『モーターサイクルダイアリーズ』を観る

モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版 [DVD] 評判になっていた映画をレンタルDVDが一泊二日から一週間レンタルに落ちてきたのでようやく観ました。
 良い映画だと思う。ローバト・レッドフォード製作総指揮、ウォルター・サレス監督、主演ガエル・ガルシア・ベルナル。レッドフォードが原作に惚れこんで作ったというだけあって、とても良心的な映画に仕上がっている。この人は本当に真面目な人なんだと思う。二人の若者がオンボロバイクで南米大陸を横断する。典型的なロード・ムービーであり、青春物語である。二人の若者の旅、レッドフォードというところでなんとなく『明日に向かって撃て』との類似した点もあるなとも思わせた。ガエルが演じるゲバラになんとなく若き日のレッドフォード=サンダンス・キッドがかぶさり、相棒のロドリゴ・デ・ラ・セルナが演じるアルベルトの俗っぽいユーモラスな人物像にポール・ニューマンブッチ・キャシディがかさなる。そして時代を隔てた二つの映画にはおよそ異なる種類のものではあるが、センティメンタリズムが底流にあるようなないような。
 またこの映画は革命家チェ・ゲバラの人格形成、あるいは成長を綴った物語でもある。そう一種のビルドゥングス・ロマンだ。実際、この旅で貧困、搾取された民衆やハンセン病患者たちの虐げられた現状に触れることが、ゲバラは革命運動に身を置く原点にもなったとされいわれている。この映画では、随所に弱者、貧困、征服された民族インディオへの優しい視線が若きゲバラの眼差しを通して描かれている。同時に後のゲバラへの影響も暗示されている。
 個人的に最も印象的なのは、旅の途中で出会う共産主義者の夫婦とのエピソードだ。政治的信条のために土地を奪われ鉱山に仕事を求めるこの夫婦との出会いを通してゲバラの心の中で何かが弾ける。彼を民衆解放への闘争に駆り立てる何かがスパークする原点がこのシークエンスにあるように感じた。そんな描き方だと思う。この共産主義者の夫婦、ものすごい存在感がある。特に夫役の役者の演技というか顔がいい。虐げられ、逆境をさ迷いながらもある種の毅然とした凛々しさを無言のアップで表出している。凄みさえ感じる顔の演技だ。この役者はちょっと言い難いほどの存在感だ。ワンシークエンスだけの登場なのだが、それこそアカデミー助演男優ものだねこの役者、みたいな印象を私は受けた。
 映画は美しい南米大陸の様々な風景をやや陰影をもった映像で描く。このカメラもすばらしい。ストーリー的にはやや冗長あるいは、甘さを感じる部分もある。それでも主役の二人の演技を含め全体としては及第点以上の出来だ。久々良い映画を観たとしみじみ思う。
 ただしこの映画を今の若者たちはどんな風に観るのだろう。たぶん今現在においては、チェ・ゲバラという名前はほとんど知られていないのだろうし、彼が革命家としてカストロとともにキューバ革命を主導し、後にアフリカや南米を転戦し、最後にボリビアで処刑されたこと。ベレー帽に髭面な精悍なマスク。彼の顔をそのままプリントしたTシャツが一世を風靡したことなどは知る由もないだろう。私などは十代の頃、その名前を聞くだけで心躍った口なのだが。
 この映画でも語られる彼の弱者への優しい視線、そして民衆解放、社会変革運動といった理想主義は、ある時期までは若者にとって普通のことだったのだと思う。かっては「十代に共産主義を信じない者は堕落している。三十になってもまだそれを信じている者はさらに堕落している」みたいな言い方が普通に語られたものだった(確かそんな文句が揶揄的に語られていたような気がする)。問題意識とか理想とかといった言葉がキーワードだった。それがいつ頃からだろう、若者からそうした言葉が喪われていったように感じる。それが成熟した高度先進資本主義ということなのかもしれない。
 レッドフォードがこの映画で伝えようとした、あるいは伝えたかったはずの、ある種の若者の希望、あるいは理想への情熱は、その後のゲバラの挫折や、その後の世界を知る我々にとっては、ほの苦いものとして感じられてしまう。この映画の暗いトーンや今ひとつすとんと落ちてこない後味の悪さは多分恐ろしく閉塞的な今日を生きる我々の心情に起因しているだろうな、などと取りとめもないことをふと考えてしまった。
http://www.herald.co.jp/official/m_cycle_diaries/index.shtml
チェ・ゲバラ - Wikipedia