「靖国 YASUKUNI」とタクシー殺人事件を巡るグタグタ

中国人映画監督リインが撮ったドキュメンタリー映画の上映が相次いで中止されている。右翼の抗議を恐れてのことだという。そのへんのことが昨日の朝日の朝刊2面「時時刻刻」でとりあげられていた。

靖国」上映すくむ空気
中国人監督が撮ったドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」を上映するかどうか、映画界に混乱が広がる。4月封切りのはずだった東京と大阪の5館が上映中止を決める一方、独立系の単館はあえて上映すると決めたところも。監督は上映中止の広がりに落胆している。

さらにこの記事では上映中止を求めている人々、いわゆる右翼系の人々にも取材している。

訪問・ブログで抗議活動
どんな人たちが上映中止に追い込もうとしているのか。
ある政治団体に属する愛知県岡崎市の杉田謙一さんは2日、名古屋シネマテークを訪れ、近くの喫茶店に移って、同館側に上映を中止するよう申し入れた。
映画に公的補助が出たことなどを問題視。「日本人の心の琴線にふれる問題で、軽々しくされると困る」と約2時間訴えたという。
同館は、5月の上映に向け日程調整中だったが、上映を先送りする方針という。
東京都内を中心に活動する右翼団体の40代幹部は、この週末、5月以降の上映を名言した大阪の映画館「第七芸術劇場」に街宣活動に行く予定だと話す。「表現の自由と言われても、許せないものはある。映画館だって、それでいいと思えば断固上映すればいいわけだよ」
映画は見ていない。だが、報道などを通じて内容は「反日的」と感じている。「上映させた上で議論するという意見もあるだろうが、上映させたらいかんわけだよ」
ネットの掲示板では、映画への抗議を依頼する書き込みが見られる。東京都内に住む男性(30)は自身のブログに3日、「抗議電話を入れて、上映をつぶそう」と書き込んだ。「映画は内容が中立ではない。公開されて人が見たら反靖国派が増えると危機感を覚えた」と取材に応じた。
男性が「(上映への)圧力になると思って始めた」ブログは3月25日に開設したばかりだが、すでに閲覧数は2万件を超えた。27日には映画館や配給会社の連絡先を「抗議先一覧」として掲載。4、5人の読者から「電話した」と連絡があった。そんな電話抗議は、「電話突撃」「電凸」などと呼ばれる。
男性は自分を「草の根保守」と表現する。靖国神社には100回以上通った。映画はまだ見ていないが、「真偽が不確かな南京事件の写真が使われている」と聞き、問題だと思ったという。
国会議員向けの異例の試写会が開かれ、その後上映中止が相次いだことについては「議員には責任はまったくない」と話し、都内の映画館が上映中止したことは「(全部ではないが)僕たちの影響だと思っている」と語る。
「抗議をする自由もあるし、抗議を受け付けない自由もある。言論の自由と思っています」

なんとなく、なんとなくだけど最近のネット右翼とかと共通するものがあるのかなとも思うのだが、自称「草の根保守」といわれるこの人たちの匿名性及び匿名による抗議という行動パターンだ。そしてその匿名の抗議によって、よりいっそうの混乱を恐れて萎縮してしまう劇場側の姿勢。
しかし、この映画に反対する人々が口々にいう「映画は見ていない」「報道を通じて反日的と感じる」「南京事件の写真が使われていると聞き問題だと思った」という伝聞にもとずく推定という立場だ。実際に観たうえで反日的という印象を受けての抗議ではないのだ。
そういう意味では国会議員向けの試写会は、この映画がいかにも反日的であるというイメージを植えつけるうえできわめて効果的だったのだと思う。試写会の発案者にしてこの映画に文化庁からの助成金が出たことを問題視した自民党議員の思惑は見事にはまったという感じなんだろうなと思う。
しかし人々が実際に観て判断する機会を消し去る上映中止のための抗議行動は、やっぱり表現の自由に反する行為だと思う部分もある。映画の内容を批判することと上映中止を求めることは別ではないかと思うからだ。あえて右翼とはいわない。全体主義的傾向のある人々がとる典型的な抗議行動なんだろうなということだ。社会主義国家とかでも官製共産党はこの手の方法を駆使して人々の体制批判や自由な表現活動を封じてきたのだろう。
内容に対する批判の自由、抗議する自由はまさしく言論の自由だ。しかし相手の言論を封殺してしまう上映中止を求める行動は言論の自由ではない。しかもその手段が匿名による電話抗議といった卑劣なゲリラ戦術だとしたら尚更のことだ。こういうのは日本男児のやることじゃないと思う。
昔々講談社という出版社がある宗教団体から抗議行動を集中して受けたことがあった。写真雑誌とかで宗教団体の教祖を批判したためだという。その時の抗議の一つに匿名の永久FAX攻撃というのがあった。A4用紙数枚に稚拙な批判文を表記して輪状態にしてFAX送信をするというものだ。受信側のFAXには延々批判文が受信され続ける。明らかな業務妨害だったのだ。これは講談社の人に聞いた話だったと記憶している。
とそんなことを思い出しながら朝日の一面を見やると横須賀のタクシー殺人事件の容疑者として米兵が逮捕された記事がデカデカと載っていた。

神奈川県横須賀市のタクシー運転手殺害事件で、県警は3日、米海軍横須賀基地所属のナイジェリア国籍の1等水兵オラットゥンボウスン・ウグボグ容疑者(22)を強盗殺人の疑いで逮捕した。ウグボグ容疑者は「事実に間違いありません」と事実関係を認めているという

タクシーの中でウグボグ容疑者のクレジットカードが見つかったということが報道されていたから多分そうなのかなとも思っていたのだが案の定というか、やっぱりなというか。まあそういう感想だ。
なぜナイジェリア国籍の米兵なんだという疑問もあるにはあるのだが、これはここんとこ読んでいる岩波新書『ルポ貧困大国アメリカ』のせいで簡単に謎解きができた。9.11以降の準戦時下にあるアメリカでは兵員増強のために様々な施策を行っているのだが、兵士不足のため市民権獲得と引き換えに不法移民を兵員にどんどん組み込んでいるのだという。

2007年1月、アメリカ政府は新しい移民法を打ち出した。名前は「夢の法律2007」(Dream Act 2007)。2002年の移民法をさらに改正した内容で、それまでは入隊と引き換えに市民権取得の手続きを始められるのは合法な移民に限られていたが、これからはビザを持っていない不法移民にもそのチャンスが与えられるというものだ。(P109)

この移民法により貧しい不法移民たちが軍隊に入ってきている。貧しい母国からアメリカにやってきても市民権を取得できない移民たちは、劣悪にして最低限の仕事しか用意されていない彼らは、格差大国アメリカでもっとも底辺にある存在なわけだ。そんな彼らが入隊して派遣されるのはたいていイラクなのだという。
タクシー運転手を殺害した容疑者、ウグボグもおそらくアメリカでも最底辺にいる若者の一人だったのではないかと想像する。
とはいえアメリカ駐留軍の兵士による犯罪である。何の非もない善良なタクシー運転手の命が奪われたのだ。これはつい先だって沖縄での米兵による女子中学生への暴行事件と同様に許すことが出来ないものだ。
ふだんあまり意識しないのだけど、こういう事件が起きると私なんかもにわかに民族主義者的な感情がふつふつとしてくる。早い話が「ヤンキー・ゴー・ホーム」というか「攘夷主義」というか、まあそういう感情だ。いくら日米安保条約が日本の国益にとって最重要なものだとしても、中学生の女の子が陵辱されるのを、善良な市民が何の非もなく殺されるのを、国益優先で目をつぶるわけにはいかないのではないかと、まあガラにもなくそんなことを考えるわけだ。
しかし映画に対する批判・抗議はあっても米軍に対して抗議の声が保守、右翼陣営からほとんどあがってこないのはどういうことなんだろうと思う。民族主義者なんだろう、日本人なんだろう、同じ日本人のタクシー運転手が殺されたんだぞ、日本人の女の子、それも子どもが乱暴されたんだぞ、なぜそれに腹をたてない。なぜ米軍に抗議の声をあげない、と苦々しく思う。映画館に匿名電話するより先にやることがあるんじゃないのと思う今日この頃なのである。