年末の物故(社)!?草思社

あの草思社民事再生法適用にという。平たくいえば倒産ということなんだろう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080109-00000105-mai-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080111-00000002-ykf-ent
いや〜、びっくりしたな。草思社といえば本好きからも、業界人からもとりあえず一目おかれるような出版社だったから。単行本中心の出版社で年に数冊は中ヒットがあり、数年に一度は必ずベストセラーを出す出版社。出版営業やっている頃、本好きな営業仲間や本屋と酒を飲むと、どんな出版やりたいという話になると必ずこの出版社の名があがったもんだ。「そうだな〜、草思社とか晶文社みたいな版元やりたいな」
経営悪化の原因としては単行本中心の出版であるとか、ベストセラー頼みになっていたため、ここ数年スマッシュ・ヒットがなく有利子負債が嵩んだとか。それとは別に業界の噂的には関連会社の別事業が足ひっぱったとか、まあいろいろまことしやかにでてくるもんだ。ウィキで調べたりすると創業者の加瀬さんは別にアパレルの会社やったりもしてるんだな。これは知らなかった。
個人的な思い入れとしていえば、実はこの会社一度受けているんだよな。30代のどこかで草思社中途採用募集に応じて試験を受けた。たしか社長面接までいって落ちた。社屋は千駄ヶ谷だったかな、なにか原宿近辺だったように思う。おしゃれな会社だなというのが感想だったかな。試験の後で代々木公園を一人でぶらぶらした記憶がある。それから、その当時つきあっていた20くらいの彼女を呼び出して渋谷でデートしたような、なんかつまらないことばかり妙に覚えているなあ。
歴史にIfなんてありゃしないのだろうけど、もしあの時草思社入っていたらどうなっていたのだろう。好きな版元だったし当然頑張って仕事したんだろうなとも思う。そして今路頭に迷っているわけか。人生なにがあるかわからんもんだよな。
草思社とはもう一つだけシンクロしたことがあるな。これはまだ10年も経たないことだけど、確か丸善がオーダーメイドで作っていた版元向けの販売管理ソフトを汎用性のあるパッケージとして出版社向けに販売するための説明会を飯田橋のホテルをおこなったときのことだ。会社からのぞいてこいといわれて説明会に行ったのだが、その時にメインで説明していたのが実は丸善ではなく、草思社の営業部長と業務部長だった。なんでもこのソフトは草思社で導入した丸善のパッケージを元にして作成したのだという。前面に出て説明している業務部長というのが、若そうなおねーさん(いっても30代半ばくらいだったか)だったのでちょっとびっくりしたものだ。
会社からちょっとのぞいてこいというのには、もう一つの側面があり丸善のオーダーメイドパッケージは相当以前から使っていたので、実はぱくられていないかも探ってこいと半分冗談めかして言われていたのだ。草思社で導入されたというソフトはというと、サーバーを使用しないPCレベルのパッケージで中小出版社向けシステムだなというのが説明受けたときの感想だったし、それをそのまま翌日会社に報告した記憶がある。
そういえば草思社の売り上げは、最盛期の97年には約32億円だったが、07年は13億6000万円にまで落ち込んでいたという。この売り上げをみて最初に思ったのは、なんだたいしたことなかったんだねということ。
以前いた出版社で、入社1年目の売り上げが8億だったのを、翌年13億までもっていったことがある。時流に乗ったせいもあるのだけど、我ながらよくやったものだと思う。途中からそれこそ週に一度は徹夜で会社泊まりこみみたいな羽目になったりもするくらい働いたしもうかった。営業責任者として入社したからそれこそいろんなことやらされたし、たくさんの経験もできた。その時よくこれだけ数字あがっているのだからと取次の仕入担当者といろいろ条件交渉もした。そういう時にけっこう草思社とかの名前があがったものだ。取次担当者曰く、「草思社のような売り上げも大きく、良書をだしている出版社のようになってくれば、おのずと条件も違ってくるものだ」と。その頃は初心だったから、けっこうはいはい聞いていたけど、今思うとなにふざけたこと言っているんだよみたいな感じだね。
草思社はおそらく取次出し正味は70掛け前後。歩戻しとかもなく、たぶん新刊内払いとかも50前後あったんじゃないかな。それでいてピークの売り上げでも32億くらいだったんだ。歴史のある版元、70年以前に取次と口座をもった版元が条件面で厚遇されていたから、このへんの条件もたぶん遠からずというところだと思う。同じことを新進の出版社がやろうとしても取引条件がぜんぜん違うのだ。そういう意味では出版業界というのはきわめて格差が存在するところだったな〜と思う。
それで売り上げ伸ばした出版社の話だが、翌年すぐに辞めた。売上げ13億を達成したのに、翌年社長から30億の予算を作れといわれてけつまくった。予算的には普通に作って17〜18億、嘘八百並べても23〜25億が限界だった。どんなにしても30億はあかん、玉がありません。これまで年間5000〜8000冊後しか出ない本をすべて5万冊見当で売らないといかんわけで、これは無理と言ったのだが、とち狂った社長さんは、「まだまだこんな企画もあります」、「私の企画が売れないというのですか」みたいな感じで取り付くしまなしだった。
結局辞めてから2年くらいでその会社、経営破綻してその社長さん(創業者)も追われてしまった。ちなみに30億の予算の件だけど、その年の売上げは17億だったとか。
話は脱線だけど、その頃の私からすると草思社の売上げは50億くらいはあるようなイメージだった。取次や書店の受けもいいし、新刊はたいてい一番良いところに置かれていた。良書を出していて売上げもそこそこ良いところまでいっていて、みたいな理想的な出版社像の一つとしてとらえていた部分もあった。でもピーク時でも30億くらいというと、な〜んだたいしたことないじゃんと、今にしていえば思うところだ。「草思社のようなああいう出版社を目指すといいよ」と訳知り顔におっしゃってくれたえらそうな取次の仕入窓口は、今ではかな〜り偉くなられたようだけど。
なんにしろ草思社の経営破綻は、いろいろな意味で現在の出版業界の不況の象徴的事象として語られそうだ。それとは別にあの草思社が、あの草思社でさえ、みたいな感じで強いショックを与える事件だとも思う。民事再生法適用で、すでに支援企業もいくつかあるということだから、経営再建もなされるのだとは思う。正直頑張って欲しいところだが、草思社新社とか新草思社という名前になるのかと思うと、やはり寂しいね。