50の手習いとしてのヒップホップ

食わず嫌いというのだろうか、ずっと敬遠していたジャンルなのがヒップホップである。単調なリズムと韻を踏むこれまた単調なMC。これは飽きるよ絶対みたいな印象である。ずっとそんな感じである。以前ロックフェスティバルでヒップホップ・グループが何組も出てくるのをテレビで観たことがある。縦のり系の緩めのグルーブ、単調なリズムの中、舞台を歩き回りながらMCが果てしなく語り続けるラップ。その場にいた数万の観客に問いたいような欲求にかられた。「お前等本当にノレルのか、この音楽に」みたいな問いだ。
かといってまったく聞かないわけではない。ヒップホップの先駆者でもあるRun-D.M.C.の「Walk this Way」は出始めた時に注目したし、いまだに愛聴している。それこそ今も我がアイポッドにも入っている。80〜90年代にはヒップホップとかもけっこう取り入れていたレッチリとかもよく聴いていた。国産だってリップスライムとかは時々聴く。カラオケでキック・ザ・カン・クルー の「クリスマス・イブ」とかをオハコにしていたこともある。さすがにあれをやるとこのオヤジ何とち狂って的に引き潮のごとく引かれることが何度かあったけど。
でも所詮ヒップホップは、ラップは、なんていうのだろうメインストリームじゃない、なんていうのだろうサブカルチャーみたいな印象が強かった。ある種の手法としてはありなんだろうけど、アルバム全編通してあれではいくらなんでもしんどいだろうと、まあそういう感じだった。実際何度かアルバム借りてきたことはあるにはあるけど、1枚通して聴くのはしんどかった。
それがなんとなくだけど、これだけ一大ムーブメントであり、ポップ・ミュージックのカテゴリーとして確実に定着しているわけなんだから、食わず嫌いすることなく少し聴いてみようかと思い立った。そんな風にしてご近所のTUTAYAのヒップホップのコーナーをつらつら眺めていると、まるで私のような素人さんが手にとりたいようなジャンル分けがされていた。題してメローヒップホップなるコーナー。アーシーで、真っ黒で、先鋭的かつ攻撃的なヒップホップではなく、ジャズやラテン系のリズムを取り入れた、洗練されたカテゴリーだという。ふむふむそれはそれは興味深いではないかと思い、その中でもジャジー・ヒップホップなるジャンルから1枚を手にとった。ジャジーって何と言われれば、まあ早い話がジャズ風なという意味だけど、主にはジャズの演奏をサンプリング音源にしたヒップホップということらしい。
それで手にとったのがこの1枚である。
SHADES OF BLUE: MADLIB IN
ヒップホップのプロデューサーであるマッドリブがジャズ・レーベル、ブルーノートの公認の元、ブルーノートの様々な音源を元に作り上げたものだという。リミックスされてはいるがなるほどなんとなく良く耳にしたテーマが、フレーズが聴こえてくるではないか。しかもこのアルバムではほとんどMCによるラップはなく、ほぼ全編にわたってサンプリングによる新解釈のブルーノートジャズのコラージュが続くのである。
これはある種の名盤ではないかと思った。そしてこの1枚を創り上げたマッドリブとはいかなる人物なのかと、早速ぐぐってみる。
マッドリブ - Wikipedia
1973年生まれ。35〜6歳というところか。若いね。さぞや才能があるんだろうと率直に思う。そしてこういう才能のベースにはしっかりとジャズ・シーンが根付いているということなんだろうなと思った。
ディスコグラフィーをつらつら眺めても音源がすぐにわかるのは13の「Song for my father」とか15の「Dolphin Dance」とかぐらいである。後は曲名だけだとけっこうつらかったりもするので、全曲の音源がわからないかなとこれもぐぐってみると英語版のWIKIであっさり確認できた。ちょっと長いけどぜんぶ引用してしまおう。
Shades of blue - Wikipedia

 1."Introduction" ? 0:32 
 2."Slim's Return" ? 3:56 
    Originally recorded by Gene Harris & The Three Sounds as "The Book of Slim" 
    Vibes - Ahmad Miller 
    Scratches - DJ Lord Such 
 3."Distant Land" ? 3:58 
    Originally recorded by Donald Byrd as "Distant Land" 
 4."Mystic Bounce" ? 3:56 
    Originally recorded by Ronnie Foster as "Mystice Brew" 
 5."Stormy" ? 3:41 
    Originally recorded by Rueben Wilson 
    Performed by Morgan Adams Quartet Plus Two 
    drums - Otis Jackson Jr. 
    Flute - James King 
    Guitar - Dan Ubick 
    Organ - Morgan Adams III 
    percussion - Derek Holman 
    Piano - Joe McDuphrey 
 6."Blue Note Interlude" ? 0:42 
 7."Please Set Me at Ease" (featuring M.E.D.) ? 5:02 
    Originally recorded by Bobbi Humphrey 
 8."Funky Blue Note" ? 3:07 
    New composition by Otis Jackson Jr. 
    Performed by Morgan Adams Quartet Plus Two 
    Arpstring Ensemble - Derek Holman 
    Bass (Electric Muffle) - Monk Hughes 
    Flute - James King 
    Guitar - Dan Ubick 
    Organ - Morgan Adams III 
    percussion, Drums - Malcom Catto 
 9."Alfred Lion Interlude" ? 0:45 
10."Stepping Into Tomorrow" ? 7:36 
    Originally recorded by Donald Byrd 
11. "Andrew Hill Break" ? 1:06 
    Originally recorded by Andrew Hill as "Illusion" 
12."Montara" ? 5:51 
    Originally recorded by Bobby Hutcherson 
    Scratches - DJ Lord Such 
13."Song for My Father" ? 5:46 
    Originally recorded by Horace Silver 
    Performed by Sound Directions 
    Bass (Acoustic Muffle)- Jeff Jank, Monk Hughes 
    drums - Lefty Houston 
    Flute - James King 
    Guitar - Dan Ubick 
    Organ, keyboards - Joe McDuphrey 
    percussion - Malik Flavors 
14."Footprints" ? 4:58 
    Originally recorded by Wayne Shorter 
    Performed by Yesterday's New Quintet 
    Acoustic Bass - Monk Hughes 
    drums - Joe Chambers , Otis Jackson Jr. 
    Keys - Joe McDuphrey 
    percussion - Malik Flavors 
    Vibes - Ahmad Miller 
15."Peace/Dolphin Dance" ? 5:38 
    Originally recorded by Horace Silver & Herbie Hancock 
    Performed by Joe McDuphrey Experience live 
    Bass - Russel Jenkins 
    drums - Otis Jackson Jr. 
    keyboards - Joe McDuphrey 
16."Outro" ? 0:17 

なかなか渋い選曲である。あとドナルド・バードに対する趣向性とかもあるのかななどとも思う。しかし飽きのこないアルバムである。そこで思ったのだが、この手のジャジー・ヒップホップ、メロー系ヒップホップは、今日的にはきわめて秀逸なイージー・リスニング・ミュージックなのではないかということだ。単調な打ち込み系のリズム。サンプリングされる美しいメロディーライン。抑揚のあるラップ。これらはBGMとしてきわめて有効なのである。
有能なBGMに必要なのは聴き手を引き込んだり、聴き手がしている何か(作業であったり、読書であったり)をとどめることがない凡庸さである。ようはあまり聴き手の注意を引かないということだ。もちろんその凡庸さとは本来的なものではない。もっぱらは聴き手の関心の度合いにもよる。私などはふだん例えばこうしてPCを前にしてオーディオから音を流すときはたいていはジャズ、それも当たり障りの少ないものやあるいはクラシック系である。モーツァルトのコンチェルトとかベートーベンのシンフォニー、あるいはラフマニノフだの、ドビッシーだの。名曲かつ名演奏も、私のような凡庸な人間には、凡庸なBGMとなるのである。そういう意味では良質なBGM、イージー・リスニング・ミュージックとはもっぱら聴き手の凡庸さと趣向性に依拠しているのかもしれないななどとも思うわけだ。
さらに思う。ヒップホップが多用するサンプリングなる手法はクラシック・ミュージシャンが過去の名曲を作曲者の意図通りに、譜面通りに演奏しながら、そこにそれぞれの解釈を付加していくことと近接しているのではないか。あるいは過去の名曲を新しいアレンジで再構成するのと似ているとさえ思う。
今回もいろいろぐぐって学習してみている。
サンプリング - Wikipedia

サンプリングとは過去の曲や音源の一部を引用し、再構築して、新たな楽曲を製作する音楽製作・表現技法のひとつ、または実際の楽器音や自然の音をサンプラーで録音し、楽曲の中に組み入れることである。

引用しつつ再構築するというこの手法はきわめて現代的でありつつ、人間の創造性の有り様としてはきわめてオーソドックスなものではないかとも思う。音楽一つとっても、音の組み合わせにはある種の限界があると思う。その中で苦闘の末にオリジナリティと新しい可能性を生み出す。芸術家たちはそのために想像もできないような格闘を続けているのだろう。それでいて出来上がった作品には、誰それの影響があるとか言われてしまう。音楽でいえば必ずどこかで聴いたことがあるようなフレーズだの、誰それの使ったコード進行だのと言われるのだ。
そうであるならば、予め先人の作品をモチーフにしたり、引用して、それを再構成、再構築するという手法が確立しても良いはずなのである。それがサンプリングなのだと思う。それを可能にしたのは、二十世紀後半以降により音響技術、録音技術が大衆化されてきたことに依拠しているのだろうとも思うわけだ。
「総ての芸術作品は先人の引用である」とは誰かの残した言葉かもしれない。あるいはその芸術作品の部分を文化と言い換えてもかまわないだろう。それは音楽だけでなく、文学、絵画、建築など様々な分野ですでに実践されているとは思うけど、音楽においてはヒップホップの隆盛とともに確実に一つの表現手法として確立しているのではないかと思う。
にわかヒップホップ聴きの一人として、オヤジの背伸び的当てずっぽうとして、なにやら勘違いの戯言かもしれないのだけど、そんなことを思いつつ聴き始めている。実は昨日も5枚ほどわけもわからず借り出してきた。ちなみにいろいろなサイトを眺めてもいるとこういう入門者向けの解説とかもあったりもするのである。
http://jms.oops.jp/blog/archives/000725.html
まあ参考にしつついろいろ聴いてみようかとも思っている。年寄りの冷や水と笑わば笑えと。とりあえず基本、音楽が好きなだけなのだから。