きみに読む物語

きみに読む物語 スタンダード・エディション [DVD]
ベタなメロドラマである。途中からネタバレというか、展開がすべて読めてしまう。でもそれは演出が未熟だからということではない。すべてを計算したうえでのベタなのである。たぶんそういう映画なのである。
老人ホームにアルツハイマーの老婦人がいる。シルバーグレイが美しく、若い時にはきっと美人だっただろうと思わせる人だ。彼女にいつも寄り添って一冊の本を朗読してあげる老人がいる。バイタリティのある、やはり若い時にはハンサムで色男だっただろうと思わせる老人だ。彼が夫人に好意を持っていることはすぐにわかる。でも夫人には彼が誰がなのかはわからない。ただ時々本を読んでくれる人という認識だけである。
老人が老婦人に読んで聞かせる物語は、60年以上も昔に避暑地で知り合った金持ちの令嬢と地元の製材所で働くブルーカラーの青年の恋物語である。ひと夏の間に若い二人は恋に落ち、それから別れがやってきて、何年もの年が過ぎて再開して・・・・。映画は老人ホームでの老人の語りと、60年前の物語の若い恋人の日々が交互にカットバックされていく。
若い恋人たちのシークエンスは、もうこれ以上ないというくらいの直球勝負みたいな描き方だ。1940年代の良き時代の御伽噺のような悲恋っぽいお話は、例えば「思い出の夏」とかその手のノスタルジックな映画を連想させる。ある種そうした回顧映画へのオマージュみたいだ。
そして老人ホームでのやりとりは、よりソフトな映像でなんというのだろう、老人達のリアルな老いを前面に出さないような工夫がされている。映像の色調によって現在の老人ホームと語られる1940年代の物語のうまく区分けされてもいる。うまいやりかただ。
映画は途中でネタバレというかすべての展開が読める。老人が老婦人に語って聞かせる物語は、実は自分たちのお話である。60年前の若いカップルは実は恋を成就させ幸福な家庭を築いてきた。でも老婦人はアルツハイマーを罹患してすべての記憶を失ってしまう。老人は二人の思い出を何度も語りかけることによって彼女の失われた記憶を呼び戻そうとする。医師はアルツハイマーはけっして治癒することがないと絶望的な宣告をする。でも老人は希望を捨てない。
 映画のラストに奇跡は起きる。物語を語り終えた老人に向かって、老婦人は語りかける。とってもいい話ねと。そして不意に思い出す。これって私たちのことなのねと。私は今までどうしてたのかしらと老人に問う。老人はやさしい眼差しとともにこんな風なことを言う。「君はどうもしていない。ただ少しだけ遠いところに行っていたんだ」
そう老人はこれまでにも二人の出会いの物語を何度も夫人に読み聞かせてきたのだ。語り終えたときには夫人が一瞬ではあるけれど記憶を取り戻すから。なんとも素敵なお話である。映画がここでも終わってもこのベタなメロドラマはそれだけで涙をさそう素敵なお話ということでなんの問題もないだろう。でも、さらにたたみかけるような物悲しい、それでいて最高の愛の形を描いてみせる。ベタベタをもうワンランク格上げするような御伽噺として観客に提示してみせる。なかなか小粋な演出である。
監督のニック・カサヴェテス。この特徴的な名前には聞き覚えがあると思っていたら案の定、かっての独立映画系の巨匠ジョン・カサヴェテスの息子さんなのである。といっても彼の映画はまともに観ているのは「グロリア」ぐらいか。役者さんとしてはあのおどろおどろしい「ローズマリーの赤ちゃん」をよく覚えている。ニックのほうは息子さんといってもすでに50歳のベテラン監督である。キャリアを調べると「ジョンQ」を撮っている人らしい。そしてさらにだ、ジョン・カサヴェテスの息子ということは、母親は名女優ジーナ・ローランズということになる。今回の映画でも老婦人を演じているのがジーナなのである。
いや〜、歳月は人を変えるよね。私の知っているジーナ・ローランズはやはり「グロリア」で主演をはった彼女である。渋くてかっこいい鉄火肌の殺し屋を演じた彼女がこんなにも枯れて。でもいい年のとり方しているというか、相変わらず美しくて。
ニック・カサヴェテスは初監督作品でも母親を主演に迎え入れているという。母親の美しさ、偉大さをきちんと知っているということだな。でも実の母親をきちんと女優として捉えてスクリーンに表出してみせるということは、どういう気分なんだろう。あるいは母親のジーナも息子のメガホンのもとで、女優としてきっちり役を演じきるというのはどういう心理なんだろう。なんかそういう余計なことを考えてしまう部分もあるな。
たぶんカサヴェテス家の家族としての絆には映画というファクターが常にバックボーンとしてあったのだろう。映画を通じて家族が気持ちを通じ合わせるみたいなことが日常的にあったんだろうかね。なんか普通っぽくないようにも思うけど、まあいいか。
映画のネタバレうんぬんでいえば、この映画は一番最初に老人のモノローグから始まる。老人は語る。「私はとるに足らない人間だ。私の人生などすぐに忘れ去れてしまうようなものだ。でもたった一つ私が誇れることは、たった一人の女性を愛し続けたことだ」みたいなことを。考えてみれば一番最初にネタばらしているんだよね、この映画は。そういう作りの映画なわけだ。というわけで技術的にも過不足のない傑作の部類に入る映画だと思いました。
最後に老人を演じたジェームズ・ガーナー。若い頃はにやけたハンサム・ガイだったけど、ずいぶんと様変わりしたな。そしてこんなにも良い役者さんだったかと最敬礼の思いでした。ただね、語られる物語の中の男の子がどちらかというと渋めの物静かな青年として描かれていたので、もっと枯れた感じの老俳優を使ってもいいかなとも思った。ガーナーはこの役には少し二枚目過ぎるというか、粋すぎるというか。どことなく無骨な感じに欠ける部分があったような気もしないでもない。まあちょっとそんな気がするというだけだ。ガーナーに文句つける気はないよ。
この老夫婦を他に誰が演じたら面白いかな。最近だと、例えば老人はクリント・イーストウッドで、夫人はとびきりビッグなエリザヴェス・テーラーとかだとどうだろうかな。ロバート・レッドフォードジェーン・フォンダとかでも。なんかもの凄い超大作になりそうな。
これが30年前くらいだったら、気軽に当時のオールド・ネームを口にできるのだけど。例えばジェイムズ・スチュアートジューン・アリソンウィリアム・ホールデンローレン・バコールなどなど。まあこういうのも映画の面白さだから。