャラクター創造にありそうだ。ここにも「神は細部に宿り給う」というテーゼがあてはまりそうである。細部の現実性がストーリーテリングを支えている。
そして佐々木譲の警察小説の基本テーマだと私などは思っている、警察官としての職業に誇りを持ち、その仕事を誠実に執行しているプロたちの姿を描ききること、それがこの小説の中でも最大限に生かされているとは思った。
佐々木譲の作品は、前回読んだ『警官の血』に続くものだが、しばらくは続けて読んでいきそうである。すでに『制服警官』も購入済みだし、今しがたもアマゾンで『警察庁から来た男』を注文してしまった。
出来れば佐伯や町田、新宮等があるいは婦人警官の小島百合等が登場する道警大通署のシリーズが今後も末永く読んでいきたいと思う。もともとこの道警を舞台にした警察小説を佐々木が書くことになったのは、角川春樹マルティン・ベック・シリーズのような警察小説を書かないかと勧めたことからだという。そしてマルティン・ベック・シリーズは角川春樹が二十代の頃に「ある愛の歌」などと同じように手がけて成功した作品群だったということである。
出版社社長として映画プロデューサーとして、毀誉褒貶著しい角川春樹ではあるが、その根っ子の部分では稀代の才能を有する編集者であるということを、このエピソードは証明しているのかもしれない。少なくとも佐々木譲に警察小説を書かせるという眼目、その1点だけでも。
この小説はもともとは『うたう警官』という名で上梓されたものだと聞く。それが文庫化にあたって角川春樹からの提案で『笑う警官』に改題されたという。それはまさしくマルティン・ベック・シリーズのオマージュとしてなのだろう。さらに私はまったく知らないでいたのだが、昨年11月に角川春樹の製作、演出によって映画化されているという。ネットでググるとDVDの発売は5月頃になるという。TSUTAYAでレンタルということになるのだろうけど、それはそれで楽しみではある。