再び土岐麻子

麻生久美子のほんわかした雰囲気と同質のものを持っているんじゃないかとなんとなく思っているのが土岐麻子である。なんとなく似てないか。
麻生久美子

土岐麻子

なんというか容貌的には見方にもよるのだろうが、けっこうクリソツではないかと思っている。でもって、こういうホンワカ的な顔立ちの美人、正直ストライクゾーンである。麻生久美子にはまる理由はまさしく、ようはタイプだというそれだけのことである。同じように土岐麻子にもここのところはまっている。けっして容貌だけでというのではなく、音楽的にもほぼストライクゾーンなのである。
気がつけば最新作以外のほぼすべてのアルバム入手している。ここ1ヵ月でいえば愛聴している。アイポッドにも入れている。最近サボリ気味のジムでもけっこう聴いている。
ここのところのずっと良く聴いているのはまずこれ。
TALKIN'

1. モンスターを飼い馴らせ
2. HOO-OON
3. ファンタジア
4. MY SUNNY RAINY
5. 青空のかけら
6. TALK SHOW
7. 眠れる森のただの女
8. サーファー・ガール
9. WALK ON
10. 風とうわさ
11. カモンナ・マイ・ハウス

都会的なポップスだ。あく抜きした吉田美奈子みたいな感じである。心地よい。ほとんどがオリジナル曲らしいのだが、アルバム通して聴いて改めて思うのだが、この人のボーカル、声はまさしく器楽的である。その理由はというと、個人的に思うのだが、歌詞の意味性に重きはおかれていないだろうということ第一の感想だからだ。正直聴いていて、あるいは何度聴いていても歌詞がきちんと聴こえてこない。単語としては幾つかは耳に入ってくるのだが、ほとんど意味性がない。歌詞カードを読んでみると、それなりの意味は解るのだが、音楽として聴いている限りでいえば、この人の歌はほとんど洋楽と一緒なのである。
それでは歌の意味はないではないかと・・・・。いや、そうはならない。言葉がわからなくても洋楽を享受してきた、ある意味ずっとそうしてきた私からすれば、ある意味ポップミュージックというものは、そういうものなのである。
同様に私はずっと山下達郎の曲をそういう風に受容してきた。彼の歌もボーカル力としては素晴らしいものがあるが、歌詞の意味とかについていえば、やっぱり単語というか言葉の断片の集合体である。それを圧倒的な声量のもと我々は聴いているのだ。それは洋モノのポップスをそういう風に受容してきたのと同様ニ、ボーカルもまた器楽的に聴いているということだ。
そのようにして土岐麻子の曲は心地よく私の耳に洋楽のグッド・チューンと同じように入ってくる。そしてとても心地よいのである。
続いて聴いているのがこれ。
Summerin'
これはもうジャケットからしてノックダウンだな。色ボケオヤジの心をくすぐる感じである。このアルバムは2008年に出ている。たぶん彼女は鉄板のアラサーである。それでこのジャケットである。なんかますます好きになりそうな感じである。

1. LIBERTINE (オリジナル)
2. サマーヌード (真心ブラザーズ カバー)
3. 小麦色のマーメイド (松田聖子 カバー)
4. Reach Out,I'll Be There (Four Tops カバー)
5. La Isla Bonita (マドンナ カバー)
6. smilin' (オリジナル)
7. 都会 (大貫妙子 カバー)

このアルバムではオリジナル2曲、残りはぜんぶカバー曲である。聖子ちゃんの「小麦色のマーメイド」が懐かしく、さらに次にモータウン系がくるのが泣かせる。とどめにラストはあの懐かしき名曲、大貫妙子の「都会」がくる。
とはいえこのアルバムで私のお気に入りはオリジナルの「smilin'」だ。良く出来ていると思う。そしてある意味この曲をアルバムタイトルにしてもよかったのではないかとさえ思う。なんとも懐かしい、たぶん80年代的なポップスの香り満載の曲である。
ここ一月近くずっとあきずに繰り返しのこの2枚を家では聴いている。もっともあまり時間もなく、自室でCDを聴き込む時間などまったくない日常なので、基本はナガラである。例えば洗濯物を畳むときなどは、このアルバムを流していると、とりあえず家事労働を何とかやり過ごせると、まあそういう気分なのである
あんまり幸福な日常を送っていない、そういう中でもほんの少し心が和む、とりあえずすさんだ日々の生活の中で、ちょっとだけ心地よい思いを抱けそうな、まあそういう感じで私は土岐麻子を聴いている。