妻の状況(1/14)〜休日リハビリの実践

 国リハについたのは1時15分過ぎ。妻はいつものようにエレベータ前を車椅子でうろうろしていた。外出届けを出していたのですぐに車でドライブに出発。今日は雨模様で、途中から大雨になったのだが、妻は病院生活が退屈なせいか、この土、日の外出ドライブがえらく気に入っている。とにかく走っていてくれればいいと言う。以前のことでいえば、ただ走っているだけのドライブだと、寝てるか、気持ち悪くなるか、なにか食べているかであんまり好きではなかったのだが、どういう心境の変化なのだろう。病気のせいで性格変化も出てきているのかもしれない。
 浦所バイパスを行ったり来たり、三芳の田園地帯からふじみ野周辺を車で行き来したり、大雨の中をひたすら走り回った。途中、娘が腹を減らしてきたので、浦所バイパス沿いのマックに寄ってドライブスルーではなくテイクアウトでハンバーガーを買い、そのまま駐車場に車を停めて昼食をとった。
 外出終了後は病室で、例のクリミラーをやる。鏡の横で動くほうの右手を上向きにさせ、それを伏せる運動を10回ワンセットで何回か。動かないほうの左手はボックスの中に入れて、私が補助して右手と同じ運動をさせる。妻は私が介助している左のほうに目をやりがちになるが、その度によく鏡を見てと注意を与えながら、「1回、2回」と私が回数を指示する。次に栗本方式の親指と人差し指で円を作り、接触している指の腹をこすり合わせる。これを人差し指、中指、薬指、小指と順番に行って行く。私は動かないほうの左手を介助しながら同じことをボックスの中でさせる。
 ラマチャンドランのヴァーチャル・リアリティ・ボックスを栗本慎一郎が改良したものだ。栗本は視覚的フィードバックにより手・指の神経回路を復活あるいは、別の回路をつなぐことを意図してこのミラー・ボックスを考案、リハビリに応用したという。効果があるのかどうか、栗本はあると強調している。でも、実際のところどうなのかわからない。自分でやってみたのだが、確かに鏡に映った右手はあたかも左手のように動いている。変な気分だ。ある種の錯誤に陥るような気がする。妻に聞くと同じように左手が動いているような気がしてくるという。
 ただし手のひらを上下させる運動にしろ急激に長時間やるのは難しいだろう。へたをすると肩や肘の関節を悪くさせる危険性だってある。さらにいえば妻はこの種のOT運動はかなり疲れるという。わずか数分の運動だから手が疲れるというのではなさそうだ。頭がぼーっとしてきて疲れるというのだ。やはり病んだ脳を使っているのだろう、どうもそれからくる疲れなのだと思っている。妻には一回15分といってある。最初から長時間のリハビリは考えていない。本当はもっと長い時間やる必要はあるのだろうが、最初のうちはこんなものだろう。
 やっている最中に担当看護師が入ってきて一瞥して「ふーん」とだけ言った。私が「かまいませんよね」と問うと、ゆっくりやっていることを確認したうえで、「いいと思いますよ」とだけ言って病室を出て行った。クリミラーについても一応の知見はあるようだ。リハビリ専門の看護師としてそれについての意見もあるのだろうが、とりあえず黙認したようだ。こんなことやっても無駄ですよみたいな意見もあるのかもしれない。しかし一応リハビリの一貫だし、家族も熱心になっているということでの黙認なのかもしれないとも思った。
 とにかくだ、土、日もせっかくこうして病院にきているのだから、少しずつでもリハビリをさせなくてはいけないとも思った。最近読んだ、冨沢清一氏の『さらば、脳梗塞後遺症』によるとリハビリの効果が最も期待できる時期(ゴールデン・ゾーンと呼ぶ)には、集中してリハビリを取り組む必要があり、アメリカでは週六日リハビリが行われると紹介している。それに対して日本ではゴールデン・ゾーンでも週休二日制の週五日間であるという。さらに一日のリハビリ時間も一単位20分で最大三単位程度と質、量ともに不足気味だと日本のリハビリ病院の現状を批判的にみている。

 リハビリテーション病院の入院期間は米国では数日から六十日程度でその後は家族状況や経済条件が許されるならば帰宅しているようです。入院中のリハビリテーションの頻度は効果の期待度が最大時(ゴールデンゾーンと呼ぶ)では一日数回行うこともあるのに、わが国のそれは一単位二十分でゴールデンゾーンでも一日最大三単位となっています。この話をL夫人(冨沢氏が受けたイギリスのセラピストで世界でもトップレベルのリハビリ治療を行うセラピスト)にぶつけてみたら『二十分で何ができるのかしら、着衣を脱いで着たら、それで終わりでしょう。いつ治療するのかしら?』と言っていました。
 それのみならず、米国では朝起床直後からわが国でいう実質的リハビリテーションが始まり、週六日行われます。ゴールデンゾーンでもわが国の毎週土日の二連休はリハビリテーション効果の面では再考を要する課題ではないでしょうか?』
 ある週刊誌の記事によると厚生労働省の担当官は『一コマ最低20分以上と定めるのであって、患者に必要と思うなら、それ以上を病院が行えばいい』と発言したとありました。これは大変消極的で責任逃れの官僚言葉と思われても仕方ありません。

 この本自体は脳梗塞とその後のリハビリを経験した冨沢氏の手記であり、なかば自費出版的な本でもある。文章がこなれていない部分もそこかしこにあるし、イギリスのセラピストにリハビリ治療にかかる際の渡航手続きの苦労など、およそ本筋から離れた部分の記述が多かったりと今一つこなれの悪い本でもある。それでもやはり脳梗塞経験者、リハビリ実践者の言葉が綴られているだけに、参考にできる部分も多い。
 病院としてのリハビリが週休二日制ならば、家族が土日にリハビリの主体となって妻にやってもらろうとも思った。なにせ後二ヶ月くらいしか時間がないのだから。
 クリミラーと同様に娘のニンテンドーDSのゲーム「脳を鍛える大人のDSトレーニング」もリハビリに利用しようとも思った。今日もまた彼女にこのソフトをやらせた。前回、前々回とも脳年齢80歳と診断された妻は、今回は少しだけこのソフトに慣れてきた部分もあるのだろう、72歳まで前進した。記憶力、集中力、図形・空間把握などが取り込まれたこのソフトも彼女の高次脳機能障害にとっては、一つの訓練だと思えた。
 毎週、土、日はクリミラー、DSの二つを妻にやらせてみようと思っている。