ガソリン高騰〜物価のこととか

昨日、久々にガソリンをいれる。日光旅行に行った帰りにいれて以来だから、ほぼ一ヶ月ぶりである。これだけガソリン価格が高騰しているとなると、やっぱり出かけるのを控えるようになるわけで、土日に近所に買い物いく以外は車使っていない。さらに出来るだけエコ運転を心がけているので、ここんところはずっと9キロ台をキープしている。
一ヶ月ぶりにいれたのは38リッター。リッター178円だから実に6764円にもなるのだ。つい最近まで160円前後だったからすでに20円近く上昇している。あの4月の暫定税率廃止によって一時的に大幅にガソリン価格が下がった時のことを覚えているだろうか。確か125円前後まで下がったはずだ。わずか三ヶ月で50円以上の値上がりである。これはどういうことだ。政治が悪いのか、社会が悪いのか。それとも自己責任的に我々が悪いのか。あるいは市場社会の宿命論的な問題なのか。
ガソリン以外にもいろいろなものがどんどん値上げされている。昨日気がついたのだが、いつも行くベルクで納豆の価格とかもきちんと上がってたりもする。よく買うトップバリューの納豆はいつもどおり3パック78円だったのだが、よくみると1パック当たり45gになってやがんの。トップバリューの納豆は1パック50gで3パック78円が魅力だったのに。こういうのはソフトな値上げとでもいうのだろうか。ちょっと詐欺っぽい匂いもするけど。
それにしてもみんなこの値上げ値上げに対して怒りとかそういうものはないのだろうかと、ふと思うのだ。それとも格差社会だのなんだのといいながらも、けっこう皆さん潤っていらっしゃる勝ち組が大多数ということなのか。怒りの矛先を政治に向けるでもなく、みんな鬱々と、あるいはぶつぶつと小声で文句言っているのみのようだ。
翻ってお隣の国、韓国では米国産牛肉の輸入に端を発した大掛かりな反政府デモが起こっている。
http://mainichi.jp/select/world/news/20080707ddm007030149000c.html
日本のメディア、特に日経などは度重なるデモが海外からの韓国不信を助長するとか韓国の後進性の表れでもあるかのように論じているという。
中央日報日本語版 エラー
本当にそうだろうか。米国産の牛肉の安全性に対する不信から、政府の対応に対して異議を申し立てる韓国市民社会と度重なる値上げに対しても何の有効な施策を行えない政府に対して何の抗議の声すらあげない日本社会、どちらが市民社会のあり方として、あるいは民主主義の成熟したありようであるのか。
韓国のようなまだまだ政治の季節が普遍化した社会よりも政治的アパシーが蔓延し、社会への異議申し立てや社会変革に対する情熱をすっかりなくして、日常生活に埋没しているかのような日本社会、いったいどちらが健全な姿なんだろうと思う。
より民主主義が成熟しているヨーロッパではというと、確かフランスでも2〜3年前にも暴動があったということなども記憶している。暴動は行き過ぎかもしれないが、デモによる異議申し立てはけっこう普通にあるのではないかと思う。それにひきかえ日本である。日本の政治の季節はおそらく60年安保をピークに70年代前後の学生運動以後はほとんど終息してしまっている。国民的な運動としての政府への異議申し立てなどほとんど行われていないような気がする。
それでも70年代には狂乱物価になれば保守党は選挙で票を減らすということもあるにはあった。しかし現在の政治はどうか、小泉郵政選挙で勝ち取った過半数議席を少しでも長く維持することだけを目的に何もしない、できない政権が長く続いている。一方の反対党も対抗軸をきちんと打ち出していない。現在の物価高騰に対する施策は、あるいは今後予想される景気の落ち込みに対してなにをどうしようとというのかが、ほとんど見えてこない状況だ。それでも国民は羊のようにもぐもぐと黙って頭を垂れているだけのようだ。物価上昇もガソリン高騰もようは自己責任。ようはガソリンが200円になろうが、250円になろうが勝ち組になっていればさして影響もなし。貧乏人=負け組みが遠吠えあげているだけだろうということか。もしくはいずれ市場社会が理性的にソフトランディングさせてくれるから、心配しないでねということか。
政治に対して、社会に対して異議申し立てができない日本の市民社会は、実は先進的でもなんでもない。これはこの国の民主主義が原初から抱えている後進性なのではないかと感じることがある。民主主義は市民社会の形成過程で絶対権力に対して自らの自由、権力を不断の闘争によって勝ち取ってきたわけなんだが、日本にはそういう部分が実はない。たいていの場合上から与えられるままにそれを享受してきたわけだ。明治維新は、別に市民革命の性格帯びていない、単なる徳川政権から薩長政権へと移行した権力闘争だっただけだし、戦後の民主主義は敗戦でアメリカから付与されただけ。ようは民主主義が実は根ざしていないのだよ。だからこそ戦後60年も経過しているのに一度も選挙による政権交代が成されていない異例の民主主義国家なわけだ(一回、片山政権とかってあったかもしれないか)。
そこへ行くと韓国には長き渡る日本の植民地支配での抵抗運動の歴史もある。戦後には学生運動に端を発した反政府運動によって李承晩独裁政権を倒すみたいなこともあった。政治に対して異議申し立てを行う伝統が(それは民主主義の原則の一つだと思うのだけど)根付いているのではないかと思うわけだ。
政府の失政に対して市民が声をあげる国となにも言わず、ぶつぶつと愚痴ばかりこぼしている国のいずれに成熟した市民社会があるのか一度考えてみるのもいいかもしれないな。
でもガソリン高騰はマジでまずくないか。ガソリンは世界規模で値上がりしている。それって日本の基幹産業である自動車産業にもろに影響してくるぞ。国内でも市民生活に直結しているし、ガソリン値上げは物流にも即効影響してくる。物価上昇をさらに大きなものにしていくわけだよな。やっぱり暫定税率は暫定的に廃止継続すべきだったんじゃないかな。景気対策としては即効性があったはずなんだよ。
目先の歳入欠陥にばかり頭がいっていて、経済政策がまったくたっていないのではないか。財政の問題についていえば、目先の微細なことをあげつらうわけではないが、居酒屋タクシーではないけど、まだまだムダがいろいろあるのよ。民間企業だって二つある蛍光灯を一つ消したりとか、ミスコピーしたコピー用紙の裏返しで使ったりとかしている。それで金が浮くわけじゃないけど、会社の士気、コストカットのための社員の意識を高めるためにやるわけだ。行政や立法にも歳出カットのための工夫とかがあってもいいはずだと思う。
とにかく景気対策、物価対策を今手打たないとけっこうひどいインフレになる可能性もある。いや不景気でも物価が上がっていくスタグフレーションになる可能性のほうが高いようにも思う。日銀総裁もそんなこと言っていなかった。
ガソリン高騰の後にはひどくハードな明日が待っていそうな気がしてならないのだけど。