通夜に行く

昨日は旧知の方の通夜に行って来た。数日前に心筋梗塞で急逝されたという。二ヶ月前にまもなく定年引退となるというので、皆でお祝いの酒席を設けた。その時はにこやかに歓談されていたのに。その時の記憶があるので、亡くなられたという報せにも、なにかギャップがありすぎて今ひとつ実感がわいてこない。年の瀬も押し迫っての通夜だったが、業界関係者も多数参席されていた。故人の人柄なんだろうなと思った。
一緒に行った友人とも話したのだけれど、これから我々の世代はこんな風に多くの人を見送る機会が一気に増えていくのだろうと思った。50代の我々にとっては、社会に出た頃に先輩であった方々や遥か上の上司筋であった方々がたいてい70代以降にさしかかる。そうした方々の他、今回のように60過ぎでようやく余生にステップを始めた方も急に亡くなられることもある。さらには運悪く同世代のところでも事故やあるいはガンや脳卒中とかでいきりなりの死が訪れる。サドンデス。
帰りに友人と酒を飲み故人の思い出とかも語り合った。でもいつものようにバカ話に流れていった。今年した旅行のこと、子どもや家族のこと、映画や音楽のことなどなど。
友人とは10時過ぎに別れたのだが、なにか心の中にぽっかり空白ができたようなそんな淋しい気持ちを抱えていた。喪失感っていうやつなんだろう。よせばいいのに鶴ヶ島で下車して江奈に寄った。ジャズを聴かせる店だ。そういえば12月に入ってからは一度も行っていないし挨拶がてら寄るかみたいな気持ちだった。店内はライブが終わったばかりでまるでパーティのような賑やかな雰囲気だった。礼服着ている私だけが完璧に場違いな風体だ。でもかしこまって回りの話を聞くでもなくいつものバーボンをちびちび口に運んだ。
不幸があって通夜に行って来た話しをマスターにすると彼は、「フレディ・ハバートがなくなったのご存知ですか」と聞いてきた。初耳だった。「彼ももう70過ぎなんだろうな、でも淋しいね」と答えた。
大物ジャズトランペット奏者、F・ハバードさん死去 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
 ハバートはとにかくいろいろなセッションにも参加しているしソロ名義でも数多の名盤がある。ハードバップからファンキー、果てはフリージャズまでなんでもござれのテクニシャンだった。でもその死で頭に浮かんだのデビュー作の「オープン・セサミ」とどファンキーにしてジャズ・ロックの走りでもあった「バックラッシュ」の2枚だった。
その後酒の勢いでいろいろバカ話をして1時頃に店を出た。寒かったのでタクシーを呼んでもらった。酔っているのだが、なんとなく頭の中が冷めているような感じが続いた。家に帰ってもしばらく寝付けないままでいた。