ロングテール現象(『ウェブ進化論』2)

ウェブ進化論』について感想を続ける。まずこのロングテール現象はこれまでのビジネスモデルを逆転させる概念を含んでいるうえ、本を例にとって説明されているところが長く本の世界で仕事をしている自分にとっても興味深かった。それではロングテール現象とはなにかといことを長くなるけど本文から引用してみる。

ロングテールとは何か。本という商品を例にとって考えてみよう。2004年のにほんのベストセラーを例に、一年間にどんな本がどれだけ売れたのかを示す棒グラフを作ってみる。縦軸に売れた部数を取り、横軸には左から第一位『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』、第二位『世界の中心で、愛をさけぶ』、第三位『バカの壁』・・・・・と売れた順に一冊ごとに棒グラフを連ねていくことにしよう。横軸には「一冊あたり五ミリ」、縦軸には「1000部あたり五ミリ」でグラフを書くと、本の売れ方の全体像はどんな形状になるだろうか。
縦軸は「1000部で五ミリ」だから「200万部で10メートル」になる。第一位の販売部数はそれを軽く突破する。でも第10くらいになると販売部数は一桁少なくなるから、グラフ左端の形状は10メートル以上の高さから急降下した形になる。ではこのグラフをどんどん右に向かって書いていくとどうなるか。あるところからは、売れる部数の少ない本が延々と並ぶことになる。日本での年間出版点数は約七万点なので、三年分並べると二十万位の本は、売れていてもせいぜい一冊であろう。一冊の棒グラフの高さは「1000部で五ミリ」だから五ミクロン、よって横一キロにわたって伸びたグラフ全体は、高さ10メートルから急降下して、あるところから地面すれすれを這う。そして一キロ先では五ミクロンの高さになるまでなだらかに下っていく形状になる。体高10メートル以上で1キロメートル以上のロングテールを持った恐竜。それを横から見たシルエットのようだ。(P99)

本の流通の関係者といえば、インターネットが登場するまでは、出版社と流通業者と書店であった。皆、店舗や倉庫や在庫といった大きな固定費を抱えるから、ある程度以上売れる本、つまり「恐竜の首」(グラフの左側)で収益を稼ぎ、ロングテール(延々と続くグラフの右側)の損失を補うという事業モデルで長いことやってきた。
2004年秋にロングテール論が脚光を浴びたのは、ネット書店がこの構造を根本から変えてしまったという問題提起があったからだ。提唱者は米ワイヤード誌編集長のクリス・アンダーソン氏。米国のリアル書店チェーンの「バーンズ・アンド・ノーブル」が持っている在庫は13万タイトル(ランキング上位13万位までに入る本)だが、アマゾン・コムは全売上の半分以上を13万位以降の本から上げていると発表したのである。高さ1ミリ以下で10キロ近く続くグラフ上のロンテールを積分すると、まさに「塵も積もれば山」、売れる本「恐竜の首」の販売量を凌駕してしまうというのだ。リアル書店では在庫を持てない「売れない本」でも、インターネット上にリスティングする追加コストはほぼゼロだから、アマゾンは230万点もの書籍を取り扱うことができる。しかも「売れない本」には価格競争がないから利幅も大きい(米国では新刊書には値引き競争があ)と良いことづくめになる。これがロングテール現象である。

後に提唱者のアンダーソン氏はアマゾンの・コムの全売上に対するロングテール部分の割合は「半分以上」から「三分の一」に修正したという。どうもこのへんからこの言葉がもたらした衝撃の印象が薄れてくる部分もあるのだが、斬新な発想ではあるとは感じた。実際、これまでの自身の経験に照らしても、ビジネスの基本はやはり全売上の80%を占めているのは20%の商品であり、いかにしてこの20%の商品を集中管理していくかというパレートの法則に基づいた常識があるからだ。確かにネット上の取り扱い品目として掲げるコストは限りなくチープだ。そうはいってリアル社会にあっては商品という現物を取り扱う以上、様々な固定費が発生する。正直、そのへんのところはどうなのよというのが率直な感想でもある。
アマゾンにしても、例えばあの市川の巨大な物流センターを抱え、そこで日々低賃金のアルバイトによるピッキング作業を行っている。たぶんあそこで扱っている品目は、「恐竜の首」の部分なのだろう。それではテールの部分はというと、結局のところ日販、大阪屋といった取次の在庫や各出版社の倉庫から調達しているわけだ。その部分の流通コストはどうなるのか。結局旧態依然とした流通システムの延長上にあるのだから、ロングテールといってもそれほど目新しいものはないのではないかとも感じるわけだ。
ウェブ進化論』の梅田氏も「よし、これからはロンテールを狙え」は間違いとあえて明記している。

ではこのロングテール現象は既存のリアル大組織にとってどんな意味があるのか。「ネットを徹底活用しないならば何も意味がない」が正解である。ロングテール現象とはネット世界でのみ起こる現象だからだ。(P110)

ロングテールに関わりあっても固定費を賄えるだけの売上を生まない」というこれまでの常識は、リアル大組織においては今も正しい。ネット世界とリアル世界のコスト構造の違いが、ロングテールに関する正反対の常識を生み出しているのだ。(P111)

これはどういうことだろう。ようはロングテール現象がビジネスとして成立するのは、ネットのあちら側でのみということだろう。極端にいってしまえば、ネット社会で流通する情報あるいは電子情報化されたファイルを商品在庫としてネットのあちら側に大量にストックするようなビジネスにおいてのみ成立するということ。例をあげれば、やはりグーグルのアドセンスのような広告事業や、ほとんどの楽曲がデジタルコンテンツとしてファイル化されてしまった音楽産業なんかだろう。アップルのiチューンズ・ミュージックストアなどは、まさしくロングテール現象が端的に現れているのかもしれない。
もし出版業界にあってロングテール現象がビジネスモデル化されるとしたら、それはすべての本の情報がフルテキストとしてデジタルコンテンツ化され、ネットのあちら側にストックされた時ということになるのだろう。アマゾンが試みようとしているフルテキスト・サービス(日本でも開始された「なか見!検索」サービス)やグーグルが構想している、「世界中の図書館の本を全部スキャンして検索できるようにしてしまおうとする『グーグル・ブックサーチ』プロジェクトなどがこれに当たるのかもしれない。でもそのためにどれだけのコストが費やされるのだろうかという気もするが、IT技術はこれを一気に進めてしまう可能性をも秘めているという予感もある。
当然、そうなると著作権や既存の出版業界との軋轢をも生むことになるのだろう。すでに「グーグル・ブックサーチ」プロジェクトは出版社から著作権侵害として訴訟をおこされたという話もあるのだ。出版業界というのはある意味、非常に保守的な体質をもった世界だ。かって、図書館で本を無料貸し出しすると本が売れなくなるとして、図書館に本を売ることにきわめて消極的な発言を繰り返していた出版人も多数いた。「ハリー・ポッター」などのベストセラーを図書館が大量に購入することに危機感を訴えた書店人もいた。本が人の目に触れることによって購買機会が増すという発想よりももっとネガティブに人々が無料で本を手にすることで、機会ロスが生まれるという考えなのだろう。こうした人々にとっては、デジタル・コンテンツとしてフルテキスト化された本の中身がネットで流通するなどというのは、まさしくもっての他ということだろう。

一方、リアル世界が介在しないネット空間は全く違う。ネット上での情報の複製コストはゼロで、伝播速度は無限大だ。本を置くための物理的スペースはといった制約もない。無料のサービスであれば、信じられないほどのスピードで数百万人、数千万人単位の行為が連鎖する。すべては、ネット空間が「コストゼロ空間」であるゆえだ。(P186)

それでは、来るべきロングテール現象にリアル社会の出版業はどう対応すべきなのだろう。まあ、出きるだけ早期に自社出版物のデジタル・コンテンツ化を進めるということにつきるのかもしれない。結局のところメーカーの強みというのは、自分のところで製品を作っているということにあるのだから。それにしても歴史の長い、出版点数が多数にわたる出版社にあってはそのためのコストも半端じゃないものになるのだろう。もし物理的に難しいというのであれば、過去の出版物についての著作権、出版権を放棄する必要もでてくるのだろう。そしてどこかの誰かがデジタル・コンテンツ化することを容認せざるを得ない。知的財産を商品として取り扱っている以上、自社の狭い了見にとらわれて本を寝かせておくというのは許されることではないはずだ。
これはどういうことかというと、出版権はあるけれど重版はしない、品切状態にしておくというような扱いのことだ。本という知的財産は、不特定多数つまりはどこかの誰かがその書かれた情報を必要としている可能性がある。その誰かがその本を探し出して、手にすることが簡単に行われる可能性がネットのあちら側の世界にはあるということだ。
もう一つ、現在のネットのあちら側とリアルビジネスとの連動は過渡期にある。アマゾンが売上の三分の一をロングテールの「テール」から生み出しているとすれば、それに対応する必要性もせまられているということだ。すでにアマゾンの売上は日本の出版業界にあっても一大勢力となりつつあるのだから。とはいえリアルビジネスにはコストの壁が存在する。この本を貸してくれた同僚に対して述べた感想をそのままにいえば、結局のところリアルビジネスでは徹底したコストダウンを図っていく以外にはしょうがないのだろうなということだ。テール部分の供給を円滑に進めるためには、巨大な倉庫が必要になる。そしてそこでの在庫管理、入出庫をいかにして低コストで行うかということに尽きるわけだ。そしてさらにいえば、低コスト=パート等の低賃金による労働集約を進めるということだ。リアル社会にあっては常に人が介在する。ここがネットのあちら側との一番の違いでもあるわけだ。
出版社がそれぞれにこれを行うのは難しいだろう。そうなると出版業界での受け皿はある意味では取次が行っていかざるを得ない部分が大きいだろう。結局のところ旧態依然とした出版業界の取次依存体質が強まるということになるのかもしれない。
Wikipediaによるロングテールの項目
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%AB
梅田望夫氏のブログ
http://book.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u103.html
・ロンテール現象の図表モデル
http://www.fri.fujitsu.com/cyber/hotkey/longtail/longtail.html