村上春樹の初版本が1万円!

http://page13.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/r10952634
 ウソーって感じです。『風の歌を聴け』の初版本、美本、帯付きがネット・オークションで1万弱で落札だって。本当かな〜、なんかあおりっぽいものがある。
 むかしむかし、純文学ってものが、社会的価値を持っていた時代は、初版需要ってものがあったんだよね。私が大学を卒業して本屋に勤めた頃には、まだそんな名残があって石川淳とかは仕入れる時に初版需要はどうのみたいな話があったような気がする。
 古書店の人から投機対象としての初版本は三島由紀夫までみたいな話を聞かされたこともある。三島の初版だとその頃でも数十万とかっていわれたもんだよ。そして作家の初版本で値が上がるのは小林秀雄が最後という話も聞いたような気がする。
 そして戦前の夏目漱石に比肩しうる戦後の国民作家といわれる(冗談みたいだけど『ノルウェイの森』が一大ベストセラーになった頃、そんな話がでたような記憶がある)村上春樹の初版本にもいよいよ値がついたということなんだろうか。
 一応、デビュー以来ずっと愛読している村上春樹ファンとしては、ちょっとにんまりみたいな感じかな。実際出版された長編、短編はすべて持っているし、たいていは初版本だからな。まあ売る気もないけど、当然『風の歌〜』だって『ピンボール』だって初版なわけだからね。ここからはほとんど自慢というか自己満足の世界だけど、個人的には持っているもんでけっこう価値あるかな〜と思っているのは雑誌の類だ。たとえば、『世界の終わりハードボイルド・ワンダーランド』の原型といわれる文学界1980年9月号掲載の『街と、その不確かな壁』も実はもっている。これって村上春樹が習作とみなしているから本とかには収録されていないらしいけど、どうなんだろう。講談社版の全作品とかに収録されたのかしらん。
 あと、これも懐かしい関川夏央が編集長をやっていた「スタジオ・ボイス」1983年2月号もけっこう値打ちありとふんでいる。「氷をめぐる冒険」という村上春樹のインタビューが載っているんだけど、写真嫌いの村上春樹が氷を持たされて様々なポーズをとらされて写真が載っている。だいたい表紙からして頭に氷をのせた村上春樹だもんな。
 その他でも対談やインタビューものでは「ユリイカ」1982年7月号「特集チャンドラー都市小説としての解読」で川本三郎と対談した「R・チャンドラーあるいは都市小説について」、「話の特集」1986年12月号『和田誠インタビュー村上春樹』、「文藝春秋」1989年4月号ロング・インタビュー『ノルウェイの森の秘密』、「広告批評」1993年2月号『村上春樹への18の質問』など、けっこうお値打ちものかなと思うものがある。一番いろいろと語っているのはやっぱり「文藝春秋」だと思うけど、好きなのは「スタジオ・ボイス」と「ユリイカ」。特にユリイカ川本三郎との対談はなぜか個人的には感慨深い。もともと私が村上春樹を発見したのは、川本三郎の評論からだったから。彼の評論集『同時代の文学』の中に「二つの『青春小説』村上春樹立松和平」という評論があり、そこでカート・ヴォネガットの影響を受けた若手作家として紹介されていたわけだ。

「選者の丸谷才一が指摘しているようにこの『風の歌に聴け』は、カート・ボネガット(最近、ジュニアがとれた)の影響が感じられ、ボネガット・ファンの一人である私などは、”ああ、同じようなボネガット育ちがいるのだな”とそのことにまず共感した」

 この一文に(表記がボネガットなのは時代のなせるところだな)、当時いっぱしのヴォネガット・フリークを気取っていた私は引き寄せられ、『風の歌〜』を手にとった。そして初めて同時代を共有し得る、それまで大江だの井上ひさしだのといった上の世代の作家ばかりであった自分自身に、当時の思いのままにいえば初めて「僕たちの時代の作家」を見出しすことができたわけだ。それからすでに村上春樹との一読者としてのつきあいは27年を迎える。私の読書体験ということでいえば、同時代に村上春樹という作家が出現したこと、そして彼の作品を需要できたことが一読書家としての幸福だったと思っている。願わくばその幸福が永遠に続けばいいと思っているのだけど。
 そう、すべてはあそこからはじまったということ。だもんで、感慨深いということなわけだ。