電話とテレビの約束事を決める

 病室に戻ってちょっとすると準夜勤で出勤してきた担当看護師のSさんと会った。簡単な新年の挨拶を交わす。夕食の時に食堂の外で見ている私のもとに彼女が近づいてきて、電話の件ききましたと話しかけてきた。朝の一件、妻は当直の看護師に、電話をかけて主人におこられたと話していたようだ。それがきっちり担当看護師に報告されていたのだろう。
 彼女は以前から妻の電話のかけ過ぎについては留意していたといい、ご家庭でもお困りでしたら何らかの規制をしたいと思いますがどうでしょうという。そうなるとどうしても繕いたくなる部分もあり、妻の自由にさせておいてとも思ったが、やっぱり職場に頻繁にかけてくるもの困るとも思い、
「今はまだ休みだからいいですけど、やっぱり仕事中はちょっと困っています」と率直に話した。
「それでは電話についても約束ことを決めて、奥さんによく話してきかせましょう。奥さんは障害のため、やっぱり歯止めがきかなくなっていますから。旦那さんがお仕事されている時は何時頃だった電話してもかまいませか。それとも日中は電話させないようにしましょうか」
「そうだな、とにかく頻繁にかけられては困るし。昼休みとかだったらOKなんですけど」
「それでは、一日一回12時半頃にということにしましょう」
 看護師は事務的にどんどんと決めていく。情緒性よりもきわめて理性的にだ。それがちっとも嫌味にならないのは仕事っぷりの良さでもあり、人柄にもよるんだろうなと思う。杓子定規ではないが、きちんとした性格の成せるところだろう。
「休みの日はどうされますか?やっぱりお休みしっかりとられたいでしょうから」
「そうだな、7時とか8時とかだとやっぱりしんどいですね。けっこう家事だの、事務的なことだのなんだのを夜遅くにしているから。11時頃ならいいんですけどね」
「お休みの日は朝11時に一回電話をするということにしましょう。後、長野のご実家に随分電話されているようですけど、これはどうしましょう」
「確かにテレカの消費激しいですけど、あんまりそのへんまで規制しちゃと妻も可哀想だから一日一回程度でしたら実家への電話はかまわないと思います」
 と、電話の取り決めもどんどんと決まっていった。その後、イヤホンの話になり妻はすぐに布団に巻きつけたり、車椅子にまきつけたりするという。その結果壊してしまうと。またテレビも集中して観ることができず、つけても一、二分すると病室を出てしまったりを繰り返しているので、その度に看護師が消して回っているという。結局、テレビについても日中は食堂兼談話室のテレビを見ること、イヤホンを使って自室で見るのは夜8時過ぎにベッドに横になってからということになった。イヤホンベッドの面した壁際に這わしてテープどめして布団に絡まらないようにするという。本当にとんとんと決めて行く。この看護師さんの力量はあなどれないな。
 食堂のガラス越しに私と看護師が話していたのが気になったのだろう、妻は食事が終わるとすぐに何を話してきたのか聞いてきた。そこで今決めた約束事を看護師はすぐに妻に話始める。ゆっくりと噛んで含めるようにしてだ。妻が電話にしろテレビにしろ最初はけっこう抵抗したけど、結局すべてわかりましたと観念した。
 その後、妻は私の部下の一人をSさんに紹介したいと言いはじめた。私は10歳も上だしSさんにはもったいないよと言うと、「Sさんて眼鏡であなたのタイプだから、そんなことを言うのでしょう」と。考えなしにそういうのは常識外れだしとかいろいろ理屈はあるのだが、妻がそんなことを臆面もなく言うのにはビックリする。このへんは障害の影響でどんどんと童女と化しているからなんだろうな。確かに、理知的、眼鏡、仕事ができる女性っていうのは、私のスィート・ポットみたいなもんだけどさあ。