大貫妙子


 シュガーベイブ解散後ソロ活動に入った彼女は、1976年にデビューアルバム「Grey Skies」を発表している。これは持っていないのだが、ほぼ全曲知っている。多分翌年あたりだと思うが、なぜか少年マガジンの懸賞に当たって、私は彼女のコンサートを六本木の俳優座に聴きにいった。ラジオを通じてしか知らなかった彼女は、繊細な声のイメージそのままの、線の細い清楚な美しい女性だった。現在の彼女同様、ヨーロッパナイズされたスローバラードからポップなハイテンポの曲まで精一杯歌っていた。最後、アンコールの拍手に答えて出てきた彼女、マイクの前で「精一杯歌いつくしました。だからアンコールにはお答えできません」と語り、深く頭を下げた後でステージを降りていった。
 30年近くも前のことだけど、この部分は今でも鮮明に思い出すことができる。多分それ以来彼女の声と姿、イメージに恋してしまったのかも知れないな。初期の彼女のアルバムはたいてい持っていたと思う。ちょうどユーミン吉田美奈子といった女性ボーカルを一生懸命聴いていた頃だ。でも、大貫妙子だけは別格だったような気がする。
 彼女の清楚で透明感のある線の細い声。けっして歌がめちゃくちゃうまいというわけでもないし、音程も微妙に不安定な感じがする。優しさとその中にも一本芯の通ったある種凛としたイメージがあるボーカルだ。そういう部分にずっとはまり続けているわけだ。
 でも持っていたアルバムはほとんど散逸してしまったようで、家の中ひっくり返しても出てくるのはベスト盤CD「ベリーベスト」と初期の最高傑作の誉れ高い「ロマンティック」(LP盤)の二枚しか見つからなかった。
 別にその六本木でのライブの時に買ったシングル盤「明日から、ドラマ」がなぜか見つかった。ドーナツ盤、45回転だぜ。プレイヤーにかけてみたら、かなりプチプチいうけど、一応聴けた。おいおい、これは貴重だよ。さっき彼女の公式HPのディスコグラフィーを調べたけど、アルバム収録がない曲だ。もっともこのシングルについていえば、B面の『Wandr Lust』ばかり聴いていた。この曲は当日のライブでもやっていたのを覚えているし、アップテンポの曲調と硬質なピアノがとっても印象的な曲。アレンジをやっているのが坂本龍一なので、たぶんピアノも彼だと思うのだが。ちょっとジャズナイズされていてイカしている(死語だな)。そしてコーラスアレンジが秀逸。バックコーラスも大貫妙子自身がやっているんだけど、ちょっと不安定な感じがたまらなく魅力的だ。
 1980年製作の「ロマンティック」は坂本龍一加藤和彦がすべてのアレンジを担当し、バックは坂本龍一細野晴臣高橋幸宏というYMOの三人。ギターで大村憲司が参加している。脱線だけど、大村憲司ってたしか赤い鳥の後期に参加していたような気がするな。「紙風船」のラストのギターとかが印象に残っている。
 で、この「ロマンティック」は名曲揃いだ。特にB面4曲目の『新しいシャツ』はとりわけ思い出深い。状況はあんまり覚えていないけど、'80年代のどこか、当時つきあっていた彼女と別れた時だったかな。深夜、車を停めて一人でこの曲をかけてしんみりしていた記憶がある。さすがに涙してということはなかったと思うけど、シートを倒し煙草すいながら、ずっとこの曲に耳を傾けていた。失恋の心象風景にはあまりにもぴったりとはまっていたんだな。相手の顔すらはっきり思い出せないのに、そういうシチュエーションだけは鮮明に覚えているんだから嫌になる。でも、こういうのも追憶の青春ってやつなんだろう。
 ♪さよならの時に♪
 ♪穏やかでいられる♪
 ♪そんな 私が嫌い♪
 ♪涙も 見せない♪
 ♪嘘吐きな 芝居をして♪

 ♪私の愛した♪
 ♪あなたのすべてが♪
 ♪崩れてしまうのが♪
 ♪こわいだけ♪
 ♪だから 何も言えない♪
 最近、NHKで大貫妙子が彼女に影響を受けたという若い歌手一十三十一(ひとみとい)と共演した番組を観た。二人が懐かしい『いつも通り』を競演していた。懐かしくまた楽しめた。さすがに大貫妙子も歳とったなとは感じました。なんかエキセントリックなおばさんというイメージ。もっともファンのこっちだって、同様年くっているわけだから、こればかりはしょうがないよね。でもあいかわらず透明感のある歌声は健在。歌声に聴き入っているうちに、TV画面の中の彼女が、だんだんと30年前の彼女とシンクロしていく。不思議なことだけどそういうもんなんだよね。
ある意味では、良い歳のとりかたをしているんだろうな彼女は。それでも私的にはいつまでたっても30年前のライブで観た彼女のままでいる。時は止まったままなんだね。なんか彼女の公式サイトを見ていたら、2枚組みのベスト盤もでいているようだから買ってみようかな。
http://www.toshiba-emi.co.jp/onuki/
ロマンティック