グレゴリー・ペックのこと

一週間経過して『マッカーサー』の感想の続き。
グレゴリー・ペックのことについて。バイオグラフィーは以下に詳しいかな。
グレゴリー・ペック - Wikipedia
ハリウッド黄金時代のナイス・ガイである。長身の二枚目スター。大根役者といわれることもあったという。たしかに『白い恐怖』なんかはただのデクっぽいところもあった。まあほとんど初主演作であり、相手役がバーグマンで、監督がヒチコックなのだからなどとも思う。
とはいえ私にとってペックは、ヘンリー・フォンダ、ジェームス・スチュアート等と同じようにとりわけ感情移入できるハリウッド・スター、いわゆる映画男優だったわけ。さらにいえば私にとってペックは、ジョー・ブラッドレーそのものでもある。そう、あの『ローマの休日』の新聞記者役である。ヨーロッパに流れてきたやくざな新聞記者。スクープのために近づいた失踪中の王女に淡い恋心と友情を抱くナイスガイ。ブラッドレー=ペックはある意味では理想的な好漢ヤンキーを体現した姿といえる。
ラストの王女の記者会見が終了した後で一人会見場の宮殿を去って行く彼の姿には男の哀愁と粋がりが漂っていた。それでいてどことなく未練気に後ろを振り向いてしまう。素晴らしいラストだったな。
ローマの休日』は私の大好きな映画、それこそベストワンの一つでもあるから、愛らしいヘップバーンのことを含めて語っても語り尽くせない。映画の周辺情報としても赤狩りでハリウッドを追われていたドルトン・トランボがイアン・ハンターの名を借りて発表した脚本だとか、そもそもはフランク・キャプラケーリー・グラントエリザベス・テイラー主演で企画したとか楽しい話題もつきない映画だ。たしかにモダンなおとぎ話という意味ではキャプラが得意とする範疇。グラント、テイラーでのこの映画もきっと面白かったかもしれない。
 『ローマの休日』公開当時の1953年、1929年生まれのヘップバーンは24歳。テイラーは1932年生まれだからまだ21歳。ヘップバーンも新人としてこの時期にしかだせない可憐さが全開だけど、子役からのキャリアからいえばすでに大スターであったテイラーもたぶん一番綺麗な時期だった。映画に関するイフというのも楽しみの一つであるということ。
話がそれた。グレゴリー・ペックについてである。好漢、ナイスガイ、ペックの代名詞がアメリカ本国ではジョー・ブラッドレーではないことは知ってはいた。アメリカではペックといえばアティカス・フィンチなのである。そう、『アラバマ物語』での理知的な弁護士。偏見に満ち溢れた南部の田舎町で無実の黒人の弁護を行う、男やもめの誠実な弁護士。地味なこの映画はアメリカでヒットし、ペック自身も念願のオスカーを受賞した代表作だ。
というわけでこの映画を久々DVDで観てみた。コスミックのワンコインDVDで最初に購入したのがこれだった。
アラバマ物語 [DVD]
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http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/cinema/alabama.html
何度観てもいい映画である。子どもの目を通して描かれる1930年代のディープ・サウスが舞台。ややミステリアスな雰囲気とどことなく漂うノスタルジックで抒情的な印象。グレゴレー・ペックも押さえた控えめな演技がすばらしい。さらにいえばこの映画はアティカスの二人の子どもの目を通して全編描かれていくのだが、その二人の演技もまたすばらしい。
上にリンクした二つのサイトではいろいろと参考にさせてもらったが、子役のうちの女の子の役をやっているメリー・バダム。なんとなくシャーリー・マクレーンをそのまま小さな女の子してしまったような感じの子だが、この子がとてもいい。ほとんど芸歴としてはこの映画だけで終わっているようだけど、この子の弟が後に「サタディー・ナイト・フィーバー」とかを撮ることになるジョン・バダムなんだとか。
他にもこの映画でアティカス・フィンチの二人の子どもジェムとスカウトの友だちで夏だけおばさんの家にやってくる、ややひ弱な印象の男の子ディルのモデルがあの有名なトルーマン・カポーティであるというのも今回初めて知った。この映画の原作「ものまね鳥を殺すには」はハーバー・リーの自伝的な作品なんだそうだが、ハーバー・リーは少年時代のカポーティと友だち同士だったのだとか。複雑な家庭環境に育った複雑な少年、いわれてみればなんとなくカポーティを想起させるような、ないような。
他にもいろいろ気がついたこと。監督のロバート・マリガンはその後、これも私の大好きな映画である『思い出の夏〜The summer of '42』を撮ることになる。今となっては感動できるかどうか今ひとつ自信がなく、DVDを観ることができないでいる映画の一つなんだけど。
2003年にアメリカ映画協会が発表した「最も偉大な映画のヒーロー」では、インディ・ジョーンズなどの人気ヒーローを抑えてアティカス・フィンチが第1位に選出されたのだという。
http://www.afi.com/100years/handv.aspx
このベスト50についていえば、いろいろと語りたいものがある。人気ヒーローでの選出なのになぜベスト50の中にたった一人ルースター・コグハーンだけしかランクインしていないのだ。しかも36位、エリン・ブロコビッチジュリア・ロバーツノーマ・レイサリー・フィールドの後塵を拝さなくてはならないのか。リンゴ・キッドは、ショーン・ソントンは、ダンスン、ネーサン・ブリトルズは、イーサンは、ジョン・T・チャンスはどうなってしまったのか。俳優のベストならいざ知らず、人気ヒーローのベストで彼等が入ってこないのはちょっとな〜と首をかしげざるを得ない。いわずとしれたアメリカン・ヒーロージョン・ウェインのこと。少なくともベスト10に二人は入っていていいと思うけれどな〜。少なくとも女々しいリック・ブレインなんかよりはチャンスの方がよっぽどヒーローだと思うのだが。
まあこういうベストもの、人気投票ものは常に様々な角度、立場からの批判があるわけで、だからどうしたということではぜんぜんない。ある時代のある種の雰囲気の中でという限定のもとで見ていかなくてはならないということはいうまでものではある。それにしても2003年の選出という21世紀からの視点はずいぶんと女々しくもあり、マッチョなヒーローは少なくなっているのだなとは思った。
それにしても一位がアティカス・フィンチであるということには驚きを感じる。それだけこの田舎町の弁護士が愛される、理想的なアメリカ人的なヒーロー像なのだろう。周囲の偏見に惑わされることもなく、理性的で非暴力を貫いていく。良き父親であり、誰からも尊敬される名もなき町の名士。アティカス・フィンチとグレゴリー・ペックは見事なまでに結びついているのだろう。
1989年にグレゴリー・ペックアメリカ映画協会から生涯功労賞を授与されている。その模様をテレビで観た記憶がある。この生涯功労賞の授賞式はショー・アップされていて毎年テレビ放映(確か12チャンネルで放映されていたっけ)されていたように記憶している。ヒッチコック、アステア、ジミー・ステュアートなんかをよく覚えているな。AFIのサイトには歴代の功労賞受賞者とその番組を制作放映したテレビ局のリストがある。
https://www.afi.com/afis-100-years-100-heroes-villians/
記憶ではジョン・ウェインオードリー・ヘップバーンも受賞していたような気がするのだが、受賞者リストにはない。たぶん特別ゲストとして誰かの受賞を祝うスピーチをしてスタンディング・オベーションで迎えられたのだろうか。ジョン・ウェインだとすると、たぶん第一回のジョン・フォードか。オードリーはたぶんビリー・ワイルダーあたりだったのかもしれん。
話は脱線につぐ脱線だが、このAFIのサイトは思いのほか遊べる楽しい内容だ。そして、グレゴリー・ペックの授賞式、最後にペックに贈ったゲスト・スピーチの締めくくりの言葉がこうだったような記憶なのだが。そして客席にいる多彩な関係者、スター達も口々にこう言っていたように思う。
「グッド・ナイト アティカス」
そうアテイカス・フィンチ=グレゴリー・ペックは本当に皆から愛されるスターだったのだ。