妻の会社へ

国際医療センターで診察を受けた。それから新宿の高島屋で昼食をとり、地下街で会社へ持っていく菓子折りを購入。そう、久々東京へ出てきたのでついでに妻の会社に挨拶に行こうとは前から思っていた。発症したのが一昨年の11月だからすでに1年7ケ月が経過している。妻の会社への復帰がうまくいくかどうかはわからないけれど、いずれにしろ一度顔を出しておくべきだし、退院してから一年以上経過していることを考えると遅すぎるくらいだ。
新宿からは30分程度で着いたのだが(今回はほんとうに道路がどこもスムーズに流れている)、会社周辺で車止めるところがない。どうにか共立女子大前のコインパーキングにつっこみ車椅子を出して妻を乗せていった。ちょうど会社はフロア間での引っ越しがあったとかでとてもバタバタとしていた。会社側からすれば来るのなら別の日にということだっただろうが、まあこっちにも都合もあることだし、とにかく短時間顔見世みたいなつもりだった。
応接室で妻の直属の上司と会い、それから同僚たちが数人会いに来てくれた。引越しのバタバタもあり、より上級の上司とかは誰もこない。総務の人間もこない。まあ病気で長期休業中の女性社員の扱いなどこんな程度なのだろうなとも思う。自分が逆の立場でもたぶんそんな感じだろうとも思うもの。
妻は同僚たちに囲まれて楽しそうに話していたが、私はジャスト1時間で今日はこのへんでと話を打ち切らせた。妻はもちろん、同僚たちも名残惜しそうにしていたけど、時間は5時少し前、娘が家で一人留守番していること、娘の夕食の準備とかもあると少し話すとみんな納得してくれた。
帰りはすぐに高速に乗り、これもほとんど渋滞もなくスムーズで7時少し前には家に帰り着いた。すぐに夕食の支度をして、8時半頃には家族三人できちんとした夕食を食べた。
妻の会社を出てからはずっと、この次に妻の会社へ行くときは、妻の復職の有無についての現実的かつ事務的な話をするためになるのだろうなと考えていた。それを思うと話が事務的であればあるほど気が重くなる。妻の状態を思うと毎日の通勤の可能性は極端に低いものに思われてしまう。そのうえで会社に妻を受け入れるような余地があるのだろうかとも思う。
帰り際にふと妻の飲んだ冷茶のコップがコースターの上ではなく応テーブルの上に直に置かれていたのを思い出した。私と妻の上司のコップを当たり前のようにコースターの上にあるのに。注意障害という言葉が自然と浮かんできて、ふいに口からつぶやかれた。